『元聖女』は『元天才魔術師』と決意する 1
「雲一つない、いい天気……」
「ふぁ……。ほんとだね」
──パーティーの次の日の朝。
起床したファティアとライオネルは、揃ってカーテンを開け、窓の外を見つめた。
寝起きに眩い朝日の光を浴びたため、二人は目を薄っすらとしか開けることができない。
ライオネルなんて、意識が覚醒しきっていないのか、時折頭がカクンと落ちそうになりながら、欠伸をしている。
「……ライオネルさん、体は大丈夫ですか? とりあえず、支度をしてから朝食にしましょうか」
「……うん。眠いだけだから平気だよ。なによりお腹……すいた。俺はちょっと朝日を浴びて目を覚ますから……ファティアは先に顔洗っておいで」
「は、はい! お先にです!」
それからファティアは顔を洗うと、髪の毛を整え、ワンピースに着替えた。
その上にエプロンを付け、朝食作りを始めようと、食材の確認をする。
その頃には、ライオネルも完全に覚醒したようで、コーヒーの準備を手伝ってくれていた。
「ファティア、今日も朝食を作ってくれてありがとう」
「こちらこそ、いつもありがとうございます! どうぞ召し上がれ……!」
二人は「いただきます」と言ってから、ファティアが作った朝食を食べていく。
今日のメニューのは、こんがり焼いたパンの上にトマトソースや野菜、チーズなどを乗せたものと、リンゴやオレンジ、いちごのフルーツの盛り合わせだ。
比較的簡単なメニューなのだが、ライオネルは「美味しい美味しい」ともりもり食べている。
(ふふ、ライオネルさん、凄い食べっぷり)
嬉しいなぁとファティアが微笑んでいると、ライオネルが「それにしても」と話しかけてきた。
「昨日は色々と大変だったね。ファティア、疲れたでしょ」
「それはライオネルさんの方ですよ……! 会場から出た後も追跡から逃れるたびに数々の魔法を繰り出していましたし……」
昨夜、パーティー会場の扉から二人が飛び出した時のことだ。
ファティアたちは、急いでこの場を離れるため、まずは繋いでおいた馬の場所まで走った。
そして二人で馬に乗り、急いでこの家に戻ろうとしたのだが、レオンの指示か、増援だと思われる魔術師たちや騎士たちと交戦することになったのである。
「ファティアも魔法で援護してくれたもんね。ありがとう」
「い、いえ、それに関してはほとんどお役に立てなかったので……」
ライオネルだけに負担をかけるわけにはいかないと、ファティアも魔術師たちに魔法を繰り出したのだが、その攻撃が通ることはほとんどなかった。
指輪の魔道具で余計な魔力を吸収した後だったので、もしかしたらものすごく強力な魔法が発動するのではと期待したのだが、普段と変わらない程度の魔法しか出なかったのだ。訓練されている魔術師や騎士たちには、力及ばなかった。
どうやら、指輪の魔道具は、魔力の吸収量だけなら効果は絶大だが、効果時間は短かったらしい。
増援の魔術師たちや騎士たちの追跡から逃れることができたのは、ライオネルの巧みな戦術と魔法のおかげである。
「けれど、本当に大丈夫なんですか!? 深夜に『呪い』が発動した時は、とても苦しそうでしたけど……」
「ファティアがずっと手を繋いでいてくれたから平気だよ。だから心配しなくて大丈夫。あ、このパンっておかわりある?」
「え? あ、あります」
「ほんと? 取ってくる」
昨夜はあんなにも激闘を繰り広げたというのに、嬉しそうにパンをおかわりするライオネルの様子は、普段とあまり変わらない。
(魔術師団の団長だった頃は、もっとすごい戦闘だってあったのかもしれないから、当然といえば当然かもしれない……)
ファティアは独りでにそう納得すると、再び席についたライオネルを見やる。
幸せそうにパンを頬張るライオネルだったが、「あ……」となにかを思い出したような漏らした瞬間、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ペンダントのこと、ごめんね」
「え?」
「あの女がペンダントを着けてたのに、取り戻してあげられなくて」
「……! 昨夜の状況では無理ですよ……! ライオネルさんが、謝らないでください……っ」
ロレッタが母の形見であるペンダントを着けていると確認した直後、レオンが余興の話を始め、それからあれよあれよと事件が起こったのだ。
当人のファティアでさえ、ペンダントのことは頭から抜けていた。
「昨夜は、アシェル殿下を助けることができたから、それで良いんです。……それにライオネルさん、改めて、私を守ってくださってありがとうございます」
花が咲いたような笑顔をファティアが見せる。
すると、ライオネルは嬉しそうな、それでいてどこか困ったような顔をして、額に手をやった。
「なんというか、ファティアが良い子過ぎて困る……」
「え!?」
「…………それと、礼を言うのは俺の方だよ。アシェル殿下を助けてくれて、本当にありがとう」
「ライオネルさん…………」
アシェルを助けられた事実はもちろんのこと、ライオネルの役に立てたことが嬉しくて、ファティアは頬を綻ばせる。
しかし、とある疑問を思い出したファティアは、ライオネルにこう問いかけた。
「そういえば昨夜も思ったんですが、どうしてロレッタの聖女の力が一切発動しなかったんでしょう? 前は、効き目が薄いとはいえ治癒魔法を使えていましたし、ペンダントを着けていたのに……」
「それは俺も思ってた。……で、一つ仮説を立てて見たんだけどさ多分、ペンダントに吸収されていたファティアの聖女の魔力が、尽きたんじゃない?」
──なるほど、とファティアは納得した。
以前、母の形見であるペンダントが魔力を吸収する効果を持つ魔道具かもしれないと推察したことが当たっているのなら、ペンダント内に吸収されているファティアの魔力には限りがあることになる。
ロレッタはその魔力を使うことでしか聖女の力は、発動できないので、おそらくペンダント内からファティアの魔力が尽きたのだろう。
確かにそれなら、ロレッタがペンダントを着けていようと、聖女の力が発動しないことの辻妻が合う。
「そうかもしれませんね……。さすがライオネルさんです」
「……確証はないけどね。でも、レオン殿下があの女にも微量の毒を盛って、集中できないような状態にした……とかよりは可能性がありそうでしょ? 昨夜のあの女の元気な慌てようからしてさ」
皮肉めいた言葉を口にするライオネル。
ファティアが「あはは……」と困ったように笑うと、ライオネルが「毒と言えば──」と話を切り替えた。
「レオン殿下が何らかの方法でアシェル殿下に危害を加えるかもしれないとは思っていたけど、まさか毒だとは思わなかったよ。自分の腕を斬りつけようとする余興にも、驚かされたし」
「本当ですね。レオン殿下のあの余興は、自分に疑いの目を向けさせないためでしょうか?」
「おそらくね。本当は初めからアシェル殿下に危害を加えて、聖女の力を見せるつもりだったんだと思うけど……。先にレオン殿下が自ら余興に買って出ることを宣言すれば、その疑いは生まれづらいと思う。……全ては、レオン殿下の策略だったわけか」
スッと目を細め、あまり抑揚のない冷淡な声でライオネルはそう話す。
──するとその時、リビングの床に、青白い光と共に魔法陣が浮かび上がった。




