『元聖女』は『元天才魔術師』と軟禁先に踏み込む 1
──次の日の早朝。
どんよりとした雲が立ち込める空を見上げたファティアは、直ぐに視線を下げた。
そして、いつも移動の際に世話になっている馬の首あたり優しく撫でた。
「ごめんね。今日はたくさん走ってもらうことになると思うけど、ちゃんと休憩はとるからね」
今日これから、ファティアはライオネルと共にロレッタが軟禁されている別荘へと向かう。
別荘の場所は昨日のうちにライオネルがハインリに調べるよう連絡し、そこまでの地図は既に転移魔法により送られてきている。ついでに別荘の鍵もだ。
ハインリだけでなく、アシェルも協力してくれたらしい。
(今度お会いしたら、改めてお礼を言わなくちゃ)
「ファティア、この空だと雨が降るかもしれないから、早速行こうか」
「はい。分かりました」
距離はおおよそ、馬を走らせて三時間するかしないかだ。
ファティアは、先に馬に乗ったライオネルの手助けのもと、馬の背に乗る。
ポジションはライオネルの前。横座りしているファティアを抱き締めるようにしてライオネルが手綱を握っている。
「そんなにスピードを出すつもりはないけど、落ちたら大変だからちゃんと抱き着いててね」
「はい……! よろしくお願いします……!」
できる限り平然を装いながらも、ファティアの内心は恥ずかしさでいっぱいだった。
(ああ……! 自分から抱き着くのって、何度しても慣れない……!)
耳まで真っ赤に染まったファティアに、ライオネルは「可愛いなぁ」と呟いたが、その声をファティアが気付くことはなかった。
◇◇◇
──二人が家を出発し、別荘に向かってから約三時間が経った頃。
二時間もの林道を抜けた二人の前には、ようやく別荘が見えてきた。
ライオネルは「やっと着いたね」と言ってから、ファティアに視線を送る。
「もう少しで到着するから、作戦を確認しておこうかり……まあ、作戦って呼べるほどのものはないけどね」
ファティアはライオネルに抱き着きながら、彼の顔を見上げた。
「まずは、ライオネルさんが魔力探知をして、ザヤード子爵邸の警備の数を確認するんですよね?」
「そう。因みに、もう魔力探知してるけど、今のところあの屋敷から感じる魔力は微量な一つだけ。魔術師のものとは到底思えないから、多分あの女のものだろうね」
そこから分かるのは、少なくとも現在の別荘に魔術師がいないということだ。
魔力を持たない騎士たちが警備にあたっている可能性はあるが、レオンが本気でファティアを手に入れようとするならば、自分の派閥である第一魔術師団の人間も配置するのが普通ではないだろうかとファティアは思う。
それを踏まえると、現時点で別荘にはレオン手配した警備がいる可能性はかなり低い。
「油断はできないけど、このままなら侵入するのは難なくできそうだね」
「はい。おそらく使用人の方も数人いるでしょうから、あまり大事にならなければいいんですが……」
「そうだね。可能な限り平和な方法でペンダントを取り戻さないとだもんね?」
確認のために問いかけたライオネルに、ファティアはコクリと頷いた。
「はい。すみません。私の我儘で……」
弱いながらも魔法を使えるようになってファティアが思ったことは、魔法はとても便利で面白いということと、使い方によっては恐ろしいということだ。
建物を破壊することも、命を奪うことも簡単にできてしまうから。
全盛期のライオネルのような、山を簡単に消し飛ばすほどではないファティアの魔法でも同様にだ。
だから、ファティアはロレッタに対して、あまり一方的に魔法を行使したくなかった。
もちろん、ペンダントを取り戻すため、彼女の体の動きを止めたり、拘束したりする程度の魔法は使うつもりだ。
けれど、ろくに魔法を使えないロレッタを過剰に傷付けるような真似はしたくなかったのだ。もちろん、
その周りにいる人々も。
「何で謝るの? いくら憎い相手でもさ、できるだけ平和な方法で解決したいっていうのは、むしろ凄いことだと思うけど」
「ライオネルさん……」
「だから謝らなくて良いよ。……それにほら、もう着くよ」
気持ちを汲んでくれたライオネルには感謝しかない。
ファティアは「ありがとうございます」と口にしてから、進行方向に視線を移した。
別荘までの距離は、およそ百メートル。
ライオネルがいてくれるから心強いし、もう少しで母の形見を取り戻せるかもしれない状況は、この上なく嬉しいはずなのに、何故か胸がざわついて嫌な予感がする。
(どうか、何も起こりませんように……)
ファティアは無意識に表情を曇らせる。
ライオネルはそんなファティアの異変に気付いたのか、一旦馬を止めた。
そして、ファティアを包み込むように抱き締めながら、片手で彼女の頭をポンポンと優しく叩いた。
「ライオネル、さん……?」
「不安な顔してるけど、俺がついてるから大丈夫、大丈夫だよ」
「……っ」
ライオネルの声は、酷く優しい。まるで、春風のような、それでいて陽だまりのような温かさがある。
それはファティアの中にある恐怖という塊を、簡単に溶かしていった。
ファティアはライオネルの背中にそっと腕を回しながら、こう言った。
「ライオネルさん、ありがとう、ございます。私はもう、大丈夫です」
「……ほんと? 強がりじゃない?」
「はい。ライオネルさんの魔法のおかげです」
「魔法?」
キョトンとするライオネルに、ファティアは「ふふ」と微笑んだ。
「ライオネルさんの言葉はいつも、私に勇気だったり、元気をくれます。……だから、まるで魔法みたいだなって」
「…………。俺のほうこそ、いつもファティアに魔法をかけてもらってるよ」
「え?」
「いや、なんでもない」
その会話を最後に、ライオネルは別荘近くの木に馬を繋ぎ、二人は地面に足をつけた。
「沢山走ってくれてありがとう。すぐに戻って来るから、それまでは休憩していてね」
ファティアは馬に礼を伝えると、別荘に向かってライオネルと共に歩みを始めた。
(お母さん、もう少しで取り戻せるから……待っててね)
亡き母への思いを胸に抱きながら、ファティアたちは別荘の玄関に繋がる階段を上る。
そして、ファティアはライオネルから別荘の鍵を受け取ると、一瞬だけ互いに見つめ合ってから、鍵穴へと手を伸ばした。
──そんな時だった。
「来ると思ったわ、ファティア」
「「……!」」
突然扉が開いたと思ったら、そこには真っ赤なドレスを身に纏った、ロレッタの姿。
手には手鏡のような物を持っており、ニヤリと口元に弧を描いている。
(来ると、思った……?)
ロレッタの笑みは今まで見た彼女のどんな表情よりも悍ましい。
同時に、彼女の言葉に疑問を持ったファティアだったが、次の瞬間、思いもよらないことが起こった。
「でも……残念でした。ばいばい」
「えっ」
突如としてロレッタが持つ手鏡が光り出すと、まるで磁石同士が引っ張り合うように、ファティアの体は手鏡の中に吸い込まれたのだった。




