『偽物聖女』は『第一王子』に懇願する
ライオネルとファティアが会場から脱出して直ぐ、パーティーはお開きとなった。
アシェルの毒殺未遂の犯人が会場内にいる可能性が高いことから、パーティー参列者は今から事情聴取と身体検査を受けるらしい。
ライオネルに氷漬けされていた魔術師たちや騎士たちも同様にだ。
一方で、被害者であるアシェルは念の為にすぐさま医務室へと運ばれた。
本人は不調は一切ないと公言したが、一国の王子が死にかけたのだから、その対応にもなるだろう。
──そんな中、ロレッタは現在、王宮内の自室にいた。
縄や手錠などで拘束されることもなく、自由に動ける状態でだ。
「私をこの部屋まで連れてきた騎士は、部屋の外で待機していると言っていたわ……。待機と言いつつ、私がこの部屋を出たり、変なことをしないように見張りをしろとでもレオン様に命じられているのでしょうけど……」
それにしたって、思っていたよりも待遇が良い。ロレッタは困惑の表情を浮かべた。
パーティー会場でのレオンの様子からして、牢屋にでもぶち込まれるのではないかと危惧していたからである。
「これから私は、どうなるのかしら……っ」
一人きりの部屋で、ロレッタはポツリと呟く。
アシェルが倒れた際、ロレッタは助けることができなかった。
それも、力及ばずなんてレベルではなく、聖女の力は一切発動しなかったのだ。
レオンから事前に「命の危機に陥るアシェルの命、を聖女の力で華麗に助けてくれ」という役目を与えられていたロレッタは、重たい溜息を吐いた。
今だって、何度か魔力を練り上げてから聖女の力を試みているものの、淡い光の粒が現れる気配はない。
「どうして……? 確かに力が弱まっている気はしていたけれど、こんなふうに一切使えなくなることなんて今までなかったのに……! それに、なんでファティアがあの場所に……! しかも聖女の力を使えているし、どういうことなのよ……!!」
ロレッタは怒りに任せてテーブルを拳で叩くと、その瞬間、扉がバタンと激しく開く音がした。
「……! レオン様……!」
すると、部屋に入ってきたのは、恐ろしいくらいに美しい笑みを浮かべたレオンだった。
「あ、あの、どうされたのです……?」
先程まであんなに怒りを露わにしていたのに、こんな表情を浮かべるなんておかしい。
レオンから得体のしれない恐怖を感じたロレッタは、無意識に後ずさる。しかし、直ぐ側にあったソファに驚いて、そこにぺたりと座り込んだ。
「ロレッタ、君に少し話があるんだが、いいか?」
「え、ええ……。もちろん、ですわ」
レオンはゆっくりとした足取りで近付いてくる。
そして、目の前に彼が来た瞬間、わざとらしく眉尻を下げた。
「ロレッタ、私は悲しんでいるんだよ。君が聖女であると私に嘘を吐いていたなんて」
「……!? お、お待ち下さい……! 嘘なんて吐いていませんわ! 私は実際に、レオン様の前で治癒魔法を使ってみせたではないですか!」
「だが、今は使えないのだろう?」
「……っ」
確かにその通りだ。部屋についてからも聖女の力が発動しないことを確認しているロレッタは、さすがに口からでまかせはできなかった。
言い返さないロレッタに、レオンはニヤリとほくそ笑む。
「このままでは、君は私や国民を誑かせた罪として、罪に問われるだろう。私との婚約が破棄になるのはもちろん、最悪の場合家族諸共死刑になるかもしれないな」
「……! そ、そんな……っ」
「だが、私とて鬼ではない。少しの時間だが、私と君は婚約者だったんだ。君が私のために何でもすると誓うなら、君の罪をどうにかもみ消してやってもいい」
「……! 本当ですか!?」
パーティー会場で、アシェルに毒を盛るよう執事に指示をしたのがレオンであることを、ロレッタは知っている。
その場で、ロレッタに聖女の力を使うよう命じたのもレオンだ。
ロレッタが聖女の力を発動できないことをあの場で責め立て、窮地に追い込んだのもレオンだ。
だが、死刑という言葉に冷静な判断力を失っていたロレッタには、レオンの提案は残された僅かな光のように感じられた。
「何でもしますわ……っ、何でもしますから、どうか命だけは……!」
「……そうか。話が早くて助かる。では、早速質問に移ろうか」
「質問、ですか……?」
何を聞かれるのだろう。ロレッタは、コクリと息を呑んだ。
「先程のパーティーでアシェルを救った女……名は確かファティアだったか。以前、街に行った際に君はあの女のことを、ザヤード子爵家の元使用人だと話していたが、それは本当か?」
「そ、それは……」
「……因みに、なにか隠し事をしたり、嘘をついたりしたら、即刻死刑にするぞ」
「……! 話します……! ちゃんと話しますわ……!」
あの時は自分に都合の良い嘘をついた。
だが、死を天秤にかけられたら、素直に話すしかなかった。
「実は……ファティアはもともと孤児院で暮らしていて、聖女の力が発現したと秘密裏に情報をつかんだ我が家が、あの女を養女に迎えたんです」
「……ほう」
それからロレッタは、全てを赤裸々に話した。
両親が聖女であるファティアに構うようになり、それを不満に思ったこと。
だから、ファティアのことを虐めたり、彼女が大切にしていた物を奪ったりしこと。
その後、何故かファティアの聖女の力は消滅し、代わりにロレッタが聖女の力に目覚めたこと。
ファティアに対して目を塞ぎたくなるほどの暴力を繰り返した上、無一文で家から追い出したこと。
「……ふむ。そういうことだったのか。聖女の存在を秘密にしていたことは大罪だが……。まあ、その話は一旦置いておくとしよう。それで、君が奪った、ファティアが大切にしているものとは?」
「こ、これですわ」
ロレッタは自分の首元にあるペンダントを手に取り、レオンに見せる。
レオンは「へぇ……?」と至極楽しそうに相槌を打つ。
それからレオンは腰を折ると、ズイとロレッタに顔を近付け、ニコリと微笑んだ。
「話を端的にまとめると、本物の聖女はファティアであるということで良いんだな?」
「……っ、そう、だと、思います」
抽象的な答え方をしたのは、ロレッタなりの最後の意地だった。
しかし、意地で現実は変わるはずもなく──。
「……ロレッタ、では早速本題に移ろうか」
「本題……?」
「聖女ファティアを私のものにするために、君にはとあることを頼みたいんだが──」




