『聖女』と『天才魔術師』は愛を示す 2
「それは……さっきアシェル殿下が言ってたようなこと?」
「は、はい。もう決まってらっしゃるのかな、と……」
実は、レオンの寝室でファティアが泣いた少し後のこと。
今ファティアたちがいる部屋までアシェルが案内してくれたのだが、その際に彼から質問があったのだ。
『ライオネルとファティア嬢。二人はお互いに持つべき力を取り戻したわけだが──これからどうするつもりか考えているかい?』
アシェルの立場からすると、最強の魔術師であるライオネルには、是が非でも第一魔術師団の団長に戻ってほしいとのことだった。
ライオネルは『呪い』のせいで前線から退かなければいけない状況だっただけで、その『呪い』が解けた今、アシェルがそう望むのは当然といえば当然だった。
「……そうだな。いつからっていう明確な日にちは決まってないけど、魔術師に戻るつもりだよ。第一魔術師団に復帰できるか、また団長をやらせてもらえるかはアシェル殿下の采配だけじゃなくて、団員たちの気持ちも聞いてからにしたいから、それはもう少し後になるかな」
「きっと皆さんライオネルさんのお戻りを待ってます! 少なくとも、ハインリさんは泣いて喜ぶかと……」
「もうあいつの涙はコリゴリ……」とライオネルは表情を歪める。
しかしファティアからすると、そんな顔をしても素直じゃないなぁと思うだけで、なんだかほのぼのした。
「ファティアは? これからどうするか、考えてる?」
「そうですね……。私は──」
アシェルからは、この国の聖女として働いてくれないかという打診を受けた。
仕事内容の詳細はまだ詰められていないようだが、おそらく、メルキア大聖堂で聖女として祈りを捧げること、孤児院や病院への訪問、戦場から帰還した重症者や、自然災害等で多くの被害者が出た際には聖女の力で民を救う……という感じになる可能性が高いらしい。
とはいえ、いかなる状況でも、ファティアの能力に頼り切りになったり、能力を酷使させるようなことはしないようだ。
一人しかいない聖女に倒れられる方が損害が大きいことと、聖女だって一人の人間で、休養や休暇は当然有るべきだと考えてくれているらしい。
(アシェル殿下ならば、きっと私を悪いようにはしない。それに、この力で皆の役に立てるのは、嬉しい。見合った報酬はもちろん、必要なら家や使用人も手配してくれると言っていたから、いい話だと思う)
更にアシェルは、ファティアが聖女だからといって、妻にしたり、側室にするつもりはないから安心してくれと言っていた。
言わずもがな、アシェルはリーシェルに一途なので、彼女しかいらないのだという。
「アシェル殿下の提案を前向きに考えたいと思っています。けど……まだ悩んでいて」
「……うん。そりゃあ、そうだよね。きっと今の生活とは一転するわけだし。……アシェル殿下はゆっくり考えたらいいって言ってたから、そうすると良いよ。俺も相談に乗るし、ファティアの決定を応援するつもりだから」
「ありがとうございます、ライオネルさん……」
ライオネルの言葉はとても嬉しいのに、ファティアの声には元気がなかった。
というのも、ファティアがアシェルの提案を悩んでいる理由が二つあったからだ。
(一つ目は単純に、私が聖女としてきちんと国のために働けるのかなっていう不安があること……)
聖女の力が戻ってまだ数時間。
何百人、何千人──いや、それ以上の人たちの安全や平和に関わる聖女としての仕事を引き受ける覚悟など、そう簡単にできるはずはなかった。
(二つ目は、私が聖女として働くことになったら、ライオネルさんとはもう、あまり会えなくなっちゃうのかなってこと……)
今世話になっているライオネルの家は、魔術師から退くと決めたライオネルのためにアシェルが用意したものだった。
住まいは快適だけれど、エリート集団の長だったライオネルが暮らすには、かなり平凡だろう。場所も辺鄙で、活動拠点となる王都からはかなり離れているため、ライオネルが魔術師に戻るならば、あの家を引き払う可能性が高い。
そうなったらファティアだってあの家に暮らし続けるわけにはいかないから、少なくともまとまった貯金ができるまではアシェルに新たな住まいの確保をしてもらうことになるだろう。
(お互いに別の仕事をして……別の場所で暮らすことになるんだから、そりゃあ、なかなか会えないよね……)
二人は恋人でもなければ、兄妹でもない。
唯一ファティアとライオネルにある繋がりといえば、師弟関係だということだけだ。
(弟子として、時々会ってもらうことくらいはできるかな……。忙しいかな……)
──でも、これからもライオネルさんと会いたい ……。
(ああ、私っていつからこんなに貪欲になったんだろう。……全然、良い子じゃない)
ライオネルはよく褒めてくれていたけれど、国のために働くことを躊躇する理由が好きな人に会えなくなるからなんて、とんでもない話しだとファティアは思う。
「──ねぇ、ファティア」
ファティアが考え込んでいると、耳に届いたのは真剣味を含んだライオネルの声だった。
ファティアはライオネルの顔を見ながら、「どうかしましたか?」と問いかける。
「急で悪いんだけど、師弟関係やめない……?」
「えっ」
唯一の繋がりを断ち切りたいと言うライオネルに、ファティアからは上擦った声が漏れた。
(どうして……? やっぱりこれから、なかなか会えなくなるから? それとも今後は会う気がないから……?)
ライオネルの手がそっとファティアの手を包み込む。その手に触れられるといつもどきどきしていたけれど、今ばかりはそんな感情が分からなくて。
代わりに、ファティアが悲しみに心を支配されそうになった、その時だった。
「ファティアとは師匠と弟子じゃなくて、恋人になりたい」
頬を僅かに赤く染めながらそう告げるライオネルに、ファティアは目を丸くした。




