『聖女』と『天才魔術師』は愛を示す 1
その後、ファティアが落ち着いてから。
ファティアとライオネルは帰りの馬車の準備ができるまでの間、アシェルの計らいにより別の部屋で休めることになった。
こうなることを見越してアシェルが事前に手配していたのだろうか。
飲み物や軽食、着替えの服などの用意されており、ファティアとライオネルは準備の良さに顔を合わせた。
「アシェル殿下って、本当にこう、素晴らしい方ですね」
「そうだね。良い国王になると思うよ、あの人は。……それより、ファティアはもう大丈夫?」
ソファに横並びに座りながら、ライオネルが問いかける。
先程まで号泣していたため、瞼が重く、少し頭が痛い。
だが、これくらいならどうってことはないからと、ファティアは笑顔を見せた。
「平気です! むしろあんなに泣いて、ご迷惑をおかけしてすみません……! アシェル殿下やハインリさんにも、後で謝らないと……」
「謝らなくて良いよ。俺はもちろん、あの二人も気にしてないと思うし。……というか、お母さんの形見がやっと手元に戻ってきたんだから、感情的になるのは当然」
ライオネルはそこで一旦喋るのをやめると、ファティアの顔に自身に顔をずいっと近付けた。
「むしろね、俺からすればもっと泣いてもいいのにって感じかな」
「えっ」
「泣き顔より笑顔のファティアのほうが好きだけどさ……。ほら、泣いてたらずっと抱き締めていられるし」
「なっ、なっ、なにを言って……!?」
あはは、とライオネルは楽しそうに笑っているが、ファティアはそれどころではなかった。
(ほんと……この人はどうしてこう甘い言葉ばかりを言ってくるんだろう……っ!)
ずっと抱き締めていられるなんて言われたら、どうやったって期待してしまう。ライオネルへの好意は、際限なく増えていく。
至近距離でこちらを見つめる美しい瞳も、青みががった黒髪も、広い肩幅も、優しい声も、溶けてしまいそうなほどに甘い言葉も、彼の全てが、ファティアを魅了してやまなかった。
しかし、ファティアは目の前のライオネルの姿に、はたと気が付いた。
「そ、そういえば治療を……!!」
「ん? ああ、そういえば忘れてたね」
ライオネル頬や肩、腕、全身にある傷。
ただの風の刃だから大したことない、なんてライオネルは軽く話すが、その数は多い。
ほとんどの傷口から血は止まっているように見えるため、多量の出血が起こっていることは過度に心配しなくてもいいかもしれないが、傷口が深い箇所は特に心配だ。
「ライオネルさん、治癒魔法を使っても良いですか……?」
「むしろいいの?」
「はい。では早速──……」
ファティアは片手にペンダントを握り締めながら、魔力を練り上げる。
そして、ライオネルの怪我が治りますように願うと、彼の周りには淡い光の粒が現れた。
「あっ、治癒魔法の光の粒はちょっとあったかい」
「言われてみれば確かに……!」
「なんだかこう、温かいお風呂に入ってるような気持ちになるね、これ」
目を閉じながら、リラックスした様子のライオネル。
僅か数秒で光の粒は消えると、そんなライオネルの全身の傷は綺麗になくなっていた。
「ライオネルさん、治癒魔法をかけ終わりました! 痛いところはないですか?」
「うん。どこも痛くないよ。ファティアってやっぱり凄いね。ありがとう。……そういえば、魔力を練り上げた時の感じはどう? やっぱり練りやすいの?」
「そうですね……。練りやすいですし、こう、魔力を練り上げることがほぼ無意識でできるというか」
孤児院で聖女の力に目覚めた時もそうだった。
魔法の原理を知らなかったファティアは、無意識に魔力を練り上げていた。
修行を経験したことで、今は意図的に魔力を練り上げているが、ペンダントがなかった頃に比べてとてもスムーズなのだと分かる。
「そっか。それは良かった。俺の怪我もほぼ一瞬で治療できたし、聖女の力、完全復活だね」
「はい……!」
「あ、そうだファティアあっち向いてくれる?」
ライオネルは、向かい合っているファティアに反対側に向くよう指示をする。
「……? はい。一体どうしたんですか?」
疑問を持ちながらも、ファティアはライオネルの指示に従うと、背後からライオネルが手を出してきた。
「それと、ペンダント貸してくれない?」
「ペンダントを? ……ど、どうぞ」
ファティアはずっと手に持っていたペンダントをライオネルに渡す。
すると、次の瞬間だった。
「もうどこにもいかないように、ちゃんと着けておこう」
「あ……」
首筋に感じる金属の冷たい感覚。胸元に光る母の形見のペンダント。
その少し上には、ライオネルにもらってから毎日つけているペンダントもある。
ファティアは胸元に赤く光る二つのペンダントに、幸福感で胸がじんわりと温かくなった。
「お母さんの形見のペンダント、良く似合ってるよ、ファティア」
ライオネルは後ろからファティアの胸元にあるペンダント覗き込んでそう口にする。
「ライオネルさん……っ、ありがとうございます」
「ううん。……でも、似たようなペンダントを二つも着けるのも、あれだね。俺が贈った方は今から外して──」
「……待って! 外さないでください……!」
ファティアはライオネルの言葉を遮ると、彼と向かい合うように振り向いた。
素早く目を瞬かせるライオネルに、ファティアは懇願の表情を見せた。
「お母さんの形見のペンダントはもちろん大切ですけど、ライオネルさんがくれたこのペンダントも、私にとっては同じくらい大切で、宝物なんです……! ……だから、二つとも着けてても、良いですか……?」
「……っ」
ライオネルの頬はみるみるうちに熟した苺のように赤くなっていく。
ファティアが「あの……?」と声を掛けると、ライオネルは口元を押さえてハァ……と溜息を漏らした。
「ほんとさ……ファティアって、無自覚に俺を喜ばせるよね……」
「え?」
「んーん。分からなくてもいいよ。俺がただ嬉しかっただけだから」
そう話すライオネルの瞳には、砂糖菓子のような甘やかさが滲んでいる。
その目に見つめられる気恥ずかしさにファティアは彼からパッと目を離すと、話題を切り替えた。
「そういえばなんですけど、ライオネルさんはこれからどうするんですか……?」




