『元聖女』は『第二王子』の危機を救う 2
「何をしているんだロレッタ……! どうしてアシェルが回復しないんだ……!」
少しも体調が良くならないアシェルの様子に、レオンは顔に怒りの色をたたえた。
リーシェルは涙を流しながら瞳に絶望を滲ませ、参列者たちも困惑からざわつき始める。
「つ、次こそは……! 次こそはきっと大丈夫ですわ……っ!」
「本当だろうな!?」
「は、はい……!」
額に汗を浮かべ、焦って答えるロレッタは、再び意識を集中して魔力を練り上げる。
そして、もう一度聖女の力を発動したのだけれど、アシェルの容態が変わることはなかった。
「お、おい……。アシェル殿下、全然回復してなくないか……? もしかして、ロレッタ様に聖女の力は備わってないのか……?」
誰かが言ったその言葉は、この場にいるほとんどの者の代弁をしたものだ。
おそらくその声にも、周りからの向けられる疑いの眼差しにもロレッタは気付いているのだろう。
だが、彼女は意固地になったように治癒魔法を発動しようとし続ける。
「なんでっ、どうして……! どうして少しも治癒魔法が発動しないのよ……っ」
「……っ、もう良い、やめろ!」
「きゃっ……!」
すると、レオン強い力でロレッタの二の腕を掴み、無理矢理立ち上がらせ、強制的にアシェルから離れさせた。
それからレオンは両膝を床につけ、アシェルの頬を優しく触ってから、ロレッタを鋭い目で睨み付ける。
「私はロレッタのことを愛していたのに……騙したのか? 治癒魔法が使えない貴様は、聖女ではない……! 聖女の名を語った、この偽物め!!」
「……!? 待ってください……! 今日は少し調子が悪いだけで……! レオン様は以前、私が治癒魔法を使っているところは、見たことが──」
「えええい!! 嘘に嘘を重ねるのか! 貴様の顔なんてもう見たくはない……! 誰でもいい! その女を直ぐに捕らえろ!!」
「「……ハッ!」」
ロレッタはすぐさま騎士たちに拘束される。
アシェルのことだけでも大事だというのに、レオンが大々的に口にした、ロレッタが聖女であると嘘をついていたという話しは、会場中を混乱の渦に巻き込んだ。
しかし、そんな中で、ファティアとライオネルだけは、あまり驚かなかった。
「お兄様……」
「うん」
ファティアとライオネルはそっと目を合わせ、同時に頷く。
ロレッタが完全に治癒魔法を使えないことには驚いたが、彼女がアシェルを完治させられないことは、予想していた。
その場合、レオンがロレッタに騙されていただけの被害者であることを宣言するのも、想像に難しくなかった。
(レオン殿下は今、アシェル殿下を心配しているように見せて、その実は彼の死を望んでいるのよね……)
愛していた女性に騙された被害者。それでいて、アシェルが死ねば、愛する弟を亡くした可哀相な兄にもなる。
この場にいる貴族だけではない。世論もレオンに同情するだろう。次期国王の座も、確実になるに違いない、けれど。
(思い通りには、させたくない……。アシェル殿下は、絶対に死なせたくない……!)
ファティアがそう、強く願った時だった。
「ファティア……! 顔が……!」
「えっ」
突然本当の名前でライオネルに呼ばれたファティアは目を丸くして、彼の顔を見る。
顔が、とはどういう意味だろうという疑問は、すぐさま解消された。
「ライオネルさん、元のお顔に戻ってます……! もしかして、魔法が解けて……っ、あっ、私の顔も戻ってますか?」
「……うん。基本的にこの魔法は、本人の意志で解くか、制限時間にならないと解けないんだけど……。おそらく、魔力が乱れて魔法が維持できないくらい、アシェル殿下の容体は危険なんだと思う」
「……っ」
アシェルの命を救うには、一分一秒の猶予さえないということなのだろう。
ファティアは自身の胸の前で右手をギュッと握り締めながら、力強い瞳でライオネルを見つめた。
「ライオネルさん、私……やっぱり、可能性があるなら、試してみたいです。私が一人で行っても、護衛の方に阻止されるでしょうから、ライオネルさん、協力してくださいませんか?」
その際、ファティアの右手の人差し指がキラリと光る。
ライオネルは指輪とファティアの顔を交互に見つめてから、唇を噛み締めた。
「確かに、その魔道具を使えば、ファティアは一時的に、聖女の力使えるかもしれないけど……っ」
ファティアの指に光る青色の魔石が付いた指輪は、以前ファティアとライオネルで魔道具店へ行った時に購入したものだ。
大量の魔力を吸収してくれるが、一度きりしか使えない魔道具。もしもの時のために持っていこうと話していた正体が、これだった。
ライオネルは以前、この魔道具ならばファティアの漏れ出した魔力の六割程度は吸収できるかもしれないと言っていた。
今日既に、会場に来る前にハインリが送ってくれた魔道具で、ファティアは多少の魔力を吸収している。
そのため、この指輪の魔道具も使用すれば、約八割程度の過剰分の魔力を吸収してもらえることになる。
「漏れ出している全ての魔力を吸収できるわけじゃないから、治癒魔法は発動しないかもしれない。もし発動できたとしても、完璧じゃない治癒魔法で重体のアシェル殿下を助けられるか……。それに、もし助けられたとしても……」
「……はい、分かっているつもりです」
アシェルの魔法が解けてしまったことで、今のファティアとライオネルは完全に素の姿だ。
この姿のままライオネルの力を借りてアシェルを助けに行けば、確実にレオンとロレッタにファティアたちの存在はバレてしまうだろう。
「本当に分かってる……? もしもあの場に乱入して聖女の力が発動しなければ、捕らえられるかもしれないんだよ」
「はい」
「聖女の力が発動したとしたら……どんな手段を使っても、レオン殿下がファティアを自分のものにしようとするかもしれないんだよ?」
聖女とは、この国の安寧の象徴だ。強欲なレオンならば、ファティアに目をつける可能性は決して低くなかった。
「はい。それでも、私は僅かでも可能性があるなら、諦めたくありません」
「どうして……そこまで」
ファティアは、リーシェルには色々と世話になって、感謝している。
それに、アシェルのことを心配しながらも、婚約者として彼の前では気丈な姿を見せるリーシェルのことを心から尊敬していた。そんなリーシェルを、これ以上悲しませたくない。
アシェルだって、第二王子という立場でありながら、とても気さくに話してくれた。
ファティアはそれがとても嬉しかったし、こんな人が将来の国王になったら、より良い国になるのだろうと、おぼろげながらに思ったのものだ。
そんなアシェルを、この場で死なせたくない。
(でも、一番の理由は……)
ファティアは穏やかに微笑みながら、ライオネルにこう言った。
「アシェル殿下が亡くなったら、ライオネルさんがとても悲しむから」
「え……」
「私、それは嫌なんです」
「……っ」
悲しそうくしゃりと顔を歪ませるライオネルを横目に、ファティアは再び口を開いた。
「ライオネルさんが『呪い』で苦しむ姿は見たくないけれど、私一人ではどうにもならないと思うので、アシェル殿下の直ぐ側までいけるように、サポートお願いします」
「…………」
「それと、治癒魔法の結果はどうであれ、レオン殿下が私たちを捕らえよと指示をしたら、ライオネルさんだけでも逃げてくださいね」
「……っ、なに、言ってるの……」
ライオネルだけならば、この大勢の騎士たちや魔術師たちから逃げられるはずだ。
しかし、ファティアを連れてとなると、その可能性は低くなってしまう。
それならばせめて、ライオネルにだけでも──と、ファティアはそう考えていたというのに。
「……ごめんね、ファティア。俺が弱気だったばかりの、そんなことを言わせて」
「えっ」
突然の謝罪の直後だった。ライオネルはファティアの手を力強く握り締めて、先程までとは違った迷いのない声色で言葉を紡いだ。
「レオン殿下がどんな命令を下そうが、俺がファティアを守るよ」
「ライオネルさん……」
「……ファティアならきっとアシェル殿下を助けられる。だからその後は、一緒にここから逃げよう。二人で、あの家に帰ろう」
ファティアはその瞬間、ライオネルの手を握り返した。
「はい……っ、絶対に、助けます……!」
それからファティアは、すぐさま指輪に魔力を送り込み、魔道具の発動を試みた。
「分かってはいたけど、凄いね。どんどん魔力が吸収されていく」
余分な魔力が減っていく感覚は、ファティアにはほとんどない。
ただ、ライオネルのそんな言葉の直後に、指輪についた青色の魔法石が光を失ったことで、魔道具が役目を果たしてくれたことは察しがついた。
「ライオネルさん、行きましょう……!」
「行こう、ファティア」




