『聖女』と『天才魔術師』は愛を示す 3
「え……? えぇ……!?」
まさか告白されるなんて夢にも思ってもいなかった。
だって、あのライオネルだ。ハインリ曰く、いかなる女性からの恋心も受け取らなかったというライオネルなのだ。
嫌われてはいないとは思っていたけれど、こんなに都合の良い事が起こっても良いのかと、ファティアは直ぐには現実を受け入れられなかった。
……というのに、ライオネルの告白の台詞だけは脳内で何度も再生されてしまい──。
「〜〜っ」
「はは、ファティア、顔真っ赤だよ」
ライオネルには顔を指摘されたが、おそらく今は全身が赤くなっている気がする。
この羞恥と動揺は顔の赤みだけで収まるはずがなかった。
更に、ライオネルに重ねられた手の汗がとんでもないことになっている。ぐっちょりと汗で湿った手を、ファティアはギュッと握り締めた。
眉尻が下がり、目を潤ませるファティアに、ライオネルは一瞬ゴクリと生唾を呑んだ。
「そんな顔されると、期待するけど」
「……へっ!?」
ファティアの翡翠色の瞳がキョロキョロと動いて視線を散らす。
様々な感情のせいでライオネルを見られなったから。
「……俺ね、前から決めてたんだ。ファティアのお母さんの形見のペンダントを取り戻したら、ファティアに好きって言おうって」
──だというのに。
こんなことを言われたら、吸い込まれるようにライオネルの顔を見つめている自分がいた。
「ファティアの負担になりたくなかったんだ。……けど、もうペンダントは取り戻せたし、それに俺の『呪い』も解けた……。たからもう我慢できなかった。ねぇ、ファティア、俺のこの気持ちは、ファティアにとって迷惑?」
「……っ、そんなこと、ないです。むしろ──」
好き、好き、大好き。
告白でさえファティアの負担にならないように考えてくれるような優しいライオネルのことが、ファティアはどうしようもなく好きだ。
「嬉しいです……っ、けど、お互いこれからは、今までみたいにあまり会えなくなるじゃないですか……」
師弟関係のままならまだしも、恋人同士になったら、きっともっと会いたくなる。
それが分かっているから、ライオネルの告白は嬉しかったけれど、同時切なさを覚えた。
「自分がこんなに面倒な女だとは思いませんでした……。すみません……」
ファティアがその気持ちも吐露した後に謝罪をすると、ライオネルは嬉しそうに頬を綻ばせた。
「なんで謝るの? ファティアは俺の告白は嬉しいけど、これからあまり会えないのは悲しいって話でしょ? むしろ俺はめちゃくちゃ嬉しいけど」
「う、嬉しい?」
「うん。ファティアも一緒にいたいって思ってくれてるんだなーって。凄い幸せな気分」
なるほど、そんな考え方もあるのか。
ファティアはそう納得しながら、引き続いてライオネルの言葉に耳を傾ける。
「でも、そんなに心配はいらないと思うよ。仮にファティアが聖女として働くなら、俺はできるだけファティアの護衛に当たることになると思うし」
「……え?」
「ファティアも分かってるでしょ? 聖女っていうのは数十年に一度しか現れない貴重な存在だってこと」
呪詛魔道具による『呪い』を消すことができる浄化、通常の医療では決して助からないような病気や怪我などをあっという間に助ける治癒の能力。
この二つ──聖女の力を持っている人物は、おそらく現時点でファティアしかおらず、その希少性は言うまでもないだろう。
それならば、そんな聖女──ファティアが、表立って仕事を始めればどうなるか、想像に容易かった。
「皆がファティアに感謝するだけなら良いけど、おそらくファティアを連れ去ろうとしたり、聖女の力を強制的に使わせて得をしようと考える者が出てくるはず」
「…………確かに」
「そんなファティアにはさ、強い護衛がいると思わない?」
首を傾げ、少し冗談っぽく話すライオネル。
ファティアはハッとして、目を見開いた。
「……! それが、ライオネルさんってことですか!? 確かにライオネルさんに勝てる人なんてこの国にも、いえ、きっと他国にもなかなかいませんね……!」
「ま、自分で言うのもあれだけど……『呪い』がなければ、単純な戦闘勝負には負けないと思うよ」
アシェルや国王からしても、ファティアが攫われるのは是が非でも避けたいはず。
ファティアの護衛に伴い、ライオネルが戦いの前線に出る機会は減るだろうが、ファティアの安全が保証されるのであれば安いものだと考えているのかもしれない。
「それに、もし危険がなくたって、急に聖女だなんて祭り上げられたら、ファティア不安でしょ」
「……!」
「側にいたら、話を聞いたり、一緒に悩んだりできると思う。もちろん、ファティアがもう聖女をやめたいって思った時は、誰を敵にしても一緒に逃げるよ」
「……っ、ライオネルさん……」
不安だった気持ちも、当たり前のように気付いてくれる。
ライオネルの優しさに、ファティアは少しだけ涙が出そうになった。
「それとさ、実は一つ提案があって」
「と、いいますと?」
「ファティアが聖女として働くにしても、断るにしても、これからも俺と一緒に暮らさない? 家をどこに建てるのかとか、間取りとか、使用人を付けるのかとか何も決まってないけど、もう今更ファティアと一緒に暮らさないなんて、俺のほうが淋しくて無理」
ライオネルも淋しいと感じていたのだと思うと嬉しくて、何より提案が嬉しくて、ファティアはすぐさま返事をした。
「はい……! 喜んで……!」
「ほんと? ちょっと断られるかなって思ってたから良かった。嬉しい……」
包み込むように抱き締めてくれるライオネルの背中に、ファティアもそっと手を伸ばす。
ライオネルも緊張したのだろうか。首元が少し汗ばんでいている。
それがまた可愛らしくて、ファティアはふふっと頬を綻ばせると、ライオネルが口を開いた。
「ファティア……。俺ね、人をこんなに好きになったの初めてなんだ。だから、絶対これから離してあげられないと思う。覚悟しておいてね」
「はい……! 私も、ライオネルさんのこと離しません……!」
そうして、二人は微笑みながら見つめ合うと、ライオネルが「あっ」と何かを思い出したように呟いた。
「そういえば、まだファティアに好きだって言われてない」
「あ……」
「ちゃんとファティアの口から聞きたいから、聞かせて?」
先程まであんなに恥ずかしくて緊張もしていたのに、今は全くそれがない。
ライオネルも緊張をしていたことが分かったからだろうか。
(それとも、幸せ過ぎて、恥ずかしさや緊張が吹き飛んだのかな。……うん、きっとそうね)
ファティアはライオネルの背中からそっと片手を離し、彼の頬に優しく滑らせた。
指先が少し冷たかったのか、一瞬ピクリと体を弾ませたライオネルに、ファティアはこう囁いた。
「ライオネルさん。好きです、大好きです。いつも美味しそうにご飯を食べてくれるところとか、ありがとうを欠かさないところとか、穏やかな話し方とか……その、優しい瞳とか……。全部、大好きです」
「……っ、今は顔見ないで。想像してた何百倍も凄いこと言われて、ちょっとまずい」
ライオネルはファティアから目を逸らし、窓の外を見つめる。
頬はおろか、耳まで真っ赤になっているライオネルは数回深呼吸をすると、再びファティアに向き直った。
「もう一回言うけど、俺もファティアが大好きだよ。頑張り屋なところとか、誰にでも優しいところとか、料理が上手なところとか、誰かのためを思って泣けるところとか」
「……っ、こ、ここまで言われるとさすがに恥ずかしいですね……っ!?」
「でしょ? でも……おしゃべりはちょっとおしまいね」
そう言ったライオネルは、ファティアの唇に親指を這わせた。
「魔力の吸収をする方法としてじゃなくて、恋人として、ファティアにキスしたい」
「あっ……」
「だめ……?」
「……っ」
──キュン……!
まるで母犬に甘える子犬のような目で見つめてくるライオネルに、拒否なんてできるはずもなく。
(いや、そもそも嫌じゃないんだけど……!)
ファティアが「だ、大丈夫です!」と大きな声で答えると、ライオネルはゆっくりと顔を近付けた。
「好きだよ、ファティア──」
そして、唇と唇が触れる直前のこと。
──パタン! と、扉が開く音に、ファティアとライオネルは至近距離のまま扉の方を向いた。
「ライオネル! ファティア! 馬車の準備ができましたよって、ごめんなさいぃぃぃ!! 確実に邪魔をしてしまったことは分かってますぅぅ!!」
そこには、顔をサアっと青ざめさせたハインリが立っている。
ライオネルは、ピキピキと額に青筋を浮かべた。
「ハインリ……お前ほんとにどういう神経してるの? ノックくらいできないわけ? 赤子からやり直したら?」
「ノックはしましたよぉぉ!! あ、そういえばライオネル、恋が成就したようでおめでとうございま……って、攻撃しないでくださいライオネル……!!」
──それからしばらく、ハインリはライオネルには怒られていた。
キスができなかったことは少し残念だったけれど、二人の楽しそうな姿が嬉しい。
ファティアは笑顔で帰りの馬車に乗り込んだ、のだけれど。
「──ファティア、もうここなら邪魔されないね」
「んっ……」
突然塞がれた唇の甘やかさに、ファティアは笑顔なんて忘れて、頬が真っ赤に染まったのだった。




