『元聖女』は『元天才魔術師』に打ち明ける 4
本日、♦棄てられた元聖女が幸せになるまで〜♦が発売となります!
皆様の応援のおかげです。ありがとうございます٩(♡ε♡ )۶是非書籍版もよろしくお願いします!
ファティアが自身の境遇について黙っていたのは、迷惑をかけまいとしてのことだろうと、ライオネルには分かっていた。
だからライオネルは、何度かファティアに尋ねようとして、その度に押し留まった。
無理に聞いてもはぐらかされるだろう。無理に聞いたら、ファティアが辛い思いをするかもしれない。今後、何かの拍子に話してくれることがあるだろうと、そう思ってのことだった。
しかしライオネルが思うよりファティアは頑固で、話をする際にも、瞳には躊躇の色が混じっていた。
(これは、一筋縄ではいかないだろうな)
だからこそライオネルは、単にファティアの大切なものを取り返すというだけでなく、そこに付加価値を見出して、上手く誘導するつもりだった。
聖女の力が復活することは、ファティアのこれからの人生にとって、有利に働くだろうから。
ただそうすると、偽物聖女のロレッタは罪に問われ、ザヤード子爵家もただでは済まないだろう。それに関しては全く同情しなかったが、調査が入ればファティアの存在も、国にいずれバレてしまう。
それはライオネルにとって嬉しいことばかりではなかったけれど、ファティアが幸せならそれで良かった。
もうこれで虐げられることもないだろう。大切なものを奪われることも、家を追われることもないだろう。
政治的なことに関わることは大変なこともあるだろうが、それはライオネル自ら、第二王子であるアシェルに話をつけるつもりだった。
ファティアが聖女の力を国のため、民のために使うかわりに、ファティアのこれからの人生に少しでも涙を流さなくて済むように、助力は惜しまないつもりだったのだ。
(国のために働くとなればこの家には居られないだろうな。それに、『元』魔術師の俺じゃあ、聖女となったファティアには、なかなか会うこともできないかもしれない)
──ライオネルは、ファティアが好きだ。
一人の男として、生涯傍に居たいと思っているし、ファティアも同じように思ってくれたらと、切に願っている。
けれどファティアが聖女として国に保護される形となれば、裏切れないように策を講じられるだろう。王族や上級貴族を伴侶に、という話になっても、不思議ではない。
(嫌だな……それは)
けれど──それでもライオネルは、ファティアの大切なものも、力も、本当なら得るはずだった栄光も全て、取り返したいと願った。
そして、ファティアもそれを願ったのだ。
ファティアは自身の口で「ペンダントを取り返したい」と言ったこと──それは、ライオネルの協力を求めたのと同義だった。
力強く抱きしめたライオネルの腕に、より一層力が入る。
壊してしまわないようにと思うのに、ファティアの言葉に、どうしても愛おしさが込み上げてくるからだった。
「ファティア……聖女の力を取り戻したかった理由って──」
再三だが、ライオネルはファティアの幸せを願った。奪われたもの全てを、取り返してあげたいと思った。
ファティアがペンダントを取り返したいと口にしたことは、その始まりなのだと、信じて疑わなかったのに──。
「俺の『呪い』をどうにかするため、だったの……?」
「は、はい。……今の私ではライオネルさんの呪いによる痛みを少し和らげることしか出来ませんが……完全に力が戻ったら、呪いによる痛みを無くしたり、そもそも呪い自体を浄化できるかもしれないと思って……」
「……っ、ほんと、ファティアって……」
(そうだ、ファティアはこういう子だ)
ライオネルはファティアのことで頭が一杯で、このときは自身の呪いのことなんて欠片も頭になかった。
ファティアのことばかりを考えていたからだ。
けれど反対に、ファティアはライオネルのことばかりを考えていた。
ライオネルが魔術師として戻れるように、もう痛い思いをせずに済むように、呪いを解くために、自分は何が出来るのか、と。
「ファティア、ありがとう。俺のこと考えてくれて」
「そんな……お礼を言うのは私の方です。ライオネルさんが、いたから私は……」
ようやく涙が止まったファティアを抱き締めたまま、形の良い後頭部を優しく撫で上げる。
さわり心地の良い柔らかな髪。出会った頃の傷んだ髪の毛が嘘のようだ。
抱き締めたときの感触も、ライオネルとは違う少し柔らかな女性らしい弾力がある。
何故かファティアからは甘い香りがして、くらり、と目眩がしそうになった。
それでもライオネルは、先に伝えることがあるからと、煩悩を一旦頭の端に追いやる。
「今度レオン殿下とロレッタの婚約披露パーティーがあるの、覚えてる?」
「……? はい」
「訳あって、そのパーティーに参加するんだよね」
「えっ!? ライオネルさんがですか……!?」
「そう」
ライオネルは魔術師の家系だが、貴族爵位は賜っていなかった。
元魔術師団長とはいえ、平民がそんなパーティーに参加することは普通なら有り得ないのでは? と疑問を隠せないファティアに、ライオネルは「落ち着いて」といつもの飄々とした声色で返した。
「まあ、一言で言うと、アシェル殿下の権力を使ってどうにかしてもらうから問題ない」
「身も蓋もないですね…………」
「うん。それと、そのパーティーにはファティアも参加してもらうから。今決めた。よろしく」
「今……!? え、ええええっ……!?」
「諸々アシェル殿下にどうにかしてもらう。心配はいらない」
ファティアは困惑の表情を浮かべたが、ライオネルがあまりにも淡々と言うので、少しずつ冷静さを取り戻していく。
「参加するのは……理解しました。けど……どうして」
「ああ、うん。説明する」
──そうして、ライオネルはゆっくりとした口調で説明を始めた。
レオンが次期国王の座を確固たるものにするため、ロレッタの聖女の能力を披露するつもりだということ。
そのためには、一目で治癒魔法が分かるように誰かが傷つく必要があり、その人物がアシェルの可能性があるということ。
最悪の場合、アシェルが命を落とすような暴挙に出る可能性もあること。
「そんな……っ、何てことを……!」
「全部仮説だけど、割と可能性は高い。ロレッタが聖女の力でアシェル殿下を助けられなくても、レオン殿下は婚約者を切り捨てるだけでいい。そのときにアシェル殿下が死んでも、レオン殿下の企てさえバレなければ何も損はないしね。治癒魔法が成功したとしたら、アシェル殿下は公の場で命を救われたことになり、レオン殿下を支持する者はより一層増える」
絶対に防がなきゃならない、とライオネルは続ける。
だからこそライオネルは、アシェルに諸々を頼んで、パーティーに参加するのだ。
「いざとなったら魔法を使うかもしれないし、何より危険な状況になるかもしれないから、今さっきまではファティアを連れて行くつもりなんてなかったんだけど」
「……と、言いますと?」
「形見のペンダント、もしかしたら婚約披露パーティーでも着けてるかもしれないでしょ」
「……! 確かに……! 可能性はあります……!」
そもそも、平民のファティアに、レオンの婚約者となったロレッタと気軽に会える機会はない。
しかし、大勢が参加するパーティーならば、接触は叶わなくとも、それなりの距離で様子を窺い知ることは出来る。
「もしも着けてたら……上手いこと取り返そう」
「……う、上手いこと……! 考えてみます!」
「うん。一緒に考えよう。まだパーティーまでに時間はあるし」
「はい! ありがとうござ……ふぁ……って、すみません! こんなときに欠伸なんて……」
「……いや、今日は色々あったから、仕方ないよ。話はまた明日にして、今日は寝ようか」
ライオネルがそう言うと、「昼寝もしたのに……」と呟きながら、ファティアの瞼はゆっくりと下がっていく。
どうやら限界はもう近いようで、こくんこくんと船を漕ぎ始めるファティアに、ライオネルは小さく笑った。
「このまま寝て良い。俺がベッドまで運ぶから」
「……す、みま……せ……………」
長らく抱き締められていたせいもあるのか、ファティアの体はポカポカと温かい。
まるで子供みたいだ、とライオネルは思いながら、完全に瞼を落としたファティアの膝裏で片手を入れて、横抱きにして立ち上がる。
そしてベッドに寝かせば、ファティアの前髪を優しく撫でた。
「ファティアは、本当に良い子だね。可愛くて、格好良くて──」
ファティアの真っ白な肌の中心の下──ぷっくりとした赤色の唇に、ライオネルは親指を這わせる。
ふにふにと触れてから、ふ、と一度口角を上げ、そして顔を近付けた。
少し動けば唇が触れてしまいそうな距離で、煩悩が暴走しそうになるのを、ギリギリのところで待ったをかけたライオネル。
先程撫でたせいか、丸い額が露わになったファティアのそこに、ちゅ、と口付けを落とす。
「ごめんね、ファティア。先に謝っておくよ」
──泣きながら、ライオネルを呪いから救いたいと言ったファティア。
あんなファティアを見たら、もう、ライオネルは自分の気持ちを止めることは出来ない。
「……俺、何があってもファティアを手放してあげられないみたい。──好きだよ、ファティア」
そう言ったライオネルは、しっかりと閉じたファティアの瞼を、優しく唇でなぞった。




