『元聖女』は『元天才魔術師』と決意する 3
ペンダントさえ使えれば、おそらくもっと強力な魔法を使えるだろうから、ライオネルに守ってもらわなくても済むことが増える。
──なにより、ライオネルを『呪い』を解放してあげられるかもしれない。
そうしたら、ライオネルは魔術師団に戻って、前までのように好きに魔法を使えるかもしれないのだ。
「……ファティアの言いたいことは分かったけど、もしかして一人で行く気じゃないよね?」
余裕のない声色でほぼ確認のような問いかけをするライオネル。
ファティアの手を握り締める彼の手には力が入り、動揺が伺える。
そのライオネルの言動が、彼の優しさからから来ていることを知っているファティアは、首をふるふると横に振った。
「いえ、私一人で行くつもりです」
「それはどうして」
ファティアはできるだけ明るい声色で答えた。
「……自惚れているつもりはありませんが、私はこれでも全属性の魔法を使えます! それほど強い威力の魔法は使えませんが、ロレッタ一人ならどうにか──」
「……戦闘訓練を受けてないファティアが、そう簡単に人に向かって攻撃魔法を発動できるとは思えないけど」
「それは……」
確かに、自分の身や誰かを守るために致し方なく攻撃魔法を発動するのはともかく、自発的に人に向けるのは抵抗がある。
ライオネルの言う通りだと、ファティアは思った。
(手荒いまねは、したくない。本当は誰ひとり傷付けることなく、返してもらうのが一番平和だと思うけど……)
ロレッタはあの性格だ。大人しく話し合いに応じてくれるわけはない。
「それに、レオン殿下なら、ファティアの素性くらい直ぐに調べられる。もしあの女から『ファティアのお母さんの形見のペンダントを奪った』っていう話まで聞かされていたら、ファティアが軟禁先に取りに来るのを見越して、腕の良い魔術師や騎士たちを警備として配置するよう命じているかもしれない」
「そ、それは……」
「それに、軟禁先がレオン殿下所有の別荘っていうのがちょっと気になる。……まあ、あの女はまだレオン殿下の婚約者だろうから、地下牢に入れるのは体裁が悪い……って考えなだけかもしれないけど」
ライオネルの言うことが当たっていたとしたら、軟禁先にファティアが一人で向かえば、即刻捕まるだろう。
もう二度と、ライオネルと一緒にご飯を食べたり、街へ出かけたり、他愛もない話をしたりできなくなるかもしれない。どころか、一切会えなくなる可能性だってある。
(それは……嫌だ。でも、これ以上ライオネルにばかり頼るのも……っ)
──そう、ファティアが思った時だった。
「今回のこと、ファティアが俺のことを思って、一人で行くって言い出したんだって分かってるよ」
「ライオネルさん……」
「ありがとね、ファティア。……でも俺は、怪我をしたり、『呪い』が発動したりするよりも、ファティアが危険な目にあったり、こうやって側にいられなくなったりするほうがずっと嫌だし、苦しい」
こんなふうに言われたら、甘えたくなってしまう。
ファティアはその気持ちを押し殺し、「……っ、でも──」と口にしたのだが、その続きが出ることはなかった。
「ふぇ……!?」
ファティアに重ねていた手を離したライオネルが、両手で彼女の両頬を包み込むようにムギュッと押さえたからだった。
「にゃ、にゃにを……っ(な、なにを……っ)」
「ファティアが、素直に甘えてくれないから」
「……!?」
「だから、実力行使に出ようと思って」
ライオネルはそう言うと、ファティアの顔に自身に顔を少しずつ近付けていく。
惚れ惚れするほどに整ったライオネルの顔が迫ってくる様に、ファティアは手足をバタバタとさせた、そんな時だった。
「……ファティア。次に『でも』とか『だけど』とか言ったら、口塞ぐからね」
「……ふぁい!?(はい!?)」
「ナニで塞ぐかなんて、さすがに言わなくても分かるよね?」
「〜〜っ!?」
美しい形をしたライオネルの唇の口角がキュッと上がる。
ライオネルが何を言いたいのかを理解できてしまったファティアは、それに釘付けになりながら返答した。
「わ、わかりましゃたかりゃっ(分かりましたからっ)」
その後ファティアは、ライオネルの作戦に敗れて、彼を頼ることになった。
決行は早いに越したことはないということで、なんと明日だ。
(明日ペンダントを取り戻せるのかもしれないと思うとドキドキするな……。それに……)
ライオネルの顔が離れていってからも、ファティアは恥ずかしさの余韻がまだ残っていて、顔が真っ赤だった。
(あのまま『でも』や『けれど』と繰り返したら、本当にキス、されていたのかな……)
ファティアが悩む一方で、ライオネルは今にも鼻歌を始めそうなほどに上機嫌だ。
(……けど)
若干顔が疲れて見えるのは、気の所為だろうか。目の下には薄っすらと隈があるようにも感じる。
(……家と王城間の馬乗りの往復に、日付を超えてからの帰宅。それからすぐ、『呪い』が発動したから、おそらくそれほど眠れていないはず。……疲れているのも当然ね)
ファティアは先程の羞恥心は一旦頭の端に追いやり、心配な面持ちでライオネルに問いかけた。
「先程朝ご飯を食べたばかりですけど……お昼寝しますか?」
「え?」
「ライオネルさん、寝不足ですよね? 明日ザヤード子爵家に行くのなら、なおのこと体を休めたほうが良いかと思いまして……」
ファティアの提案に、ライオネルは少しばかり悩む素振りを見せてから、ニコリと微笑んだ。
「そうかも。それじゃあ、少し横になろうかな」
「は、はい! どうぞ! 私は外で修行していますので、ごゆっく──」
「何言ってるの。ファティアも一緒に寝るに決まってるでしょ?」
「はい……っ!?」
突然何を言い出すのだろう。
ファティアは合意も拒絶も忘れて、目を丸くした。
するとライオネルは、そんなファティアに微笑すると、彼女の耳元で囁いた。
「……因みに、ファティアが休まないなら俺も休まないよ」
「……っ!? それは狡くありませんか!?」
「狡くないよ。ファティアの扱い方が分かってきたって言ってほしいな」
ライオネルはそう言うと、いきなりファティアを横抱きにして、ベッドへと優しく下ろした。
突然のことに「な!?」「え!?」「あれ!?」と困惑した様子のファティアに、ライオネルはまたもや笑みを浮かべる。
「大丈夫。取って食いはしないよ。抱き枕にするだけ」
「抱き枕……!?」
「うん。よろしく」
それからライオネルもベッドに横になると、ファティアを抱き締めるようにして目を瞑った。
ファティアはライオネルに包みこまれているので彼の表情を見ることはできないが、心臓の鼓動からしてリラックスしているんだろう。
(私の心臓は今にも爆発しそうなのに……!)
と、思っても口に出せるはずもなく、ファティアはライオネルに休んでもらうためだからと抵抗することはなかった。
どころか、ライオネルの体温と心臓の音、つい先日干したばかりの布団の気持ち良さと、昨夜の疲れが影響してか、瞼が重たくなってくる。
「おやすみ……ファティア」
「は、はい……おやすみ、なさい……」
明日も、明後日も、これからこの先ずっと、こうやって穏やかな日々を過ごせると良いのに。
ファティアは朧気にそんなことを願いながら、瞼を完全に閉じたのだった。




