『元聖女』は『元天才魔術師』と婚約披露パーティーに潜入する 4
パーティー会場に全員が揃うと、レオンとロレッタは壇上に上がり、挨拶を始めた。
「皆、今日は私たちの婚約披露パーティーに集まってくれてありがとう。知っている者も多いと思うが、私の婚約者を紹介しよう」
レオンはロレッタの腰を引き寄せて、再び口を開く。
「彼女の名前はロレッタ。ザヤード子爵家の長女であり……数十年に一度しか現れないと言われている『聖女』だ」
レオンから発せられた聖女という言葉に、パーティー参列者からは「めでたいな!」「この国は安泰ね!」「是非聖女様とお話しする機会をいただきたいわ〜」なんて声が聞こえてくる。
貴族たちの情報網からして、レオンの婚約者がロレッタで、そのロレッタが聖女だと言われていることは既に知っているはず。
だが、この場で改めて過剰に反応することによって、貴族たちはレオンたちの好感を得たいのだろう。
「ふふ! 紹介に与りました、ロレッタ・ザヤードと申します! レオン様の婚約者として、聖女として……皆様、よろしくお願いしますわ?」
ロレッタはレオンの腕にぎゅっと絡みつきながら、そう口にする。
貴族たちが持ち上げてくることに対しては満更でもないようで、この上なく口角を上げている。
その姿は、ファティアからすると不快だった。
「パーティーの中盤には、ロレッタの聖女の力を披露する余興を準備している。それでは皆、楽しみにしていてくれ」
──余興。なにも知らなければワクワクする響きだがそれはアシェルの命を奪うものなのかもしれない。
ファティアとライオネルは顔を見合わせ、小さく息を呑んだ。
その後、レオンとロレッタの挨拶が終わると、パーティー参列者の多くは一斉にレオンたちに個人的に挨拶をせんと動き出した。
「きゃっ」
「……っ、ファミナ、大丈夫?」
「は、はい。ありがとうございます」
その人波によろけてしまったファティアだったが、ライオネルに支えてもらうことによって事なきを得る。
この場にいては貴族たちの人混みによって会話もしづらいからと、ファティアたちは一旦、会場の端に移動することにした。
「……やっぱり、第一王子と聖女と紹介された人物となると、大人気だね。まあ、あれだけ人に囲まれていたら、あの二人が怪しい動きをするのは難しいだろうけど」
「確かにそうですね」
壁を背にし、ファティアはライオネルと横並びになると、小声で話しながら貴族たちに囲まれているロレッタたちの様子を観察する。
その時間はおよそ十分になるが、レオンたちに大きな動きはない。
ファティアはアシェルたちの様子も気になって、アシェルたちへと視線を移す。
(アシェル殿下とリーシェル様の周りにも沢山の貴族の方がいるけれど、レオン殿下たちの周りに比べると圧倒的に少ない……)
このパーティーがレオンとロレッタの婚約披露パーティーであることから、レオンたちの方に貴族が集まるのは当たり前とはいえ、その差にファティアは驚いた。
おそらく、聖女を婚約者に持つレオンの方が、格段に次期国王になる可能性から高いからだろう。
「会場内で変な動きをする者もいないし、とりあえずまだアシェル殿下は大丈夫そうだけど……。そうなると、次はペンダントだね。周りを囲む貴族たちに紛れてあの女に近付いて、形見のペンダントかどうか確認しようか?」
「そうしましょう。周りに誰もいなくなった時にふらっと近付くほうが怪しまれそうです」
「うん。それに、多分もうすぐダンスが始まる。俺たちは踊れないからあの二人に近付けないし、余興とやらがいつ始まるかも分からないから、行こうか」
ほら、というようにライオネルに手を差し出されたファティアは、おずおずとその手を掴む。
そして、ロレッタたちのもとに歩き出そうとしたその時だった。
「──あ、あの!」
「「……!?」」
突然見知らぬ令嬢に声をかけられたファティアたちは、目を丸くして足を止めた。
「私はハーヴィル伯爵家のアンナと申します。その、激しく燃える炎のような、その赤い御髪がとても似合っていらっしゃるから、ついお声がけをしてしまいましたの……。貴方様のお名前を教えていただいても……?」
その令嬢──アンナは、ライオネルだけを見つめ、わざとらしい上目遣いを見せた。
語尾にはハートが付きそうな甘ったるい声で話す様子から、どうやら用事はライオネルにだけらしい。
(確かに、ライ・セレストとしてのお顔はライオネルさんとはかけ離れているけれど、ワイルドで格好良いものね)
と、それはひとまず良いとして、こういう場合、妹としてはどう対応すれば良いのだろう。
ファティアはライオネルの様子をちらりと確認してから判断しようと思ったのだが、彼の様子に素早く目を瞬かせた。
「はじめまして、ハーヴィル様。俺はライ・セレストと申します。隣国の──」
表情は若干困っているように見えるが、ライ・セレストとして紳士的に対応している姿は、貴族みたいだ。
(さすがライオネルさん、凄い……)
と、思うと同時にファティアは、ほんの少しだけ胸にもやりとした感覚を覚えた。
ライオネルが貴族のように見えて違う世界の人だ……と思ったわけではなく、ただ──。
(明らかに好意を持っている女性とライオネルさんが話している姿を見るのは、なんだか、嫌だなぁ……)
だからといって、話に割って入る気などないのだけれど。
今ファティアはファミナであって、彼の妹でしかないのだから。
(……いや、たとえファティアだったとしても、私が口出しできることなんてないんだけどね……!?)
なんにせよ、今のファティアはファミナだ。
妹は兄が誰と話していようと嫉妬なんてしないだろう。
(それに、ライオネルさんに甘えてばかりじゃ、いけない)
そう考えたファティアは、一人でロレッタが着けているペンダントを確認しに行くことを決意し、ライオネルに「見てきますね」とだけ伝えて、再びロレッタたちのもとに足を進める。
去り際、心配そうに「ファミナ」と名前を呼んだライオネルには、力強く頷いておいた。
(さて、と……できるだけ自然と距離を詰めなきゃ)
ライオネルがアンナの対応にあたり、ハインリや大勢の魔術師や騎士が会場内を警備している現在、何一つ事件と呼ぶようなことは起こっていない。
今は自らの目的を果たすために動こうと、ファティアは堂々と来た歩行でロレッタを取り込む貴族たちに近寄る。
そして貴族たちに紛れると、人と人との隙間から、ロレッタの首元に意識を集中した。
(……! やっぱり間違いない! あれはお母さんの形見のペンダント……!)
ロレッタまでの距離、約三メートル。
ファティアは視力が良いため、この距離ならば絶対に見間違えることはなかった。
(ただ、それが分かったとしても、取り戻す方法が……)
今日まで、ペンダントをどうやって取り戻すかについては、ライオネルと沢山話し合った。
だが、人前で問題にならずに取り戻す方法は考え付かなかった。
そのため、この際アシェルに頼ろうかという話にまで至った。例えば、アシェルに人を手配してもらい、その人物をメイドや侍女としてロレッタのもとに潜り込ませ、ペンダントを盗んできてもらうという方法だ。
しかし実際は、それをアシェルに頼むことはなかった。
バレた時に、実行犯とアシェルにリスクが及ぶからだ。
(いくらお母さんの形見を取り戻したいとはいえ、誰かを危険な目になんて遭わせられない。お母さんはそんなこと、望んでないもの)
とはいえ、未だにこれと言った方法が思い付かないことにファティアは焦りを覚える。
──そんな時だった。
パーティー参列者たちと楽しそうに話していたレオンとロレッタは、突如として再び壇上に上がった。
そして、レオンはロレッタの肩を抱き寄せると、こう口にしたのだった。
「皆は相当、聖女の力が気になるようだ。予定より少し早いが、今から聖女──我が婚約者であるロレッタの力を披露する余興を始めよう」
「……!?」




