『元聖女』と『元天才魔術師』は信じ合う 1
「ぐぁっ!?」
レオンは突風に驚嘆をあげると、バランスを崩してベッドから派手に落ちた。
それも頭からだ。ゴツン! という激しい音が寝室に響く。
ファティアも突然のことに驚きながらも、ベッドの下に落ちたレオンが気絶していることを確認すると、今の内にというようにベッドから降りた。
そして、ふらりと体が傾き、床に片膝をつくようにしてしゃがみこんだライオネルのもとに駆け寄った。
「ライオネルさん……! 大丈夫ですか……!?」
「……っ、ファティア……ッ、大丈夫、魔道具の影響でちょっと気持ち悪いだけだよ」
転移による頭を揺らすような感覚はかなり気持ち悪くて、ファティアの場合は意識を手放したくらいだった。
座り込んでいるとはいえ、こうやって話せているだけライオネルは頑丈なのだろう。
「無理はしないでください……っ、気持ち悪さは少しずつマシになりますから……。けれど、この全身の傷……っ、大丈夫なんですか……?」
──頬に二の腕、腹部に太もも。ライオネルの全身には、刃で切りつけられたような切り傷が見られる。
レオンが話していた魔術師に攻撃されたのだろう。見たところ既に出血は止まっているようだが、かなり痛々しい。
「平気だよ……って、俺のことはどうでもいいの。ファティアこそ大丈夫? 何もされてない?」
体調が芳しくないのは言わずもがなの状態で、ライオネルはファティアの頬をそっと撫でながら問いかける。
その目は我が子を心配する母のように必死で、それでいて自分のものを奪われたくないと嫉妬をギラつかせる子どものような感じがした。
「はい。妻になるよう命じられて押し倒されはしましたが……それだけです。何もされてません!」
「それだけ……? かなりのことされてると思うけど……」
聞かれたことを正直に答えると、ライオネルの眉間に皺が寄る。
ライオネルのことだから、たとえ些細なことでも心配し、同時に腹を立ててくれているのだろう。
(相変わらず優しいなぁ……)
ライオネルが来てくれたことに安堵したこともあって、ファティアは久々に頬を緩める。
すると、ライオネルは眉間の皺を解いて、ファティアの肩にぽすっと頭を乗せた。
「……まあ、それは一旦おいておくとして。……ファティアは一人で抱え込むところがあるから、本当に心配した。…………無事で、良かった」
「……っ」
ライオネルの言う通り、一度は自己犠牲の道を選ぼうかと思った。
けれど、これまでライオネルが大切にしてくれたから、ファティアは留まることができたのだ。
「ライオネルさんの、おかげです」
──ライオネルとの未来を諦めずに済んだのも、実際に今こうやって脅威から逃れられたのも。全部、彼のおかげなのだ。
「むしろ、助けに来るのが遅くなって謝らなきゃと思ってるけど、それは後にするよ。とりあえずこの場所にアシェル殿下やハインリ──信頼できる人たちを呼ぼうか。俺達だけじゃこの場を対処しきれないし」
「そ、そうですね! あ、その前に……」
ライオネルが突然現れたことで動揺していたファティアだったが、とても大切なことを思い出した。
「実は母の形見であるペンダントを、レオン殿下が持っていたんです。きっと人を呼んだら慌ただしくなると思うので、今の内に取らせてもらいます」
これで、ライオネルを『呪い』から解放してあげられるかもしれない。
聖女の力を取り戻したら、彼の隣に立てるようなふさわしい人間に近付けるかもしれない。
ファティアは希望を胸に抱き、「少し待っていてください」とライオネルに声をかけてから立ち上がる。
そして、未だに気絶しているレオンの方へ歩き出そうとした、その時だった。
「……っ、ハァ……ハァ……ッ」
「ライオネルさん!? 大丈夫ですか……!?」
体丸をめるようにして地面に横たわるライオネルのもとへ、ファティアは踵を返す。
浅い呼吸に、苦痛に耐え忍ぶような表情はこれまでに何度も見たことがあった。
「ライオネルさん……もしかして『呪い』が……っ」
「う、ん……っ、そう、みたい……ぐっ」
魔法を使ってから『呪い』が発動するまでの時間はまちまちで、その時の苦痛も一定ではない。
しかし、ファティアが触れていないからなのか、ライオネルの様子はいつもよりも苦しんでいるように見える。
「ライオネルさん、少しだけ我慢してください……!
直ぐにレオン殿下からペンダントを取り戻して、ライオネルさんを助けますから……!」
自分にできることを──いや、自分にしかできないことをしなければ。
ファティアは再び勢いよく立ち上がり、レオンの方を向くべく、くるりと振り返った、のだけれど。
「……神はまだ、私を見放さなかったみたいだな」
「……!? レオン、殿下……っ」
気絶から目覚めたレオンが、悍ましい目をして目の前に立っていた。
ファティアは予想外の自体に一瞬頭が真っ白になり、体を硬直させる。
そのせいで、レオンの手が自身の首元に伸びてくるのを、ファティアは避けられなかった。
「きゃっ……ぐっ」
ファティアはそのまま首を掴まれ、壁にドシンと押し込まれた。




