『元聖女』と『元天才魔術師』は婚約披露パーティーに潜入する 2
「──と、これくらいで良いかな。そろそろお前たちも着替えないとね」
大凡の話を終えたアシェルは、ゆっくりと立ち上がった。
「ライオネル、私たちは隣の部屋に行こう。お前の服なんかはそこに用意してある。それに、今日の会場での警備の配置についても話をしておきたい」
「分かりました」
ライオネルも立ち上がると、ファティアに「それじゃあ、また後でね」と言って手を振り、アシェルと共に部屋を出ていった。
「それでは、ファティア様もお着替えしましょうか」
「は、はい! よろしくお願いします……!」
それから、リーシェルはすぐさまクローゼットに向か
い、ドレスを手に取って戻ってくる。
「……っ、これを私が……?」
「ええ。最近はレースがあしらわれたドレスが流行ですの。素敵でしょう?」
淡い紫のドレスはシックな印象を受けるが、鎖骨周りにレースがあしらわれていることによって、可憐さも兼ね備えている。
ドレスの裾部分に施された刺繍も素敵で、ファティアは目を奪われた。
キラキラと目を輝かせるファティアに、リーシェルは「ふふっ」と微笑む。
「気に入っていただけたようで嬉しいですわ。さ、お着替えが終わったら、アシェル様に魔法をかけていただかないといけませんから、まずは今のお召し物を脱いでくださいね」
「分かりました……!」
それからファティアはリーシェルの手伝いのもと、万が一にもドレスを傷付けてしまわないよう気を付けながらドレスに袖を通していった、のだけれど。
(あれ……リーシェル様……)
最後の仕上げである、背中のリボンをリーシェルが結んでくれている時のこと。
鏡越しにちらりの見えたリーシェルの仄かに暗い表情に、ファティアは彼女の心情を察した。
(アシェル殿下が傷付くかもしれない状況が刻一刻と近付いてきているんだもの。きっと、不安なんだ……)
ライオネルに苦しんでほしくないとファティアが望むように、リーシェルもまた、そう強く願っているのだろう。
立場は全く違うけれど、ファティアにはリーシェルの気持ちが手に取るように分かった。
だからファティアは、声をかけずにはいられなかった。
「リーシェル様、アシェル殿下には、ライオネルさんやハインリさんがついています。それに、私も少しは魔法を扱えます。皆でお守りしますから……その、あまり心配しないでください」
「…………。ありがとうございます、ファティア様。私、そんなに心配が顔に出ていましたか?」
「ほんの少しだけ……」
「……ふふ。これまで感情をあまり面に出さないよう訓練してきたのですけれど、私もまだまだですわね」
そう言ったリーシェルの顔は、先程よりも少しばかり明るい。
(私の言葉なんて気休め程度にしかならないだろうけれど、それでも)
ほんの少しでもリーシェルの心が軽くなったのならば良かったと、ファティアは心の底から思う。
と、同時に、リーシェルはリボンを結び終えたようで、「できましたわ」と笑顔を向けた。
ファティアが礼を伝えると、リーシェルは鏡越しのファティアをジッと凝視した。
「素敵です、ファティア様。仕方がないとはいえ、魔法でお顔を変えてしまうのが勿体ないくらいにお似合いですわ」
「そ、そんな……!」
「ふふふ。きっと、ライオネル様もそう思われるはずで──」
──コンコン。
リーシェルの言葉を遮るようにして、扉がノックされる。
ファティアとリーシェルは扉に視線を向けた。
「リーシェル、私だ。そろそろ支度はできたかい?」
そんなアシェルの声が聞こえ、リーシェルに「よろしいですか?」と確認されたファティアは、コクリと頷いた。
「ええ。着替え終わりましたから、入っていただいて構いませんわ」
「では、失礼するよ」
「ファティア、入るよ」
アシェルに続き、ライオネルが入室すると、ファティアは黒を貴重としたライオネルの正装姿に、目を奪われた。
「ライオネルさん……格好良い……」
初めて出会った時は、真っ黒なローブに包まれた姿だった。
一緒に暮らすようになってからも、ライオネルは楽な格好が好きなようで、ラフなシャツ姿でいることが多かった。
こんなふうに着飾った姿を見たことがなかったファティアは、ついつい感想が漏れてしまったのだ。
「……っ、ありがとう。ファティアもとっても可愛いよ」
「……えっ、いや、その、そんなことは、あの……!?」
ライオネルがどんどんと近付いてくると同時に、なにかを察したのか、リーシェルはどんどんと遠ざかってしまう。
目の前に来たライオネルが、ずいと手を伸ばす。
彼の大きな手に頬をスリスリと撫でられたファティアは、恥ずかしさから体がぴくんと跳ねた。
「……それに、とっても綺麗だ。ドレス、良く似合ってるね」
「〜〜っ! あ、あ、あ、ありがとう、ございます……!」
「……ハァ。勿体ないなぁ、こんなに似合ってるのに、魔法で顔が変わっちゃうなんて。アシェル殿下、どうにかなりませんか?」
ライオネルはファティアを見つめたまま、背後にいるアシェルに問いかけた。
「──いや、ならないだろ」
「そ、そうですよライオネルさん、なにを言ってらっしゃるんですか!」
ファティアはライオネル越しに、アシェルに対して「すみませんすみません!」と頭を下げた。
アシェルは一切怒っていないようだったが、その隣りにいるリーシェルの、私の言う通りでしょう? と言わんばかりの顔には、なんだか居た堪れなかった。
「さて、ライオネルには悪いが、そろそろ入場の時間だ。魔法を掛けるから、二人ともこっちへ」
「は、はい!」
ファティアがアシェルの方に歩き出すと、ライオネルが不満げに囁いた。
「……もう少しだけ、この姿のファティアを眺めていた──」
「ライオネルさん! だめですったら! もう!」
ライオネルの言葉はとても嬉しいけれど、このままでは埒が明かない。
ファティアはライオネルの手を握ってアシェルの目の前まで歩く。
「じゃあ、魔法を掛けるよ。あんまり動かないでね」
アシェルは小さく息を吐きだしてから、呪文を唱え始める。
そして、ファティアとライオネルの顔に片手ずつ手をかざし、魔法を発動した。
「よし、成功だ。二人とも、顔を確認してくれ」
アシェルがそう言ったのは、彼が呪文を唱えてから、ものの十数秒後のことだった。
ファティアとライオネルは、同時に鏡に目をやり、互いの顔に目を丸くした。
「わぁっ! ライオネルさんが赤い髪のワイルドなお方に……!」
「ファティアも赤い髪の、気の強そうな女の子に……」
互いに瞳の色は琥珀色で、かなり吊り目だ。
彫りの深さも相まって、二人ともパキッとした顔付きになっている。
アシェルの魔法の効果は知っていたけれど、改めて凄いとファティアは思う。
これならば、ファティアとライオネルだとバレることはなさそうだ。
「私の留学先では、その髪色の人がとても多かったから、パーティーの出席者も違和感を持たないはずだ。……とはいえ、自分の顔に驚くのはそろそろ終いだ。二人とも、今のうちに早く慣れてくれ」
「「はい」」
それから、数分後。
顔の変化に慣れたファティアとライオネルは、アシェルとリーシェルに改めて礼を伝えた。
そして、四人はパーティー会場に向かうために部屋を出た。
「──ファミナ、今日はよろしくね」
離宮を出る直前。
ライオネルがこちらに視線を向けて、そう口にした。
まだ会場には入っていないが、どうやらもうライになりきっているらしい。
「はい。お兄様」
ファティアも負けじと、そう返す。
やっと母の形見を取り戻せるかもしれないチャンスなのだ。それに、アシェルのこともある。
しっかりしなければと、ファティアは改めて自らを律し、歩みを進めた。




