『元聖女』は『第二王子』に驚愕する 1
ライオネルに全てを打ち明けてから、二週間が経った日のこと。
食後のデザートにプリンを作ろうかなとファティアが準備に取り掛かっていると、突然背後からライオネルに抱き締められた。
「ひゃっ」
「働き過ぎだから、邪魔しに来た」
腹あたりに回されたライオネルの腕が、卵を掴んだファティアの手をするりと撫でる。
ファティアはいきなりのことでピクンと身体を弾ませて卵を落としそうになった。
だが、ライオネルは空いている方の手で、その卵を間一髪掴んだ。
それからライオネルは、ファティアの顔を覗き込むようにして、耳元で囁いた。
「一回休憩しよう?」
「〜〜っ、ち、近くありませんか……!?」
「そう? これでも抑えてるつもりだけど。なんならもっと過激に邪魔しようか」
「…………!?」
(抱き締めるより過激に、ってなに……!?)
……そもそも、邪魔するにしたって口で言えば済む話なのでは?
という前提はさておき、ファティアは早くライオネルの提案に従ったほうが身のためだと本能的に感じたため、こくこくと首を縦に動かす。
そんなファティアに、ライオネルは喉をくつくつと鳴らした。
ライオネルの吐息が何度も耳に触れ、ファティアは恥ずかしさで全身から火が吹き出しそうだ。
「良い子だね。……あ、今日も着けてくれてるんだ」
ライオネルの手がファティアの首元に伸び、ペンダントに優しく触れた。
ファティアは俯いていて、ライオネルの表情を窺い知ることはできない。
けれど、ライオネルの声色により、彼が嬉しそうに顔を綻ばせていることは想像に難しくなかつた。
「……いただいた日から、毎日欠かさず着けてます。というかライオネルさん、朝一にも同じこと言ってませんでしたか……?」
「……うん。だって嬉しいから。良く似合ってるよ、ファティア」
ライオネルの素直な言葉に胸がドキドキしつつも、礼を伝えようとしたその時だった。
「……っ、あ、ありがとうござ──」
ライオネルはペンダントを自身の口元へ運ぶと、ちゅ、と口付けたのだった。
「……なっ!?」
「ごめん最近、俺、浮かれてるんだよね」
「は、はい……!?」
「ファティアがあんなに俺のこと考えてくれてたんだって思ったら、こう……ね? 仕方ないと思わない?」
「私に聞かないでください……! それと、この前のことは一旦忘れてください……!」
ファティアが聖女の力を取り戻したいと思ったのは、ライオネルの呪いを解きたいからだった。
そのため、ライオネルにこれまでの全てを話し、更にペンダントを取り返す覚悟を決めたのだ。
それらについては一切後悔はしていない。
……していない、けれど。
(ここまで嬉しそうに言われると、恥ずかしい……!)
ファティアは羞恥心で全身が熱くなるのを感じながら、少しだけ顔を傾けてライオネルと視線を合わせた。
「あんまり意地悪ばっかり言うと、プリン作りませんよ……!」
「えっ。これ、プリン作ろうとしてたの?」
「そうですよ! ライオネルさんが喜ぶかなと思って……。冷やすのに少し時間がかかるので早めに作らないと……」
「邪魔してごめん。むしろ作るの手伝う。なにすればいい?」
ライオネルは、ファティアを抱き締めていた手をパッと離す。
「鍋いる? 卵いくつ必要?」と目をキラキラさせながら聞いてくるライオネルに、ファティアは苦笑い溢した。
(ふふ、甘いものに目がない……。けど少し寂しいかも……本当はもう少しだけ抱き締めていてほし──って! 私ったら何を考えてるの……!)
自身のことを打ち明けてからというもの、元々距離感の近かったライオネルのスキンシップは、より一層激しくなった。
ソファに座る時は肩がぴったりくっつくくらいの距離に座ってくるし、買い物に出かければいわゆる恋人繋ぎを当たり前のようにされるし、家にいる時は暇さえあれば抱き締めようとしてくる。
(こんなことをされたら、期待しないほうがおかしい……。けれどだめ! 立場もそうだけど……私はライオネルさんを呪いから救い出すの! 今はそれだけを考えないと……!)
今にも溢れ出しそうになる『好き』という気持ち。
それを必死に心の奥底に追いやったファティアは、ライオネルとプリン作りを始めた。
「美味しい。美味し過ぎる。ファティア天才。ありがとう」
「本当……これは、中々上手にできました! ライオネルさんが手伝ってくれたおかげですね」
──同日の午後。
午前中に仕込んであったプリンを昼食後のデザートに食べるライオネルは、スプーンが止まらないようだった。
(見事な食べっぷりだなぁ……)
しかし、我ながら今回のプリンは良いできだ。
ライオネルの前の席でファティアもプリンを口に運び、舌鼓を打つ。
すると、突如として床に現れた魔法陣に、ファティアは目を見開いた。
「ライオネルさん、これって……」
眩く光る青白いそれは、以前ハインリが組み込んだ、転移魔法が発動した時のものだ。
ライオネルは一瞬怪訝な顔をしてから、転移魔法の魔法陣の近くへと歩いていく。
もちろん、プリンは全てキレイに食べてあり、「ありがとう、ご馳走さま」の言葉は忘れずに。
「手紙ですか……?」
ライオネルに続いてファティアも魔法陣の元へ向かえば、床には白い封筒が一つあった。
ライオネルはそれを手に取ると、差出人をちらりと確認する。
それから急いで封筒をナイフで開けると、手紙を読み始めた。
(真剣に読んでいるみたいだし、私は先に片付けでもしようかな)
そう考えたファティアは、空になったプリンの器やスプーンをキッチンへと運び、洗うためにスポンジを手に取った。
すると、ライオネルが大きく溜息を吐いた。
「どうしたんですか? 何か困ったことでも……?」
「……うん。あの方は思い立つとすぐに行動するところがあるから困る」
「……? あの方……?」
あの方という表現からして、手紙の差出人はハインリではないのだろう。ライオネルのハインリに対する態度は中々に雑いから。
そもそも、何故転移魔法で手紙が贈られてきたののだろうか。
以前、転移魔法が使用されたのは、ハインリが魔道具を送ってくれた時だ。
壊れかけとはいえ魔道具は貴重なので、転移魔法を利用するのは理解できるが、手紙ならば郵便を利用すれば良いというのに。
それほど急を要したのだろうか。
「あの──」
──チリン。
ファティアが疑問を口にしようとすると、その声は来客を知らせるベルの音によって掻き消された。
「……ハァ、もう来た」
「誰が来たか分かるんですか?」
もしや、ライオネルが先程言っていた『あの方』だろうか。
ファティアが考え事をしながら洗い物をしていると、ライオネルは玄関に向かいながら視線だけをファティアに向けた。
「ファティア、来客にびっくりしてお皿を割っちゃうかもしれないから、洗い物終わりにしよう。ていうか後で俺がやるから、置いておいてね。ありがとう」
「いえ、これくらい……!」
「家事は分担。──それにまた、洗い物増えるだろうし」
(あっ、なるほど、来客の方にお茶をお出しするものね)
ハインリに対してライオネルが率先してお茶を出したことはなかった。
それ以前に、早く帰れという感じだったが、どうやら今回は違うらしい。
(あの方かぁ。誰だろう……。そもそも、ライオネルさんがここにいるの知ってる人って確か、ハインリさんと第二王子殿下…………。え、まさか……!?)
さすがに考えすぎだろうか。とある人物を頭に思い浮かべたファティアは、一度息を呑んでから玄関に視線をやる。
するとそこには、申し訳なさそうな顔をしたハインリと、彼に続いて入ってきた、金髪碧眼の男性の姿があった。
「やあ、ライオネル久しぶりだね。それに君はファティアだったかな? 初めまして。メルキア王国第二王子──アシェル・メルキアだよ。突然すまないね」
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