『元聖女』は『元天才魔術師』と決意する 2
そして、光が落ち着くと、魔法陣の真ん中には白い封筒の姿があった。
「差出人は──ハインリ」
立ち上がったライオネルは、魔法陣の側まで行き、その封筒を手に持つと差出人を確認する。
ファティアは、そんなライオネルに駆け寄った。
「昨日の今日でなにかあったんでしょうか?」
「昨日のことの諸々の報告だと思うけど、とりあえず朝ご飯食べちゃおう。せっかくファティアが作ってくれたんだから。手紙を読むのはその後でいいよ」
「そ、そうですか?」
気持ちは嬉しいが、直ぐに手紙を読まなくても大丈夫なのだろうか……。
ファティアはそう思ったけれど、ライオネルの意思は強いらしく、食事を再開させた彼にファティアも続くことにした。
食事を終え、二人で仲良く洗い物を済ませた後、ファティアたちはソファに横並びに腰掛けた。
ライオネルはナイフで封筒を切ると、中の便箋を取り出し、ファティアにも見えやすいように傾けた。
「私も読んで良いんですか!?」
「うん。俺宛って書いてないから、ファティアが見ても問題ないと思うよ」
「な、なるほど? では、失礼して……」
(ハインリさん、すみません……!)
一応脳内でハインリに謝罪をしてから、ファティアはライオネルの手元を覗き込んだ。
「…………」
「…………」
二人は最後まで読み終えると、同時に目を合わせる。
「えっと、情報が多すぎて……頭がパンクしそうです」
「……うん。それじゃあ、一つずつ整理していこうか」
そう言って、ライオネルが先ず話しだしたのはアシェルのことだった。
「アシェル殿下は改めて宮廷医に診てもらったらしいけど、問題なしだって。さすがファティアだね」
「さ、さすがかどうかは分かりませんが、安心しました……!」
ファティアは安堵から、「はぁ〜」と深く息を吐いた。
アシェルが命の危機を脱したことは昨日の時点で分かっていたが、逆にそのことしか分かっていなかったから。
何かしらの後遺症は残っていないだろうかと不安だったから、どうやら大丈夫のようだ。
「それと、ハインリさんが私たちを逃がしたことの責任を取ることにならなくて良かったですね、ライオネルさん」
ハインリは第一魔術師団の副団長であり、パーティーの護衛を任されている人たちの中では、一、二を争うくらいに階級が高かった。
そのため、ファティアとライオネルを捕縛するという命に添えなかった時に責任を問われるのはハインリかもしれないと危惧していたが、杞憂だったようだ。
「まあ……そうだね。アシェル殿下が上手く対応してくれたんでしょ」
ハインリのことになると途端にぶっきらぼうになるが、どこかホっとしているように見える。
あまり表には出していないだけで、ハインリの処遇が心配だったのだろう。
(……ライオネルさんはいつもはハインリさんに対して辛辣だけど、実は大好きだものね)
微笑ましいなぁ、とファティアは頬を緩める。
「──と、良い話はここまでかな」
しかし、ライオネルのその一言に、ファティアの瞳には影が差した。
「……まさか、もうあの執事が死んでるなんてね。しかも、毒で」
「…………自殺、でしょうか……」
──そう。ハインリの手紙には、パーティー会場で怪しい動きをしていた執事が死亡していたということも書かれていた。
その執事がパーティー会場を出た直後、ハインリの指示により魔術師たちが執事を捕獲しようとしたのだが、その時には既に執事は息を引き取っていたらしいのだ。
「おそらくレオン殿下の仕業だと思うよ。厳密には、レオン殿下に命じられた誰かの、ね。……執事の燕尾服の内ポケットには、ご丁寧に毒の入った瓶と遺書まで入れてあったらしいから、執事に全ての罪をなすりつけるつもりなんだろう」
執事は、レオンに弱みでも握られていたのだろうか。
それとも、単純に王族の名に逆らえなかったのだろうか。
もしくは、喜んでこの役目を引き受けたのだろうか。
(今となっては、聞くことはできないけれど……)
どんな事情があろうと、人の死に胸が痛む。
ファティアが切なげに顔を歪めると、ライオネルがファティアの名を呼んだ。
「ファティア、悲しいのは分かる。……けど、自分のことを考えないといけない」
「……はい」
「ハインリの情報によると、レオン殿下は今朝から早速ファティアの捜索に乗り出したんだから」
「……っ」
レオンが確実に王位を手にするため、ロレッタと婚約していたのは、彼女のことを聖女だと思っていたからだ。
奇跡の存在である聖女を妻にすれば国民の指示が得られ、王位争いが優位に進められると考えたに違いない。
昨夜の事件も、ファティアがいなければアシェルは死んでいたし、もしロレッタが治癒魔法を使えてアシェルを助けられていたとしたら、自ずとロレッタを婚約者に持つレオンの株が上がる。
どちらにせよ、レオンにとって都合の良いシナリオが描かれていたというのに、そこにファティアが現れた。
ロレッタとは比べ物にならないような強力な治癒魔法で、いとも簡単にアシェルを助けたファティアは、今頃貴族たちの間で本物の聖女だと噂になっているだろう。
欲深いレオンが、そんなファティアを放っておいてくれるはずはない。
……と、そこまでは分かっていたファティアとライオネルだったけれど、まさかこんなに早くに捜索を開始されるとは思わなかった。
ファティアは不安から、膝の上に置いてある手をギュッと握り締めた。
ライオネルはそんなファティアの手にそっと自身の手を重ね、優しい声色で話しかけた。
「……この家はアシェル殿下が秘密裏に用意してくれたから、そう簡単には見つからない。それか、アシェル殿下に連絡して新しい家を用意してもらっても良い。それでも、もし、見つかったとしても……絶対にファティアをレオン殿下には渡さない。俺が守るから、大丈夫だよ」
「ライオネルさん……」
ライオネルの言葉は不安を取り除いてくれる。胸が温かくなるような、安心感を与えてくれる。
(でも)
初めて会った時も、街で騎士たちに捕まえられそうになった時も、昨夜のパーティーの時だって、結局ライオネルが守ってくれていた。
運良くライオネルは怪我をせずに済んでいるけれど、次は分からない。
それに、数時間後には『呪い』の苦痛に耐えなくてはいけなくて、ファティアはそんなライオネルの手を握ることしかできないのだ。
(……これじゃだめだ)
ファティアは俯いていた顔を上げて、ライオネルを見つめた。
「私も、ライオネルさんのことを守りたいです。だから、一つお願いがあります」
「お願い……? ファティアがレオン殿下のところに自ら赴くっていうなら、どんな手を使ってでも止めるけど」
「いえ、そうではなくて……!」
自己犠牲をすれば、ライオネルを危険な目に合わせることはなくなるかもしれないが、それでは根本的な解決にならないことをファティアは分かっている。
だから、ファティアはライオネルの手元にあるハインリからの手紙に一瞥をくれてから、再び口を開いた。
「ロレッタが聖女であると嘘をついたことに対してどのような罪を与えるかが決まるまでの間、彼女はレオン殿下所有の別荘で軟禁されていると手紙には書いてありますよね。母の形見であるペンダントをパーティーにも着けてくるくらいだから、おそらく軟禁先にも持っていくと思うんです」
「うん。その可能性はあると思う……って、もしかしてファティア……」
察しの良いライオネルには、もう分かったらしい。
ファティアはコクリと頷いて、覚悟を込めた瞳でライオネルを射抜いた。
「はい。軟禁先に乗り込んで、ペンダントを取り返そうと思っています。その許可を、いただきたいのです」




