『元聖女』は『第二王子』に驚愕する 2
白色を貴重とした青色の装飾のついた装いに身を包んだアシェル。
プラチナブロンドから覗く碧眼は美しく、こちらを見る目は穏やかなものだった。
「ファ、ファファ、ファティアと申します……!」
王族が挨拶しているのに突っ立っていてはまずいと思ったファティアは、慌てて頭を下げた。
すると、アシェルは「ふふ」と楽しそうな声を零した。
「良い子そうなお嬢さんだ。ハインリから大方の話は聞いているから、楽にしてくれ。──聖女様。ああ、今は元聖女様と呼んだほうがいいのかな?」
「…………!?」
アシェルに元聖女であることを指摘され、ファティアはこれでもかと目を丸くした。
ライオネルは額に青筋を立て、気まずそうな表情をしているハインリを睨み付ける。
「ちょっとハインリ。一回話そうか? それとも魔法でめっためたに痛め付けてやろうか? ファティアが聖女だってことは秘密にしろって言ったの忘れた?」
「ヒィィ! ライオネルすみません、これには訳がぁぁぁ!!」
ゴゴゴォ、と背後に禍々しいオーラを纏ったライオネルがハインリに詰め寄る。
ハインリは顔面蒼白で、アシェルに縋るような目を向けた。
アシェルはそんなハインリを見かねたのか、小さく息を吐いてから、ライオネルに向かって説明を始めた。
「数日前、お前からの手紙をハインリが届けてくれた。兄上の婚約披露パーティーに参加させてほしいという旨が書いてあったけど、さすがに素性の知れないファティアをそのまま参加させることはできないよ。だからハインリにちょちょっと脅しをかけて、ファティア嬢の素性について話してもらったんだ」
(アシェル殿下……! それ絶対、お願いじゃない……っ!)
アシェルの作り物のような美しい笑顔にそんなことを思ったファティアだったが、口にすることはなかった。
王子に軽口を叩くなんてできないというのが一番の理由だが、立場云々は関係なくともアシェルには従わなくてはならないと本能的に悟ったからだった。
ライオネルはアシェルの説明に一応納得したようで、ハインリに圧力をかけるのはやめ、アシェルに向き直った。
「……遅くなりましたが、ご足労いただきありがとうございます、アシェル殿下」
「うん。急にごめんね? 急遽予定が空いてさ。こういうことは、直接話したほうが良いだろう? ちょうどハインリも予定が空いていたから、今日しかないと思ってね」
「…………そうですか」
急な来訪に謝罪しながらも、アシェルは「一応ハインリに転移魔法で事前に手紙は送らせたから問題ないよね?」と言って笑顔を見せる。
(やっぱり、さっき届いた手紙はアシェル殿下からのものだったのね……。おそらく来訪を告げる手紙だったのだろうけれど、来る直前に届いても意味がないというか……)
ファティアと同じようにライオネルもそう思ったのだろう。ライオネルは一瞬怪訝な顔を見せる。
しかし、アシェルの有無を言わさぬ笑みに、ライオネルの顔は徐々に困ったものへと変わっていった。
(こんなライオネルさんは珍しい……。可愛い……って、そうじゃない!)
お客様──アシェルとハインリが来ているのに、そんな感想を持っている場合じゃないだろう。
ファティアは頭をぶんぶんと横に振る。
(あら?)
そんなファティアだったが、アシェルの後方に人影があることに気付いた。
アシェルとハインリ以外にも来客がいるのだろうかとライオネルに目配せを送る。
すると、ライオネルとファティアのその行動の意味を察したのか、コクリと頷いた。
「アシェル殿下、外は寒いですし、玄関先で立ち話もなんですから、どうぞ上がってください。それに、マグダイト様も」
(マグダイト様?)
ライオネルがそう言うと、アシェルは後方に手を差し出した。
「それなら早速お邪魔させてもらおうかな。リーシェルもおいで」
「はい。失礼いたします」
リーシェルと呼ばれた女性は、アシェルにエスコートをされて玄関内に入ってくる。
歳の頃は二十歳前後だろうか。腰あたりまであるプラチナブロンドは艷やかで、整った顔つきはまるで人形のようだ。
線の細い優しい声色と、美しい立ち姿は、それだけで育ちの良さが滲み出ていた。
「ライオネル・リーディナント様はお久しぶりですね。ファティア様はお初にお目にかかります。マグダイト公爵家長女の、リーシェル・マグダイトと申します。アシェル様の婚約者です。ファティア様が聖女様であることは、アシェル様からお聞きしています」
「…………!? えっと、あの……」
アシェルの存在だけで頭がいっぱいいっぱいだというのに、そこに公爵家の令嬢であり、アシェルの婚約者のリーシェルの登場だ。
雲の上の存在が二人になったことで、ファティアの緊張は限界突破し、体がピシャリと固まってしまう。
「ファティア」
「…………っ、ライオ、ネル、さん……」
そんなファティアの手を、ライオネルは優しく掴んだ。
「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。アシェル殿下もリーシェル様も味方だから」
「……っ」
緊張で握り締めていたファティアの拳は、ライオネルの優しい声かけと、彼の心のような手の温もりによって、解きほぐされていく。
「は、はい……! ありがとうございます! 」
「ううん。むしろ突然のことで驚くのは当然。……全部ハインリが悪い」
話を振られたハインリは、ビクンと肩を揺らした。
「私ですか……!? なんでぇぇぇ!? そもそもライオネル! 貴方、アシェル殿下やリーシェル様の前でもイチャイチャし過ぎでは……!?」
「ハインリうるさい」
「ははっ! お前たちは相変わらず仲が良いね」
そんなアシェルの言葉を最後に、ライオネルは三人をリビングに通した。
ファティアとライオネルは紅茶の準備をするためにキッチンに立っていると、ファティアはアシェルたちには聞こえないように、とある疑問を口にした。
「そういえばライオネルさん、『呪い』のことって、リーシェル様はご存知なのですか? 以前、『呪い』について知っているのは国王様とハインリさん、それとアシェル殿下だけだと仰っていたので……」
おそらく、アシェルたちが来訪してきた理由は、今度行われるレオンとロレッタの婚約披露パーティーについての話をするためだろう。
しかし、その話をするにあたって、ファティアが元聖女であることと、ライオネルが『呪い』にかかっていることは切っても切り離せない。
ファティアが元聖女であることは先にアシェルから聞いたと先程リーシェルは言っていたが、果たして『呪い』については知っているのだろうかと、ファティアは疑問に思ったのだ。
「うん。リーシェル様も前から知ってるよ。魔道具と呪詛魔道具をすり替えた人物が誰なのかを、アシェル殿下と一緒に探ってくれてた。リーシェル様の名前を出さなかったのは、アシェル殿下と一括りにしていたからかな。あの二人って昔からずっと一緒で、なんていうか、二人で一つって感じなんだよね」
「な、なるほど……! ありがとうございます!」
納得したファティアは、キッチンからリビングに視線を移し、アシェルたちを見る。
(二人で一つか……。確かに、アシェル殿下とリーシェル様って、本当に仲が良さそう)
互いを見つめる目は、大切で仕方ない相手に向けるものだ。王族や貴族の婚姻には政略的なものが付き纏うと思っていたが、どうやら二人はそうではないらしい。
相思相愛のアシェルたちを見て心を和ませたファティアは、待たせてはいけないからと急いで紅茶の準備を再開した。
「じゃあ早速だけど、本題に入ろうか」
紅茶の準備を済ませ、全員がテーブルに着いてから少し経った頃。
ティーカップをソーサーに戻したアシェルは、そう口火を切った。
ファティアは背筋を伸ばし、隣に座るライオネルと一瞬目を合わせる。
それから、向かいに座るアシェル、リーシェル、ハインリに視線を戻した。
「私とリーシェルが今日来たのは、お前たちが兄上の婚約披露パーティーに参加するにあたって、いくつか話したいことがあったからだ」




