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『元聖女』は『元天才魔術師』と軟禁先に踏み込む 2

 

「ファティア──!!」  


 突然手鏡の中に吸い込まれ、この場から姿を消したファティアに向かって伸ばしたライオネルの手が空を切る。


(一体どういう……ファティアは無事なのか……っ)


 困惑と絶望が入り混じった表情をしているライオネルを、ロレッタは馬鹿にしたように笑った。


「ぷっ、あははは! 貴方の名前……確か、ライオネル、だったかしら? こんなところに一人で来てどうしたの? もしかして私に恋い焦がれてわざわざいらしたのかしら?」

「お前……っ」


 まるで初めからこの場にファティアがいなかったと言わんばかりの発言と、こちらを煽るような言葉の数々。

 更にファティアを守れなかった自身の不甲斐なさに、怒りがこみ上げてきたライオネルは、練り上げた魔力を手に集中させた、のだけれど。


(……だめだ。ファティアを助けたいなら、冷静になれ)


 自分自身にそう言い聞かせ、ライオネルは心を落ち着かせる。


 ロレッタに攻撃すれば、ファティアが消えた原因であろう手鏡を破損させてしまうかもしれないからだ。


(そもそもこの手鏡……。まさか──)


 持ち手のところに魔石のような石が付いていることから、おそらくこの手鏡は魔道具の一種なのだろう。


 人を吸い込む魔道具なんて見たことも聞いたこともなかったが、ライオネルはまさか……と一つ仮説を立てた。


(鏡に吸い込んでいるというよりは、鏡を出入り口として人を移動させる魔道具なのか……?)


 そういう魔道具が存在することは風の噂で聞いたことがある。

 鏡が二つあり、その鏡を介せば人の移動が可能になるんだとか。


(魔法陣を描いて発動する転移魔法は、人には負荷がありすぎて物にしか使えない。鏡間でしか移動できないとはいえ、人を移動させることができる魔道具があれば便利だと思って、部下に積極的に探させていたけれど……)


 まだこの手鏡がライオネルが想像する魔道具だとは言い切れないが、もしそうだった場合、何故ロレッタが持っているのだろう。

 導き出される結論は、一つしかなかった。 


(レオン殿下ならば、部下を使って個人的に魔道具を探させることも可能だし、魔術師団員が見つけた魔道具を、権力を行使して奪い取ることも可能だ)


 ──つまり。

 もしも全ての仮説が合っているとすれば、ファティアの行き先は──。


「……それ、貸せ」


 急がなければ、ファティアがどんな目に遭うか分からない。

 ライオネルはそう考えて、ロレッタが持つ手鏡を奪おうと手を伸ばした。


「あーら! 私に集中していても良いの?」


 しかし、その瞬間、ライオネルは今の今まで感じなかった多数の魔力を背後から感じ、素早く振り返った、のだけれど。


「……っ」


 刃のような形をした風魔法攻撃が数え切れないほどに襲われ、ライオネルは痛みから片膝を地面に預ける。


 咄嗟に避けたり、魔法で風の刃を跳ね除けたものの、あまりの数に全てを対処することは叶わなかったのだ。

 服はところどころ破れ、その箇所からは出血していた。


「ふふ……。ファティアの味方なんかするからよ。好い気味ね、ライオネル」


 背後から聞こえたロレッタの声は酷く楽しそうだが、今はそんなことはどうでもいい。

 ライオネルは痛みで浅い呼吸を繰り返しながら、目の前にいる人物たちに鋭い目を向けた。


「お前たちは……レオン殿下専属の魔術師」


 数は三名、全員男。

 その全員が、紺色のローブを羽織っており、このローブこそがレオンの専属魔術師であることを証明している。


 痛みに顔を歪めるライオネルとは反対に、涼しい顔をした専属魔術師の一人──自らの周りに風の刃を纏わせた男が口を開いた。


「…………元第一魔術師団の団長、ライオネル・リーディナント。貴様に個人的な恨みはないが、この場で処理させてもらう」

「……なるほどね。そういうこと」


 ライオネルはそう言うと、玄関前の階段から降り、専属魔術師と向き直る。


 ──専属魔術師は基本的に主人から離れない。例外があるとすれば、主人に命じられた時のみだ。

 つまり彼らは今、レオンに命じられ、ライオネルを亡き者にするためにこの場に現れたということだ。


(いや、現れたとは少し違うかな……)


 専属魔術師たち三人の耳には、揃いも揃って白魔石が付いたイヤリングが着けられている。


 ──あれは、魔力を遮断するための魔道具。


 ライオネルが息をするように魔力探知をこなせることは、魔術師界隈では有名であるため、おそらく欺くために着けているのだろう。


 魔法を扱う際は魔力遮断の効果が切れてしまうが、ライオネルのような相手を待ち伏せして、奇襲を仕掛けるにはもってこいの魔道具なのだ。


 ファティアの姿が消えた直後に、彼ら魔力を探知できたことから、彼らは先にこの周辺に潜んでいたことは間違いなさそうだ。


(つまり、俺とファティアはまんまとこの別荘に誘い込まれたというわけだ)


 おそらくレオンは、ファティアの母の形見のペンダントについての話をロレッタから聞いたのだろう。 


 聖女であるファティアをどうしても自分のものにしたいレオンは、ファティアの居場所を突き止めるよりも誘い出す方が早いと考えたに違いない。


(この女の軟禁場所がどうしてレオン殿下所有の別荘なのか不思議だったけど、ファティアを誘い出したいなら、王城の地下に容れるわけがないよね)


 ライオネルを亡き者にしたいという点から考えても、レオンが思うがままにできるをも別荘周辺のほうが、都合がいいのだろう。  


「ちょっと貴方たち〜! 早くその男やっつけちゃいなさいよ!! 三対一でしょう?」


 ライオネルと専属魔術師たちが互いに間合を図りながら様子を見合っていると、そんなロレッタの声が響く。


 その声に反応したのは、先程風の刃でライオネルを攻撃してきたのとは違う、三人の中では一番若そうな男だった。


「確かに、ロレッタ様の言うとおりですよ。いくら彼が天才と謳われていた魔術師とはいえ、それは過去の話。今はもうただの隠居でしょう? サクッとやっちゃいましょう!」


 そう言って、若い男は両手に炎を纏わせながら、ライオネルに向かって突っ込んでいく。


「おい、待て……!」


 リーダー格と思われる風魔法の使い手が静止するが、若い男は「大丈夫ですよ!」と自信満々な様子だ。


「俺も……なめられたものだね」


 彼らとは直接手合わせをしたことはなかったけれど、王族の専属魔術師になるくらいだから、相当な手練れなのだろう。

『呪い』に苛まれてから、ファティアに出会うまでの間──魔力量が全盛期の十分の一しかない頃だったら、負けていたかもしれない。


 ──けれど、今はファティアのおかげで、全盛期の半分程度まで魔力量が回復している。

 それに、ライオネルの凄さは魔力量だけでなく、全属性の魔法を手足のように扱えるところなのだ。


「お前みたいに油断してる奴、悪いけど相手にならないよ」


 ライオネルはそう言うと、右手に火魔法、左手に風魔法を発動させる。

 そして、左右の魔法の威力を一瞬で微調節してから、一直線にこちらに向かってくる専属魔術師に放った。


「……なっ!? ぐぁぁぁ!!」


 専属魔術師はライオネルの攻撃に対して持ち前の火魔法をぶつける。

 しかし、それはライオネルの風により強化された激しい炎によって意味をなさず、専属魔術師は瞬く間に別荘ほどの大きさの猛火に包みこまれた。


「あづいぃぃぃ……!! たす、けてぇぇ……!!」


 猛火の中から逃れる事ができず、手足をバタバタとさせる専属魔術師。

 残りの魔術師は火の届かないところまで瞬時に対比し、ロレッタも同様に別荘の裏手に隠れる。


「あ、あんなの、我々に勝てるはずがない……!!」

「なんなのよ、あのライオネルって男……! 化け物じゃない……っ」


 そんな彼らの目には恐怖が滲むと同時に、体がガタガタと震える。


 ライオネルは残りの専属魔術師とロレッタの居場所を目で追いつつ、今度は両手に水魔法を発動した。

 そして次に、その水を一気に猛火のところに発射すれば、一瞬で火は収まった。


「……っ、大丈夫か!」


 すると、仲間の専属魔術師たちは倒れている若い男のところまで走って来ては、彼の安否を確認した。


「意識は失っているが、生きているぞ……!」

「良かった……!」


 安堵する専属魔術師たちに、ライオネルは少し遠いところから声を掛ける。


「魔術師に支給されるローブは耐火性能が高いから、おそらく身体は無傷だと思うよ。顔あたりにはあまり火がいかないように調節したし。今は精神的ショックで倒れてるだけ」

「……! 何故、命を奪わなかったんですか……?」

「……? 君たちを殺したいと思うほどの恨みはないから。それと、ここに来たのは命令でしょ。ああ、でも、倒れてるそいつには後で教育しておいたほうがいいよ。敵が誰でもなめてかかるなって。……それと、君たちには悪いけど」


 ライオネルはそれだけ言うと、仲間を心配した表情で見つめる魔術師たちに手のひらを向け、風魔法を放った。


「ファティアを助けに行かなきゃ行けないから、少し眠ってて」


 専属魔術師の二人は勢いよく木に打ち付けられ、意識を手放した。

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