『聖女』と『天才魔術師』は真実を知る 2
◇◇◇
──同日の午後。
ライオネルと共に登城したファティアは、アシェルの最接近に案内され、アシェルの執務室へと通された。
「失礼します、アシェル殿下」
「し、失礼いたします……!」
「やあ、わざわざ来てもらってすまないね、二人とも」
部屋の手前には四人がけのテーブルがローテーブルを挟むように設置されている。
その奥には執務用だろうデスク。そこから立ち上がったアシェルは、ソファの方へと歩いて来た。
そんなアシェルの後ろには上品なラベンダー色のドレスに身に纏ったリーシェルがいる。どうやら、今回はリーシェルも一緒のようだ。
「立ち話もなんだし、とりあえず座ろう」
それから、アシェルの指示のもと、ファティアとライオネル、アシェルとリーシェルの組み合わせで向かい合わせに座ると、使用人の一人がお茶を入れて部屋から去っていった。
(わざわざ直接話すことだから、やっぱり他の人には聞かせられないようなことなのかな)
内心そんなことを思いながら、ファティアはアシェルが話し始めるのを待った。
すると、アシェルとリーシェルは一度顔を見合わせてから、ファティアに視線を移した。
「ファティア嬢、直接礼を言うのが遅くなってしまい、申し訳ない。兄上の婚約披露パーティーの際、私の命を救ってくれてありがとう」
「……! い、いえ、そんな……! 頭を上げてください……!」
レオンが不祥事を起こした今、アシェルがこの国の次期国王と考えてほぼ間違いない。
そんな人物に頭を下げられたファティアは驚いて、胸の前で両手をパタパタと振った。
「ファティア様、私からもお礼を言わせてください。聖女であることが周りにバレてしまうという危険がありながらも、アシェル様を助けてくださって、本当にありがとうございます」
「リ、リーシェル様まで……! 当然のことをしたまでですから、頭を上げてください……!」
次期国王と、次期王妃。
その両者から頭を下げられたファティアは困り果て、隣のライオネルをちらりと見る。
こちらを見るイオネルは、感謝は受け取るべきだと言わんばかりのニッコリとした表情をしている。
(な、な、な、なんてこと……!)
ライオネルは助け舟を出してくれる気はないらしい。
こんな大物二人に頭を下げられたら恐れ多いこのこの上ないのだが、ファティアは礼を受け取るしかこの場を乗り切る方法はないのだと悟った。
「わ、分かりました! お二人のお礼は受け取りましたから! お願いですから頭を上げてください……!」
「ありがとう、ファティア嬢。さすが聖女でライオネルが、好きになった女性だ。なんて心優しい女性なんだろう」
「本当ですわね。そんなファティア様の教育係になれるだなんて、私、本当に嬉しいですわ」
「え? リーシェル様が私の教育係?」
なんのことだが分からず、ファティアはライオネルと目を合わせた。
「ええ、これからファティア様は聖女として表舞台に立たれたり、パーティーに参加する機会があるかと思います。最低限の礼節は身につけておいたほうがファティア様のためにもなりますから、そのお役目を私が引き受けることになったのですわ」
「そういうことでしたか……! リーシェル様に教えていただけるなんて、とっても嬉しいです!」
「まあ! 嬉しいことを言ってくださいますのね」
なんと、以前レオンに言った口からでまかせがここで現実になるとは……。
そんな驚きはあるものの、リーシェルが教育係になってくれたことが嬉しい。
「良かったね、ファティア」
「はいっ!」
ライオネルと喜びを分かち合っていると、アシェルが「そろそろ本題に移ろうかな」と話を進めた。
「今日話したかったことは主に二つ。まずは、兄上……いや、レオンと、その婚約者ロレッタの現状を話しておこうと思う。当事者のお前たちには、知る権利があるからな。まず、レオンについてだが──」
アシェルの兄であり、メルキア王国第一王子のレオンは事件後、王城にある地下の牢屋に一時的に幽閉されているらしい。
結局呪詛魔道具の件については証拠は出なかったものの、魔道具の無断使用に、ファティアを拉致したこと、アシェルの毒殺を企てたことから、おそらく一生幽閉されるだろうとアシェルは話す。
国王もレオンの起こしたことは重たく受け止めているようで、王位継承件の剥奪に留まらず、王族からの除籍も検討しているようだ。
「それと、ファティア嬢。ロレッタのことなんだが……彼女も今、地下牢に幽閉されている」
ロレッタの罪の一つは聖女であることを謀ったこと。
ただ、実際に少しでもロレッタは聖女の力が使えたので、その点は考慮されるだろうとのことらしい。
ファティアのペンダントを盗んだことに関しても、それが聖女の力を発揮するために必要なものであるとロレッタが知らなかったことからも、それほど大きな罪にはならないようだ。
ファティアへの暴力に関しては、ファティアが聖女であることは関係なく、一個人を傷付けたものとして罰を確定するらしい。
ただ、アシェルが死ぬかもしれないと知っておきながら、レオンの計画に加担したこと。
レオンがファティアを拉致することに協力したことは、かなり重たい罪になるだろうとアシェルは話してくれた。
ファティアを拉致することに関してロレッタは、従わなければ家族もろとも死刑になるかもしれないぞと、レオンに脅されていたらしい。
その辺りがどの程度情状酌量に繋がるかは、裁判が始まってみないことには分からないとアシェルは語る。
(ロレッタ……。レオン殿下に脅されていたのね)
その事実を知っても、ロレッタにされたことは変わらないし、憎いものは憎い。
母の形見であるペンダントを奪われ、家を追い出されたあの時の絶望は、一生忘れることはないだろう。
(けれど、ロレッタにも、誰かを大切に思う気持ちがあったのね)
家族が自分のせいで死刑になるかもしれないと恐れ、追い詰められ、ロレッタは犯行に加担した。
被害者のファティアからしてみれば、そんな事情は関係ないのが本音で、だからなに? と言ってしまいたくなる気持ちが、ないわけではない。
(──ロレッタ)
彼女のしたことは許せない。もう二度と、会いたくない。
幸せになってほしいだなんて願えない、けれど。
(どうか罪を認めて、人生をやり直してほしい。そして叶うならば、もう二度と誰かを傷付けるようなことはしないで、両親を大切にして……穏やかに生きていてほしい)
少しの間だけだけれど、家族になったロレッタに、ファティアは心からそう願う。
「それと、ロレッタの両親である、ザヤード子爵と子爵夫人も幽閉されたよ」
ザヤード子爵家内を調査したら、ロレッタの両親もファティアに暴力を振るっていたことが発覚したので、二人にもその罪も償うことになるだろう。
「ああ、あと、ファティア嬢が暮らしていた孤児院の院長もね」
「……! どうして院長まで?」
「一言でいうと金だ。ファティア嬢をザヤード子爵家で引き取る際、孤児院の規則を大幅に超える金銭のやりとりがされていることが発覚したんだ。更に、院長は国からの支援金を中抜きし、孤児たちにかなり劣悪な環境を強いていたことが分かった。すまないね、ファティア。私のような民を守る立場にあるものがしっかりしていないせいで、君たちに辛い思いをさせた」
「……っ」
ファティアは首を何度も横に振る。
確かに、孤児院での暮らしは辛いことも多かったが、幸せなことも沢山あったから。
「アシェル殿下、これからあの孤児院はどうなるんですか……?」
不安げに問いかけたファティアに、アシェルはニコリとほほえんだ。
「既にまともな人間を院長として派遣した。食事や寝具、衣類なんかの直ぐに手が入れられるところは、もう改善しているよ。建物なんかの時間がかかる部分もおいおい修繕するし、なにより折檻は絶対起こらないようにさせるから、安心してくれ」
「ありがとうございます……! ありがとうございます……!」
これで、残してきた子どもたちが辛い目に遭わなくて済む──。
そう思うと、自然と感謝の言葉が溢れてきて、ファティアが頭を下げた。
「良かった……ほんとに良かったね、ファティア」
「はい……っ」
そっと繋がれたライオネルの手を、そっと繋ぎ返す。
感動に浸るファティアたちに、リーシェルは目元にそっとハンカチを当てた。
「さすがですわ、アシェル様……」
「当然のことだ。……どころか、遅すぎたくらいだ」
それから、アシェルは一度紅茶を口に含む。
そして、真剣な表情でもう一つの話題を切り出した。
「──ファティア嬢、君の母上のことについて、少し話をしてもいいかい?」




