『元聖女』は『第二王子』に驚愕する 3
アシェルは「まず確認しようか」と言って、ライオネルから送られてきた手紙の内容を話し始めた。
「婚約披露パーティーでロレッタ嬢が聖女の力を披露するため、兄上はなんらかの方法で私が重体に陥るような危害を加える可能性が高い。だから、婚約披露パーティーに参加し、ライオネルは私の護衛に当たる。ファティア嬢も婚約披露パーティーに参加し、聖女の力を取り戻せる可能性がある、ロレッタ嬢に奪われたペンダントを取り戻す。……ということで合ってる?」
「ええ、そのとおりです」
ライオネルがそう返事をした隣で、ファティアもコクリと頷いた。
どうやら、母の形見であるペンダントが聖女の力を復活させる可能性が高いということまで、アシェルは知っているらしい。
ライオネルが事前の手紙で伝えてあったのだろう。
「お前たちの婚約披露パーティーへの参加は私の方でどうにかする。隣国に留学に行った際の学友を招待した、とでもすれば、問題ないだろう。……私だって命は惜しいしね。それに、リーシェルを悲しませたくはない。ライオネルには悪いが……いざというと時は頼むよ」
「はい。心得ています」
少し眉尻を下げるアシェルの表情に、ファティアも胸が痛む。
ライオネルが魔法を使えば『呪い』が発動してしまい、ライオネルが苦痛に苛まれることになることをアシェルが知っているからだろう。
『呪い』は、ライオネルはもちろんのこと、ライオネルのことを大切に思っている人のことも傷付けるのだと、ファティアは改めて痛感した。
(絶対に『呪い』を解く……っ、そのためにもペンダントを取り返さなきゃ……!)
そう心に決めたファティアだったが、とある疑問が頭に浮かんだ。
「あ、あの、アシェル殿下。無礼を承知でお聞きしたいことがあるのですが……」
「ああ、構わないよ」
快諾してくれたアシェルに対して、ファティアは伺うようにして問いかけた。
「私もライオネルさんも、レオン殿下たちに顔が割れてしまっているのですが、どう対処したらよろしいでしょうか?」
「それなら問題ない。そのあたりは私の魔法でどうにかしよう」
「……! 殿下も魔法が使えるのですか……!?」
「ああ。ライオネルのような強力なものはできないが、わりと器用でね。こんなことができる」
そう言ってアシェルは自身の顔に手をかざすと、なにやら呪文のようなものを唱える。
すると、アシェルが手を退けた瞬間、彼の顔は全く別の人物の顔へと変わっていたのだった。
「……えっ!? ど、どうして……」
ファティアが目を見開く一方で、ライオネルやハインリ、リーシェルは驚く様子は一切なかった。
「水魔法でうすーく顔の周りに別の顔を作ってるんだよ。色も全て本物そっくりにね。自分以外にもこの魔法をかけることができる。変装よりも安全にパーティーに入り込むことが可能だろう」
「す、凄いです……! 見せていただき、ありがとうございます!」
「とはいえ、感触が肌とは違うから、触られたら怪しまれるけれどね」
アシェルは欠点も話すが、パーティーの参加するための方法としては全く問題ないだろう。
パーティー参列者と肩がぶつかったり、手があたったりすることはあるだろうが、顔を触られることなんてそう起こることではないからだ。
「これは俺にもできないんだよね。アシェル殿下の器用さには本当に驚かされる」
感心そうに話すライオネルに続いて、リーシェルが口を開いた。
「ふふ。たまにハインリ様のお顔にこの魔法をかけて、遊んでいらっしゃるのは少し困りますけれど」
「リーシェル様! ご存知ならばお助けてください……!!」
「ハインリ、リーシェルの鼓膜が破れる。黙るように」
「ア、アシェル殿下までぇぇ!!」
それから婚約披露パーティーについてもう少し話を詰めた後、ライオネルはこの前の王都での騒動──レオンが護衛を使ってファティアを攻撃し、それをライオネルが返り討ちにしたことについての話を始めた。
「そういえば、あの時のことは騒ぎにならなかったんですか? 俺やファティアに捜索命令を出されたりは……」
「その心配はいらないよ。私は少し前から兄上を見張るよう密偵を送り込んでいるから事の概要は全て知っているが、王宮や貴族内には広まっていない。おそらく兄上からしても、あまり広げたいものではないのだろう」
溜息混じりに話すアシェルに、ファティアは確かにそうだと思った。
レオンはあの騒動の時、ライオネルに逃げるか死ぬかの選択を迫られ、逃げることを選んだ。
婚約者であるロレッタを守る素振りもなく、誰よりもいち早く。
事情はどうあれ、あれは王族としても、一人の人間としても大変情けない姿だった。
あの時のレオンの様子──醜態が広まれば、次期国王にと推してくれている貴族たちに悪い影響を及ぼすかもしれない。
レオンはそれを危惧して、護衛の騎士やロレッタに口を閉ざすよう命じたのだろうと、ファティアは考えた。
(……ライオネルさんに報復されることを恐れて黙っている可能性もあるけれど)
それはファティアの知るところではない。
とにかく、この前の騒動が大事になっておらず、ライオネルに迷惑をかける結果にならなかったことに、ファティアはホッと胸を撫で下ろした。
すると一方で、アシェルは真剣な面持ちで、深く頭を下げた。
「……ライオネル、ファティア嬢。先の件、すまなかった。愚兄のせいで取り返しの付かないことになるかもしれなかった」
「あ、あ、あ、頭を上げてください……っ!」
「そうです。殿下のせいではありません。それに、この前の件で一つ、確信を持ちました」
ライオネルの言葉に、「確信……?」とキョトンとした表情を見せたのはハインリだ。
リーシェルも気になるのか、僅かに眉がピクリと動いた。
「俺が魔法を使う姿を見て、レオン殿下は『どうしてそんなに強力な魔法を使えるんだ……のろ──』と言っていました。最後の言葉は間違いなく『呪い』でしょう。……あの言い分から察するに、俺の魔力がかなり減少していることを確信している様子でした。俺が『呪い』に蝕まれていることを、レオン殿下は知らないはずなのに」
ライオネルがなにを言わんとしているかを理解したファティアは、堪らず息を呑んだ。
「……やはり、兄上がライオネルに呪詛魔導具を送るよう画策した犯人で間違いないだろうな。私とリーシェル、ハインリの調べでも、ほぼその線で間違いない。ただ、追及するには少しばかり決め手に欠ける」
──そう。アシェルの言うとおり、いくらレオンが怪しい発言をしていても、それだけで罪に問うことはできない。
相手はこの国で最も高貴な血を受け継いだ、王子の一人だ。
アシェルの立場であっても、レオン自身が罪を認めたり、証拠が出てきたりしない限りは、強硬手段は取れない。
「だからこそ、今度の婚約披露パーティーでのことは、兄上の悪事の尻尾を掴む絶好のチャンスとも言える。兄上の婚約者も偽物聖女の疑いがあるのだろう? もしも偽物ならば、なにかしら対処をしなければな」
最悪の場合、命を落とすかもしれないというのに、婚約披露パーティーを絶好のチャンスと話すアシェルは、あまり恐怖を覚えていないのだろうか。
(王族としての責務の方が大切なのかな。育ってきた環境が全く違う私には、その感覚は分からない……)
ただ、アシェルの言葉に僅かに表情を曇らせたリーシェルの気持ちは、少しだけ分かる。
婚約者のアシェルが危ない目に遭うかもしれない未来が、心配で堪らないのだろう。
ファティアだって、ライオネルが命を狙われるかもしれないなんて状況だったら、平然としてはいられない。
(けれど、リーシェル様はアシェル様を止めずに、見守ることを選んだのね)
今だって、リーシェルはほんの少しの動揺を見せただけで、すぐさま平然を装った。
それは、危険な状況から逃げてほしいという願いを自分の胸に押し込んで、アシェルを支える道を選んだ証拠だ。
(リーシェル様、強いな……。格好良い……)
リーシェルの気丈な姿に、ファティアはそんなことを思う。
(強いといえば……この前のライオネルさんの魔法はやっぱり強力だった気がする。魔力が全盛期の十分の一に減ってるって言っていたけど……もしかして回復してる?)
ファティアは不思議に思ったが、向かいの席から聞こえる大きなぐぅ〜という空腹を知らせる音に、疑問は掻き消された。
「すみません……! なんて間の悪い!」
顔を真っ赤にして、ハインリはお腹を手で押さえた。
「ハインリ、お前凄いよ。逆に凄い」
「ライオネル、その無の目はやめてください……! それならいっそのこと罵倒してくださいぃぃ!!」
「……ハァ、ほんとにうるさいね」
「ふふ」
相変わらず仲の良いライオネルとハインリに、ファティアはつい笑みが零れた、その時だった。
「さて、謝罪も済んだことだし……。リーシェル、頼んでいいかい?」
「ええ、もちろんですわ。そのために来たんですもの」
アシェルとリーシェルがなんの話をしているのか分からないファティアは、小首を傾げた。
「ファティア様、突然ではありますが、今から少々お時間をいただけますか?」
「は、はい! もちろんです……! なんでしょう!?」
ファティアが即座にそう返すと、リーシェルは真剣な眼差しを向けた。
「では今から、私と少しレッスンを致しましょうか」
「レ、レッスン……?」




