『元聖女』と『元天才魔術師』は信じ合う 3
──聖女の力と祈り。
その二つが混じり合った瞬間、ライオネルの周りには治癒魔法よりも強烈に輝く光の粒が現れた。
「な、何だこれはぁぁ!? 貴様たち何をしたぁぁ!?」
その粒はライオネルの体にスッと入っていく。ライオネルは自分の体を、不思議そうに見つめる。
治癒魔法の時とは違う光景に、魔法を使った本人であるファティアさえも、それから目が離せなかった。
「私を無視するな……! 何をしているのか答えろぉぉ!!」
強烈な光の全てがライオネルの中に入り込んだ時、ファティアはようやく少し冷静になって、「あの」と彼に問いかけた。
「ファティア、これ凄いね。感覚的に分かるよ」
「え?」
「『呪い』は、俺の中にもういない」
「……! ほんと、に、ですか……?」
確かに、ファティアは浄化を願った。
その結果、治癒魔法とは姿の違う魔法が発動したし、ライオネルの顔色はとてもいい。
ただ、『呪い』があんなにすぐに浄化できるなんて、まるで奇跡みたいで、完全には信じられない。
ファティアの感情は不安と希望でぐちゃぐちゃになった。
ライオネルはというと、先程まで苦痛に耐えていた人物と同一人物とは思えないほどに軽々しく起き上がる。
続いてファティアの手を引っ張って彼女も立たせ、引き寄せるように肩を抱いた。
「もう我慢ならん……! さっさと死ねぇぇぇ! ライオネルゥゥ!!」
すると、ものすごい剣幕のレオンが、椅子を振り回しながら迫ってきていた。
「きゃあっ……!」
驚きと恐怖でファティアは甲高い声を上げ、咄嗟にライオネルに服の一部を掴む。
けれど、ライオネルが「大丈夫」と声をかけてくれるだけで、不思議ともう怖くなかった。
「レオン殿下、貴方の陰謀も、もうここで終わりです」
そして、ライオネルがレオンの方に手を向けながら、そう口にした次の瞬間だった。
「えっ」
「なにぃぃ!?」
レオンの持っていた椅子が燃える……どころか、一瞬で灰になっていた。
あまりの速さに見逃してしまいそうだったが、どうやら、ライオネルは高純度の炎を椅子に当てたらしい。
「本当に……『呪い』が解けてしまったのか……?」
目をパチパチしながら、困惑の表情を浮かべるレオン。
更にレオンは、頭上から降ってくる灰のあまりの熱さに、「あちぃ! あちぃ!」と言いながら、体をジタバタさせた。
そんなレオンの顔を、ライオネルは片手でガシッと掴み、ゾッとするほどに冷たい目で見下ろした。
「俺に『呪い』をかけたこと、何よりもファティアを傷付けたこと──殺してやりたいくらい腹が立っていますが、今はこれで我慢します」
ライオネルは風魔法を発動すると、レオンの頭頂部に向かって迷いなく放った。
◇◇◇
「おや……これはなかなか面白いことになっているな、ライオネル」
「ライオネル……貴方さすがにこれは……」
それから少しして、寝室にはアシェルとハインリが現れた。
魔力が完全に復活したライオネルが、高難易度の魔法──遠隔思念の魔法を使い、城内に居る二人の頭に直接語りかけることによって、この場に呼び出したのである。
というのも、ファティアとライオネルが王族の寝室にいるなど、事情を深く知らないものからすれば、二人が悪者にされる可能性があるためだ。
レオンの策略か、部屋の外の人払いも済ませてあってくれていたことは、この時ばかりはありがたかった。
「抵抗するため、致し方なくです」
ライオネルは、レオンに目配せを送りながら、さらっとアシェルとハインリに答える。
しかしファティアは、土魔法で両手両足を拘束されて壁に張り付けられているレオンの姿に、少しだけ同情した。
(……いや、あんなことをしたのだから拘束は当然なのよ拘束は。今レオン殿下が気絶している原因だって、大怪我をしているとかではなくて……)
ファティアはレオンの涼しそうな頭頂部を見て、なんとも言えない気持ちになった。
(まさか、ショックすぎてレオン殿下が気絶するなんて思わなかったけど……)
ファティアがそんなことを思っている一方で、アシェルはレオンの姿に我慢ならなかったのか、堪らずぷっと息を吐き出した。
対してハインリは気まずそうな顔をしている。
「そうか。兄上の後頭部から頭髪が姿を消したことには驚いたが、抵抗されたのなら致し方あるまい。そういうこともある」
「いや、ないでしょ! こんなふうにレオン殿下を拘束できるライオネルが、間違えて髪の毛を──って、私の髪の毛まで刈り取ろうとしないでくださいライオネル! ありますよ、こういうことはありますよね!」
ライオネルとハインリのやり取りに、危険は過ぎ去ったんだぁとファティアは実感し、なんだかほっこりする。
そんな中、アシェルは「はい、一旦無駄話は終わりにしようか」と言ってライオネルたちを止めると、真剣な声色で話し始めた。
「さっき思念魔法により大体のことは聞いたが、兄上がライオネルに『呪い』をかけるため、呪詛魔道具を送りつけたと自白したんだな?」
「ええ。そうです」
「そうか──。そうだとは思っていたが、私を蹴落とすためとはいえ、他者を苦しめるようなことを本当にするとはな……」
アシェルは悲しげにそう呟いた。
いくらアシェルとレオンが王位を争っていたとはいえ、それ以前に二人は兄弟だ。
兄の常軌を逸した行動に、アシェルは悲しみを禁じ得ないのだろう。
「これから、レオン殿下のことはどうなさるおつもりですか?」
ライオネルの問いかけに、アシェルは再び口を開いた。
「どうも何も、兄上は司法によって裁かれる、それだけさ。……とはいえ、ライオネルに呪詛魔道具を故意に送りつけた証拠は、現状ではお前たちの証言しかない。被害者であるライオネルと、ライオネルに親しいファティアの証言では公平性に欠けるとして、裁判所では証拠不十分になるかもしれないから、この件は罪に問えない可能性がある」
ただ、手鏡タイプの魔道具を無断で持ち出し、利用したことは罪に問えるだろうとアシェルは話す。
この国にとって魔道具は貴重なものであるため、いくら王族でも、持ち出す場合には保管している魔術団に許可申請を出す必要があるのだが、レオンはそれを怠っているからだ。
ファティアを拉致したことについても問題にはできるとアシェルは続ける。
しかし、短時間でも寝室にレオンとファティアの二人きりでいたことが公になれば、ファティアに対して良からぬ印象を持つものも現れるかもしれない。
そのため、この件はかなり慎重に扱うという。
「更に、最近の調べで私を毒殺しようとした犯人が兄上であることが分かった。毒の入手に兄上の最側近が関わっていたことが判明したことと、実行犯である執事の遺書には、兄上に頼まれて私を殺すことに対しての罪悪感が綴られていたよ。おそらく、一生幽閉されるんじゃないかな」
「そう、ですか」
アシェルは相変わらず悲しそうに語っているが、直ぐに穏やかな笑みに切り替えた。
「兄上に対しては色々と思うことはあるが……これでリーシェルも安心だろう。私が毒で死にかけてから、彼女は毎日次に兄上がなにをしてくるのか、気が気じゃない様子だったから」
確かにリーシェルの気持ちを思えば、当然のことだ。
ファティアだって、レオンの処遇の心配よりも、これでライオネルに危害を加えないことのほうが重要だから。
「──とにかく、兄上所有の別荘にロレッタ嬢や魔術師がいるんだろう? 彼らにも話を聞かなければならないね。ハインリ、部下に頼んで後で彼らを私のもとへ連れてきてくれ。直に話を聞く」
「ハッ! かしこまりました」
「……じゃあ、これで兄上のことや事後処理についての話しはおしまいかな」
アシェルはその言葉を最後に、少し間を置いてから、ライオネルに問いかけた。
「遠隔思念魔法のような膨大な魔力を使用する魔法が発動できたってことは、ライオネルお前……『呪い』が解けたのか?」




