『元聖女』と『元天才魔術師』は婚約披露パーティーに潜入する 1
ようやく迎えた、レオンとロレッタの婚約披露パーティーの当日。空が暁色に染まる頃。
鼻先や頬、手の指先が真っ赤になったファティアは室内に入った瞬間、ほうっと幸せそうに息を吐き出した。
「ライオネルさん、この空間は天国ですね……」
「はは。ほんとだね」
ファティアたちがいるここは、王城の敷地内にある、とある離宮の一室だ。
ソファやドレッサー、クローゼットなどが完備されている。
事前に聞いていた通り、人払いは済ませてくれてあるようだが、暖炉がついていて部屋が温められている。これは、アシェルの指示だろうか。
なんにせよ、長時間馬に揺られ、体が冷え切っていたファティアたちは、ぬくぬくとした部屋に頬を綻ばせた。
「この部屋を手配してくれたアシェル殿下に感謝だね」
「はい、本当に……。あ〜暖かいです……」
何故アシェルがこの部屋を手配したかというと、理由はいくつかある。
一つは、ファティアたちには身を潜める場所が必要だったためだ。
というのも、アシェルが使える顔を変える魔法の効果時間は、もって三時間程度らしい。
そのため、ファティアとライオネルに事前に魔法を施すわけにはいかず、一旦二人はそのままの姿で登城するしかなかった。
しかし、そのままの姿で正門を通れるはずはない。二人は馬で城の近くでアシェルの側近と待ち合わせし、王城の裏門からこの部屋に通してもらったというわけだ。
「……パーティーが始まるまで、後一時間。もう少ししたら、アシェル殿下はいらっしゃるでしょうか?」
部屋に案内した後、側近はすぐに去っていったので、現在部屋で二人きり。
リラックスしたファティアがそう問いかけると、ライオネルは部屋を軽く見回りながら答えた。
「うん、おそらくね。多分リーシェル様も一緒に来ると思うよ」
「お二人は本当に仲が良いのですね」
「それもあるけど……。ほら、ドレスを着替えるのに、手伝いがいるでしょ?」
「あ……」
基本的に貴族令嬢がドレスを着る際は、メイドや侍女などの使用人に手伝ってもらうものだ。
すっかりそのことが頭から抜けていたファティアは、ライオネルの発言に「なるほど」と納得して見せた。
「私たちがこの場にいることは、多くの人には秘密ですもんね。……とはいえ、公爵令嬢のリーシェル様に着替えを手伝っていただくのは、申し訳ないです……」
アシェルの魔法の効果範囲は、顔と髪の毛のみだ。
そのため、化粧や靴はパーティー用のものを実際に着用しなければならない。
因みに、ドレスを用意してくれたのはリーシェルだ。本当はライオネルが準備したかったようだが、ドレスの流行に敏感なリーシェルのほうが適任だったので、任せたらしい。
つくづく申し訳ない。ファティアの眉尻がぐぐっと下がった。
「ファティア、そんなに申し訳ないならさ」
「……?」
すると、ファティアの目の前まで歩いてきたライオネルは、少し意地悪そうな顔でこう言った。
「俺が着替え手伝ってあげようか? それならリーシェル様の手を煩わせることもないでしょ?」
「なっ、ななな……!?」
(突然なにを言い出すの……!?)
確かにリーシェルに迷惑をかけないということだけを考えたら、ライオネルに着替えの手伝ってもらうのは名案のように思える、けれど。
(下着姿を見られてしまうじゃない……!?)
ファティアが瞳に困惑を浮かべると、ライオネルはいつものように「はは」と笑ってみせた。
「冗談だよ。アシェル殿下曰く『ファティア様のことは私にお任せください!』ってリーシェル様は意気込んでるらしいから。……ね? リーシェル様にはきちんとお礼を伝えれば大丈夫」
「……っ、ライオネルさん……」
ファティアの気持ちを紛らわせるために、ライオネルは敢えて冗談を言ってくれたのだろう。
「本当に、優しいんですから……」
「そう? だとしたら、ファティアにだけだよ」
「……っ!? も、もう! 冗談はもういりませんから!」
「これは冗談じゃないのに」
──コンコン。
そうこう話していると、扉からノックの音が聞こえた。
ファティアはライオネルと共に扉に視線を向けると、入ってきたのは正装に身を包んだアシェルとリーシェルの姿だった。
「やあ、二人とも。長旅ご苦労さま」
「アシェル殿下、この度は部屋の手配をしていただきありがとうございます」
「あ、ありがとうございます……!」
ライオネルに続いてアシェルに礼を伝えたファティアは、次にリーシェルを見つめた。
「リーシェル様、ドレスの手配や、着替えのことなど、ありがとうございます……!」
「構いませんわ。ドレスを選ぶのは案外楽しかったですしね。それよりもファティア様、しっかり歩行の訓練はされましたか? 姿勢はかなり良くなったように見えますが……」
「は、はい! それに関しては、問題ないかと! 頭の上に本を乗せて歩いても、落としません!」
ファティアはそう言ってから、少し歩く様子を見せた。
すると、リーシェルは「まあ……」と驚いた声を上げた。
「以前とは見違えました。よく頑張りましたね」
「リーシェル様の教えのおかげです……! ありがとうございます!」
「いいえ。ファティア様の努力の賜物ですわ。私には分かります」
「リ、リーシェル様ぁ……」
優しく微笑むリーシェルの姿は、まるで聖母のようだ。
その美しさにファティアが見惚れていると、「今日の流れを説明しても?」とアシェルが話しかけてきた。
「は、はい! よろしくお願いします……!」
「それじゃあ、一旦座ろうか」
アシェルの提案により、四人はローテーブルを挟んで置いてあるソファに、向かい合わせで腰掛けた。
ファティアとライオネル、アシェルとリーシェルの組み合わせだ。
(あ……)
二人が並んで座ると、アシェルとリーシェルの装いは青色で揃えられていることに気付いた。
アシェルの瞳の色に合わせたのだろうか。
あまりに素敵だったので、「お二人ともとっても素敵です……」とファティアが無意識に口にすると、アシェルたちは同時に頬を緩ませた。
「ありがとうございます、ファティア様」
「私からも礼を言うよ、ファティア嬢。……さて、二人も着替えなければいけないから、手短に話すよ。まずは、今日の二人の設定だが、伯爵家の令息と令嬢──つまり、兄妹を装ってほしい」
というのも、以前話していた通り、今日ファティアたちは、アシェルが隣国に留学していた時の友人を装うらしいのだ。
だが、女性のファティアをアシェルがわざわざ自国のパーティーに参加させたとなれば、良からぬ噂を立てられる可能性がある。
そのため、アシェルの友人はライオネルであり、ファティアは他国の社交界を経験するためにライオネルに付いてきた、という体にするらしい。
「ライオネル、今日のお前の名前はライ・セレストだ。ファティア嬢は、ファミナ・セレスト。元の名前に多少近いほうが、もしも本名を口にしても言い訳ができるかと思ってこの名前にした。……が、呼び間違えをしないに越したことはないから、お互いしっかり意識するように。互いの呼び方については話し合って決めてくれ」
「「はい」」
まさか兄妹として参加するとは思わなかったが、確かにその方が自然だろう。
それに、恋人同士の設定よりも、よほど緊張せずに済むので、正直ありがたい。
ホッと胸を撫で下ろしたファティアは、隣に座るライオネルの方を向いた。
「ライオネルさん、今日はお兄様とお呼びしても?」
「うん、それでいいよ。俺はそのままファミナでいい?」
「はい! 間違えないように頑張りましょう……!」
「そうだね。それに、偽名を呼ばれた時にちゃんと反応するように気をつけないと」
「ああ……その方が大変そうですね……!」
続いてアシェルは、セレスト伯爵家の家族構成や、事業などの設定についても話してくれた。
レオンとロレッタに挨拶した際に、話を深堀りされた時のためだ。
基本的にはライオネルが受け答えをするという大前提はあるものの、ファティアもきちんと耳を傾けた。




