『聖女』と『天才魔術師』は真実を知る 1
──あれから約一ヶ月後。
朝七時頃、ファティアはカーテンを開けると、換気のために少しだけ窓を開け、外を見やる。
「昨日は雨だったけれど、今日はとてもいい天気ね」
本日の空は雲一つない晴天。空気はまだカラリとしていて冷たいが、日差しはかなり暖かい。木々の揺れがないことから、今日は風も弱いらしい。
洗濯物が風に飛ばされるおそれもないため、今日は大物の洗濯日和かもしれない。
(いつも起きる時間だし、ライオネルさんにはそろそろ起きてもらって……。それでシーツの洗濯……あ、ラグなんかも洗っちゃおう)
朝ご飯が少し遅くなってしまうけれど、ここまで良い天気なのもそう多くないため、洗濯が終わるまでライオネルには我慢してもらおう。
ファティアはそう考えて、眠っているライオネルの方を振り向こうとした。
「ファティア、おはよう」
「ひゃっ!? ライオネルさん、気配を消して近付かないでください……!」
しかし、いつの間にかライオネルは背後にいて、後ろから抱き締められていた。
まだ少し眠いのか、ファティアの肩に頭をポスッと乗せるライオネルが可愛らしい。
「ごめん。つい、ファティアを驚かせたくて。けどほら、いきなりキスしないだけ良いでしょ。ファティア、未だにキスの後は固まっちゃうから」
「な、慣れるのには時間がかかるんですってば……!」
ライオネルと恋人同士になってからというもの、ライオネルの甘い言動は限界突破したように格段に増えた。
ソファに横並びで座る時は、手を繋いだり肩を抱かれたりするのが当たり前。
朝起きたら必ず抱き締めてくれて、頬をぷにぷにと優しく摘まれたり、ご飯をあーんしようとしてきたり、毎日可愛いと言ってくれたり、少し前髪を切っただけでその変化に気付いて、「可愛いが更新されてる」と言ってくれたり……。
(……いや、うん。全部嬉しい……んだけど)
いかんせん、キスだけはなかなか慣れなかった。
寝る前に一度だけキスをするのを約束にしているが、その度に毎回ファティアの体は硬直してしまうのだ。
(こう……なんだかキスって好きな者同士がする特別なものってイメージがあるから、毎回幸せな気持ちと緊張でいっぱいいっぱいになっちゃうのよね……)
少し口元を緩めながら考え事をしているファティアに、ライオネルは話しかけた。
「それにしても、良い天気だね。大物も洗濯して干すなら俺がやるよ」
「えっ、良いんですか? けっこう大変だと思いますが……」
「だからでしょ。それに、なまじ魔法が使えると体が訛りがちだからさせて。……働いた後に食べるファティアの作った朝ご飯は美味しいだろうな……」
「ふふ、それじゃあ、腕によりをかけて作りますね」
ファティアは幸せそうに微笑んでから、キッチンへと足を運んだ。
「ファティア、これってクラムチャウダー? ものすごく美味しい……天才……」
ライオネルが洗濯を済ませた後、二人は朝食をとっていた。
今日のメニューは、ライオネル大絶賛の野菜たっぷりクラムチャウダー。チーズを乗せてこんがりと焼いたパンに、色とりどりのサラダだ。
「気に入っていただけてよかったです! たくさん作って余ってしまったので、お昼にも同じスープを出しても構いませんか?」
「むしろ、こんなに美味しいスープをお昼にも食べられるの? 俺あと三回くらいお代わりする予定だけど、それでも余る? 大丈夫?」
「はい! お鍋になみなみに作ったので!」
喜んでいるライオネルの顔を見ながら、ファティアもクラムチャウダーを口に運ぶ。
(うん、なかなかに良いでき! ……でも、熱い!)
咄嗟に舌をベッと出す。ファティアはかなり猫舌だったのだ。
少し冷ましてから後から食べようと思っていると、ライオネルがクラムチャウダーを掬ったスプーンをずいっと差し出してきた。
「はいファティア、あーん。あ、ちゃんと冷ましてあるから大丈夫だよ」
「……っ、あーん……」
──ごっくん。
「美味しい……です」
顔を真っ赤にしながらファティアがそう言うと、ライオネルは嬉しそうに微笑んだ。
「はは、可愛い」
「〜〜っ」
より顔を真っ赤にさせるファティア。
ライオネルそんなファティアを見つめながら、スプーンを置いた。
「……それにしても、こうやってゆっくり過ごせるのも、もう少しだね」
「そうですね。来週からライオネルさんは魔術師として復帰して、私は聖女として働き始めますし……」
──そう。約一ヶ月前、ファティアはアシェルから聖女として国のために働いてくれないかという打診を受けた。
ファティアは色々と悩みながらも、ライオネルが色々と相談に乗ってくれたおかげもあって、聖女として働くことを決意した。
その旨は既に手紙でアシェルに報告済みだ。
ファティアは直ぐに働くことになるのかと思っていたが、アシェルが『働き始めたら環境が変化するだろうから少しだけゆっくりすると良い』と言ってくれたので、言葉に甘えさせてもらったのである。
その間、ファティアの護衛を兼ねてライオネルも魔術師としての復帰を遅らせる事になり、現在に至る。
「不安はない? 大丈夫?」
心配げな顔のライオネルに、ファティアはコクリと頷いた。
「全く不安がないわけではないですけど、ライオネルさんがいてくれるから平気です。でも、ほら、今日は王城に行くじゃないですか……。アシェル殿下からの手紙には大切な話があるって書いてあったので、それが気になるというか」
「それは確かに。手紙で言えないことってなんだろう。俺たちの新しい住まいのこととか?」
ファティアが聖女として働き始めたら、護衛にライオネルがつくということは、アシェルから許可を得ている。
この家を出て、王都に新たな家を構えるということも、そこでライオネルと一緒に暮らすということも、アシェルは快諾してくれた。
……どころか、土地を準備したり、一流の職人を手配して、家の建設に協力してくれているくらいだ。
「そ、それはないんじゃ……?」
とはいえ、アシェルも暇ではない。
いちいちファティアとライオネルの新居の話をするために登城を指示しないだろう。
「……じゃあ、なんだろう。まあ、行けば分かるか」
「ふふ、そうですね。食べ終わったら、出発する準備をしましょうか」
「うん。とりあえず四回目のおかわりしてくる」
「食べ過ぎでは……?」




