『元聖女』は『元天才魔術師』と出会う 2
(誰……? 敵……? 味方……?)
ローブについているフードを目深に被っているため表情を窺い知ることはできないが、声の低さと体格から男性だということは分かる。
襲ってくる様子はないので、ファティアは改めて助けを求めようと口を開こうとすると、男の手によって塞がれて叶わなかった。
「んーー!! んーー!!」
後ろから抱き締められるようにして拘束され、口も塞がれた状態ではファティアは足しか動かせなかった。
とはいえ足をパタパタと動かすことしかできず、足元にあった林檎がコンッと音を立てた。
それはコロコロと再び転がると、持ち主の元へ戻っていくように、青年の足元でぴたりと止まる。
青年は足元に一瞥をくれてから、ファティアたちに視線を戻した。
「嫌がってるように見えるんだけど。離してあげたら?」
「ああん? 同意だよ同意! この女はいっつも嫌がるフリすんだよ! だからさっさとお前は失せろよ!」
「なるほど。フリ」
「んーー!! んーーっ!!!!」
(フリじゃない……っ、助けて……!)
ファティアは目をギュッと瞑って、必死に首を横に振る。
その度に拘束している男に「動くな! 大人しくしてろ!」と大声を上げられるが、ファティアはやめなかった。
きっとこの青年が何処かへ行ってしまったら、もう助けは来ないのだとファティアは本能的に悟っていたからだ。
「ねえ、もう一回だけ聞くけど、本当に合意?」
青年が抑揚のない声色で問いかける。
「だからそう言ってんだろ!」
「ふぅん」
(違う……っ、違うのに……!)
声が出ないもどかしさ、すぐそこに迫っている絶望に、ファティアは自身の力の無さを恨んだ。
──もし自分に力があったら、この場を一転させられるくらいの魔法が扱えたら、自分でどうにかできるのに。
『元聖女』でしかないファティアにその願いは分不相応というもので、助けを乞うことしかできない現実が、胸を締め付ける。そのとき。
「フリだとしたら、その子、女優になれるんじゃない」
ぽつり、と青年がそう呟く。
ほんの少しだけ怒りを孕んだその声色にファティアがぱち、と目を開けると、青年はおもむろに右手を前に出した。
──そして、それは青年の人差し指が、ファティアを拘束する男を指したのと同時だった。
「ぐわぁっ!!!」
「!?」
青年の指先から水の刃のようなものが出現し、それは男の肩を引き裂く。
悶絶の声を上げて痛がる男は拘束どころではなく、ファティアは自由になったものの、咄嗟のことで身体は動かず、膝からカクンと崩れ落ちた。
その代わりに青紫色になった唇だけは動いたので、ファティアは掠れた声を漏らした。
「たす、けて……!」
「──うん。すぐ終わるから、座って待ってて」
青年がそう答えてからは、本当に一瞬の出来事だった。
拘束が解かれたファティアを土魔法で囲ってから、広範囲の風魔法で男たちを一掃したのである。
まるで小さなサイクロンの中に放り込まれたような男たちは、青年が魔法を解くと気絶していた。
「大丈夫? 怪我は──」
土魔法を解いてから、気絶している男たちをよそに、未だにぺたんと地面に座り込んでいるファティアの元へ青年はゆっくりと歩いてくる。
青年が片膝をつくと、いくら目深に被ったフードとはいえ、その容貌を窺い知ることができた。
ほんのりと青みがかった黒髪に、少しだけ垂れた切れ長の目。筋の通った鼻に、色素の薄い唇。シュッとした輪郭に、漆黒のローブと反対の白い肌。
それほど数多くの男性を見てきたわけではないファティアだったが、流石にこの青年の顔が非常に整っていることは分かる。
「かっこいい…………」
「──え?」
「? ……もしかして私、口に出してましたか?」
「うん。ありがとう」
「っ、すみません……。無意識でした……」
助かった安堵と、目を瞠るほどの美形を目にしたことでポロッと本音が出てしまったファティアは咄嗟に頭を下げる。
そんなファティアに対して、自然とお礼を言えるあたり、相当言われ慣れているのか、それとも少し天然なのか。
出会って数分の青年のことなど分かるはずもなく、ファティアは改めて口を開いた。
「本当にありがとうございます……おかげで助かりました」
「これくらい構わないんだけど……顔、赤いけど大丈夫?」
「顔……?」
まさか格好良いと思うだけではとどまらず顔にまで出てしまったのか。
ファティアはそんなふうに思って両手で頬をぺた、と触れるもののあまりの熱さに精神的なものの影響ではないことを悟った。
孤児院にいたときは風邪を引くと折檻されるので我慢を重ねていたが、そのときと同じ頬の熱さだ。
「──ねぇ、大丈夫?」
自覚すると、忘れていたはずの酷い悪寒が再び襲いかかってくる。
体は全身寒いのに顔周りだけ熱が籠もったように熱く、何だか全身の関節も痛い。
(大丈夫だって、言わなきゃ……)
意識も少しずつ遠のいていく中、ファティアは口をパクパクと開く。
けれど上手く声を発することはできず、大丈夫かと問いかける青年の声が少しずつ遠のいていくのと同時に、プチンと糸が切れるように意識を手放した。
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