『元聖女』と『元天才魔術師』は信じ合う 2
「……っ、ファ、ティア……!」
ライオネルが立ち上がろうとしながら、彼女の名を呼ぶ。
ファティアは自身の首を絞めてくるレオンの腕を掴んで抵抗するが、それはあまり意味をならず、壁側に置きこまれたことで逃げることもできない。
更に、鳩尾を思い切り殴られ、ライオネルに応えることはできなかった。
「……ゔ、あ……っ」
「これくらい苦しめれば、多少は大人しくなるか……」
レオンはそう言うと、ファティアの首からパッと手を離す。
ファティアは「ゴホゴホッ……」と咳き込みながら、壁に背中をするようにしてズルズルと床に座り込こんだ。
「さて、次は貴様だライオネル」
レオンはそう言って、ライオネルの腹部を思い切り蹴り上げた。
「いっ……!」
「ライオ、ネル、さん……っ」
『呪い』のせいでろくに抵抗ができないのだろう。ライオネルは痛みに悶絶するように奥歯を噛み締めている。
そんなライオネルに、レオンは悪魔のような微笑みを見せた。
「せっかくこの女を助けに来たというに、このタイミングで『呪い』が発動するとは……!! やはり呪詛魔道具を貴様が使うよう手配して正解だった!」
「……くっ」
「俺の手駒たちを倒してこの場まで来たことには驚いたが……残念だったなライオネル! 今から貴様を殺して、その後でファティアに服従契約を施し、私のものにする!」
レオンはそう言うと、ベッドの近くにあるテーブルの方へと歩き、椅子を抱えた。
「ふむ……。殴り殺すには私の手が痛いからな、これで良いか」
まるで今日の服はどれにするかを選ぶかのような、そんな雰囲気で凶器を手に取るレオンに、ファティアは信じられないという目を向けた。
(ライオネルさんが殺されちゃう……っ、助けなきゃ……っ)
レオンがライオネルに意識を向けている今なら、彼は魔法にすぐに反応できないだろう。
両手に椅子を持っている今ならば、たとえこちらが魔法を発動する素振りを見せてもペンダントを破壊する時間はないはずだ。
(とにかく、なにか魔法を……!)
なんでも良い。ライオネルが死なずに済むのならなんだって。
そんな思いから、ファティアは魔力を練り上げるために可能な限り集中したのだけれど、お腹が温かくなるような感覚は一切なかった。
(どうして……!? 集中が足りないの……!?)
そう考えたが、ファティアはつい先程魔法を発動できている。その時だって、なにもいつものように慣れ親しんだ静かな空間で集中できていたわけではなかった。
では何故なのか。思考の末導かえた答えに、ファティアは顔を歪めた。
(……魔力を吸収が、終わったのね……っ)
ファティアは今日ロレッタに会いに別荘に行く前、いつものように魔道具で魔力を吸収していた。
しかし、この効果は常に続くわけではない。
ファティア自らが生み出す魔力のほうがかなり多いので、時間が経つと一切魔力を吸収していない状態に戻ってしまうのだ。
今のファティアには、魔道具やライオネルによる魔力吸収がなければ、魔法を発動することはできなかった。
(どうしよう……っ、おそらく魔法が扱えない私の力じゃあ、レオン殿下を捕らえることはできない。……けど、このままじゃあライオネルさんが……っ)
レオンの足に絡みついて邪魔をしても、おそらく一時しのぎにしかならない。
ライオネルが死ぬかもしれない状況を前に、きっと誰かが助けに来てくれるなんて、不確定な希望を持っているわけにもいかない。
自分の手でライオネルを助けるには、どうしたら──。
(……! そう、だ)
そもそも、ファティアが一人でどうこうしようというのが間違いだったのだ。
ここには、最強と謳われた魔術師、ライオネルがいる。
彼が『呪い』から解放されれば、この状況は決して窮地じゃない。それができるのは、聖女の力をを持つファティアだけ。
手元にペンダントがない状態で、その願いを叶えるためには──。
(ライオネルさんの魔力吸収によって、私の余分な魔力の多くが吸収できれば──)
ファティアから漏れ出している余分な魔力が吸収されればされるほど、ファティアの聖女の力を発動する確率が上がることは、パーティーの際に指輪タイプの魔道具を使用したことで立証済みだ。
あの時ファティアは、アシェルに治癒魔法を施し、彼の命を助けることができた。
つまり、あのパーティー会場での状態を再現できれば、治癒魔法はもちろんのこと、『呪い』に蝕まれているライオネルになら、浄化魔法も発動できるかもしれない。
(ライオネルさんとの魔力吸収……。普段は手を繋いでいたけれど、それだけじゃあ、私の魔力は少ししか吸収できないことは、もう分かってる)
ライオネルは以前、接触する箇所によって、魔力吸収の量が変わると言っていた。
手よりも額、額よりも唇が触れ合うことで、魔力の吸収量は上がるのだと。
(……試してみるしか、ない)
コツコツとわざとらしく足音を立ててレオンがライオネルに向かって歩く。
「ライオネル、さん……っ」
ファティアは呼吸のしづらさや鳩尾の痛みを抱えながらも、四つん這いで這うようにしてライオネルの側へとにじり寄り、懇願した。
「『呪い』で辛いと思いますけど、魔力吸収の魔法を発動してください……っ、わたしを、信じて……」
「……!」
ファティアのその言葉に、ライオネルはハッと目を見開いて、すぐに頷いた。
ライオネルは苦しみながらも魔力吸収を発動すると、仰向けの状態でファティアの頭へとへと手を伸ばし──。
「ファティア……」
「ライオネルさん……」
ライオネルはそのままファティアの顔を引き寄せ、ファティアはそっと目を閉じて、彼と唇を重ねる。
「貴様たち何をしている……!?」
と、声を荒らげるレオンを無視して、ライオネルは魔力吸収を行い、終了すると、ファティアから唇を離した。
優しい瞳で、ライオネルはファティアを見つめた。
「……ファティア、余分な魔力はほとんど吸収できたよ」
「……はい……!」
それからファティアは、過去に孤児院の子どもたちの怪我が治りますと祈ったように、アシェルの命を救えますようにと祈ったのと同じように、ライオネルに対して祈りながら、聖女の力を発動した。
(どうか、ライオネルさんの『呪い』が解けますように──)




