『元聖女』は『第二王子』の危機を救う 3
二人はそれから参列者たちを掻き分け、急ぎ足でアシェルの向かう。
時折「あれって第一魔術師団の団長だったお方じゃない……?」とライオネルの存在に気付く者はいたが、明らかに声を掛けられたり、静止されることはなかった。
だが、そんな誰かの声は、レオンの耳に届いてしまったらしい。
「貴様たちは──」
ファティアとライオネルの姿が、レオンの視界に収まる。
その瞬間、レオンは立ち上がってファティアたちを指差すと、ハインリを含めた周りの騎士たちや魔術師たちに荒らげた声で命じた。
「ハインリ! それにお前たちも! そこにいるライオネル・リーディナントと、隣の女を捕らえよ! これは命令である! 従わない者はどうなるか分からないわけではあるまいな!?」
直後、ロレッタもレオンの指をさす方を見て、目と口をこれでもかと開いた。
「……っ!? なんでここにファティアが!?」
(……ロレッタ……!)
ファティアは一瞬ロレッタに視線を向けるが、彼女は今捕らわれていて、なにもできない。害がないのなら、なおのこと今は相手にしている場合ではないと、ファティアはレオンや魔術師たちに意識を戻す。
「そんな団長を捕らえるなんて……」
「けど、俺には産まれたばかりのガキがいるんだ……っ」
レオンの発言は、この命に逆らえば、当人だけではなく、両親や配偶者、子どもなどの家族にまで被害が及ぶ可能性があると示唆しているのだろう。
そのため、ライオネルを慕う魔術師たちも、ライオネルに過去に助けられたことがある騎士たちも、命令にしか違うほかなかった。
一方でハインリはライオネルとファティア相手にどうしたものかと頭を悩ませている様子だったが、ライオネルがコクリと頷いたと同時に、攻撃に加勢し始める。
「「うぉぉぉ!!」」
──魔法、剣技。
様々な魔法を繰り出す魔術師たちや騎士たちに対し、ライオネルはファティアを庇うように前に出る。
「……お前たちに怪我はさせたくないから、大人しくしてて」
そして、ぽつりと呟いたライオネルは、魔術師たちや騎士たちのに向かって両手を差し出すと、彼らの手足を狙って氷魔法を発動した。
「「ぐおっ……!?」」
すると、突然手足を氷で固められた魔術師たちや騎士たちは、動くことも、先程までのように次々と攻撃することもままならなくなる。
ハインリだけはわざと避けなかったように見えたが、それはさておき。
「ファティア! 早くアシェル殿下のところに……!」
「はい……!」
今の内に、とファティアはアシェルのもとへ矢のように走っていく。
拘束されながらも、「人の質問に答えなさいよぉぉ!!」と怒鳴っているロレッタを無視して足を急かせば、アシェルの直ぐ側まで到着することができた。
「貴様は……っ、この前街で会った女か……!? って、ぐおっ!?」
ようやくファティアの顔に見覚えを感じたらしいレオンだったが、次の瞬間にはライオネルの氷魔法によって手足を凍らされ、それどころではなかった。
ファティアは、未だにすすり泣くリーシェルの隣にしゃがみこんで、彼女に声を掛けた。
「リーシェル様、遅くなってすみません。アシェル殿下は、私が助けます。……絶対に、助けますから」
リーシェルは、ファティアが元聖女であることを知っている。今は治癒魔法が使えないこともだ。
けれど、アシェルが死ぬかもしれない姿を目にしたリーシェルには、ファティアの言葉を疑問に思う余裕はなったのだろう。
リーシェルは縋るように、ファティアの手を掴んだ。
「……! ほんと、う、ですか……? おね、がい、ファティア、さま……っ、アシェルさまを、助けて……っ」
「はい。……必ずや、助けてみせます」
ファティアは自身に手を掴んだリーシェルの手を、もう片方の手でそっと包み込む。
そして、一旦リーシェルに手を離してもらうと、アシェルに対して両手のひらを向けた。
(……集中、集中……)
金切り声を上げるロレッタに、早く捕らえろと叫ぶレオン。
氷魔法を解こうとする魔術師たちや騎士たちの必死の声や、次々に起こる事件に困惑の声を漏らすパーティー参列者たち。
彼らへの意識は一旦遮って、ファティアは魔力を練り上げる。
(この感じ……。そうだ、ペンダントが奪われる前は、こんな感じだった)
──お腹の奥が熱くなるような、炎を宿しているような、そんな感覚。
それは、魔力を練り上げている際に感じるものだ。
ファティアはペンダントを奪われてからというもの、どれだけ魔力を練り上げても、まるでろうそくに灯された火のような、仄かな温かさしか感じたことはなかった。
「これなら……!」
漏れ出した魔力は、完全に吸収されているわけではない。
けれど、ファティアはザヤード子爵家を追い出されて以来、ライオネル共に魔力を練り上げる練習を積み重ねてきた。何度も何度も、諦めることなく。
その成果が出たのか、ファティアは感覚的に、今なら治癒魔法を使えると確信を持った。
「……お願い」
ファティアは練り上げた魔力を両手のひらに流し、強く願った。
「アシェル殿下を、助けたいの──……」
その瞬間、淡い光の粒がぶわっとアシェルの体を包みこんだ。
「……あれなぁに? きれーい!」
その光はまるで、氷の結晶が太陽の光をキラキラと反射させながら一面に舞う、ダイヤモンドダストのよう。
親に抱っこされていた少女が、その淡い光の粒を見て手足をバタバタとさせて笑みを浮かべる。
──そして、そのすぐ後のことだった。
「ん……? わた、しは……」
今さっきまで苦しみ悶えていたアシェルは穏やかな表情で、ゆっくりと上半身を起き上がらせた。
真っ青な顔をしていた彼の顔には血色が戻っており、具合の悪い感じは見受けられない。
「良かった……。成功して……」
ファティアはホっと胸を撫で下ろし、ライオネルに視線を移す。
こちらを見て穏やかに微笑むライオネルに対して、ファティアも笑みを見せた。
すると、それとほぼ同時に、リーシェルはアシェルに堪らず抱き着いた。
「アシェル様……っ、良かった……っ」
おそらく、苦しみから開放された直後は、アシェルはあまり状況が理解できなかったのだろう。
彼は困惑の表情を浮かべながらも、リーシェルの背中に腕を回した。
「……心配をかけてごめんね、リーシェル……」
「本当に、ご無事で良かった……っ、ファティア様が助けてくださったんです……!」
「ファティア嬢が……? ……そうか、私はワインを飲んだ後に急に倒れて、それで──」
アシェルが少しずつ状況を理解する中、ファティアの活躍によって彼が回復したとして、会場中から割れんばかりの拍手が起こる。
未だに手足を凍らされている魔術師たちや騎士たちの表情も安堵に満ちていて、不穏な空気は去ったかのように思えた、のだけれど。
「どうしてあんたが……その力を使えるのよぉ……!」
「まさか貴様が、本物の聖女なのか……?」
ロレッタの劈くような声とレオンの舐めるようにこちらを見る目に、ファティアはハッと勢いよく立ち上がる。
そして、いつの間にか直ぐそこまで来てくれていたライオネルの、絶対に離さないというように力強く掴んだ。
「ファティア、逃げるよ……!」
「はい……!」
「……! おいっ! 待て……! お前たち早くライオネルたちを追え──って、まだ氷を解かせていないのかクズどもめ!! 早く増援を呼べぇぇ……!!」
時折裏返るようなレオンの叫び声を耳にしながら、ファティアとライオネルは会場の大きな窓から外へと逃げ出した。




