『元聖女』は『元天才魔術師』に打ち明ける 3
「──というわけで……ですから私の正式名称はファティア・ザヤードです。……養子縁組が未だに成されているなら、の話なのですが……」
「黙っていてすみませんでした」と、ファティアは深く頭を下げた。
俯いているライオネルの表情を窺い知ることはできないが、おそらく気分は最悪だろう。ライオネルは、人の不幸を笑えるような人間ではないから。
きっと悲しんでくれているのだろうと思うと、ファティアは胸が痛む。
未だに一言も言葉を発しないライオネルに、ファティアは出来得る限り明るい声でライオネルの名前を呼んだ。
「私は今、幸せなんです! 日々の生活、魔法の修行もつけてもらって、今日なんてペンダントをいただきました! 母の形見によく似たこのペンダントを、絶対、絶対に大切にします……! これだけは絶対に、誰にも奪わせません。──ライオネルさんに出会ってから、私は幸せばかりなんです!」
──これはファティアの本心の一つだった。
母が亡くなってから、孤児院の子どもたちとの生活で幸せを感じることはあったが、実際のところ大変なことは沢山あった。
ザヤード子爵家に引き取られてからは言わずもがな。直ぐに聖女の力が使えなくなり、ファティアは一瞬にして天国から地獄に落とされた。何より母の形見を奪われたことは、自身の体が引き裂かれるように辛い出来事だったのだ。
けれどライオネルとの出会いは、そんなファティアの奴隷のような生活を、ボロボロになった身体を、傷付いた心を変えて、癒やした。
「私にとってライオネルさんは、本当に神様のような存在なんです。……ですから、その、もう過去のことなので、悲しんだり、しないでほしいんです……! こんなに良くしてくれるライオネルさんが、心を痛める必要……ないんです」
精一杯明るい声色でそういうファティアは、ライオネルが手に持つティーカップが空になっていることに気が付く。
ほんの少しの気まずさもあってか、ファティアは「おかわりを入れますね」と言って立ち上がろうとすると、手首をがしりと掴まれた。
ぐい、と引き戻されたファティアはボフッとソファに尻を着くと、こちらを見るライオネルの表情を目にすることになる。
瞳には悲しみを宿し、眉毛には怒りを宿し、声色に切なさを宿したライオネル。
ファティアは一瞬、何一つ声を出せなかった。
「笑わなくて良い。無理に明るく振る舞わなくて良い」
「………………っ」
「どう考えたって辛いに決まってる。悲しくて、悔しくて、怒り狂ったって、おかしくない」
「………っ」
(いけない……これ以上は)
ファティアはライオネルの言葉を制止しなければと思うのに、上手く言葉を紡げなかった。
「今がどれだけ幸せでも、それは過去の出来事が全て無くなるわけじゃないんだから」
手首を掴んでいたライオネルの手が、ファティアの首元に伸びる。
料理を始める直前「早速着けました」と言って、ファティアの首元で光り輝く赤い宝石が付いたペンダントを、ライオネルは優しく撫でた。
「俺はファティアの過去を変えてあげることは出来ないけど、これからの未来、ファティアが幸せに生きていけるように、手を貸すことはできる」
「…………っ」
「お母さんの形見、一緒に取り返そう。大切なものを奪われたままにしておいて良い理由なんて、ない」
(だめ……また……泣いてしまう……ライオネルさんを、止めなきゃいけないのに)
予想通り、ライオネルはやはり協力をかって出てくれた。
──しかし、だからこそファティアは言いたくなかったのだ。ライオネルは絶対に、そう言うと思ったから。
「けれ、ど、そんなの…………っ」
いくらライオネルから、迷惑はいくらでも掛けても良いと言われていようと、それなら頼ってしまおうと簡単に思えるほど、ファティアは切り替えが早くない。
──しかし、そんなことはライオネルからしてみれば承知の上だった。
だからライオネルは、ファティアの話を聞いて考えられるとある可能性を、口にすることにしたのだ。
「ファティアは聖女の力を取り戻したくない?」
「……? は、はい。それはもちろんそうですが……」
「ならなおのこと、ペンダントを取り戻したほうが良い。俺の考えが出しければ、ファティアのお母さんの形見のペンダントは──おそらく聖女の力を扱うための魔導具だよ」
「…………!」
実はファティアも、魔導具店に行って母の形見に見た目が似ているペンダントを見たとき、少し思うところはあった。
ただ、魔導具はそれなりに高価なものだ。一般人では簡単に手が出せる金額ではなく、ましてや女手一つでファティアを育てていたファティアの母──ケイナーが魔導具を持っているなんて有り得ないだろう、ファティアは深く考えることはなかったのだ。
「もう一度確認するけど、ファティアは貴族に引き取られてからも数日は聖女の力が使えてたんだよね」
「は、はい」
「──つまり、孤児院という場所でだけ特別に発動する魔法じゃない。じゃあ、どうして聖女の力が発動しなくなったのか。そして、ファティアには劣るとはいえ、どうしてロレッタが代わりに聖女の力を使えるようになったのか。……ペンダント──魔導具を奪われたからだと思う」
「……………まさか……魔導具だなんて……」
いきなり魔力が練られなくなったことしかり。ロレッタが聖女の力を発動したことしかり。
──全ては、母の形見であるペンダントを奪われたことが原因なのではと考えると、辻褄は合う。
ライオネルは魔導具の性能はかなり熟知しているが、なんせ聖女に関することだ。
「特異な性能を持っていてもおかしくない」とポツリと呟いてから、自身に仮説を口にする。
「今から言うのはすべて仮説だけど──お母さんの形見には、魔力を吸収する能力があるんじゃないかな。それも、ファティアの溢れ出す膨大な魔力をすべて吸収出来るくらい、能力に長けてる」
「……! なるほど……! だから私は突然魔力を練られなくなって、聖女の力が使えなくなった、と」
「うん。まずそれが一つ。──それともう一つは」
聖女が何たるかを知らなかったファティアには、今から言うライオネルの仮説はちっとも頭に浮かばなかった。
そもそも自身が聖女の力を使えなくなったことと、ロレッタが聖女の力を使えるようになったことと、母の形見を奪われたことは全て、別物だと考えていたのだから当然だが。
「ロレッタは水や火の魔法は使えないんだよね?」
「はい、そのはずです」
「……だとするとロレッタはもしかしたら、魔力を練ることだけは元々出来たのかもしれない。魔法には変換出来なかったか、もしくは魔力量が少なすぎて、魔力を練るのは簡単だけど魔法という形にはならなかったか」
「……あ! 一度、使用人たちの噂話を聞いたことがあります! ロレッタは過去に魔術師の国家試験を受けて……あまりにも魔力が少ないことが理由で落ちたと」
「……まあ、いくら魔力を練られても、魔法にならないほどの微量な魔力なら、なれないだろうね」
魔力が練られるだけで自身を特別だと思い込み、魔術師の国家試験を受けるものは多い。
その殆どが落とされるのだが、ロレッタもその一人だったのだろう。
「けれど、どうしてそんなことを? 魔力を練られることがどう関係───って、あ……!」
「うん。多分そういうことだよ。──吸収された聖女の力、つまりファティア特有の魔力が込められた母の形見をロレッタが着けた状態で魔力を練り上げたから、少しだけ聖女の力が発動したんだと思う」
だからロレッタの聖女の力は、ファティアと比べて劣るのだろう。
いくら聖女の魔力が魔導具越しにあったとしても、それは借り物だ。少量の魔力を練ることができる程度のロレッタに、扱い切れるはずもなく、魔導具に吸収されたファティアの魔力量には限りがある。
「ねぇ、ファティア。もう一度言うね。俺も協力するから、奪われた大切なもの、取り返そう」
ファティアはゆっくりと俯いて、ライオネルに見られないように顔を隠す。
ただの仮説だけれど、ライオネルの話には説得力があった。
どうしてケイナーが魔導具を持っていたのかは分からないけれど、おおよそライオネルの仮説があっているのだろう。根拠はないが、ファティアはそう思えてならなかったのだ。
「……あのペンダントが、あったらまた聖女の力が……」
「……うん」
つまり、魔導具を返してもらえば、ファティアはまた聖女の力が扱える。
ロレッタや両親に馬鹿にされることはなく、どころか国中から敬われるのだろうか。王宮に部屋をもらって、聖女様、だなんて呼ばれて、必要とされるのだろうか。──けれど。
「そう、したら……やっと」
──ファティアには、そんなこと、どうでも良かった。
ファティアはただ、大切なものが返ってきてくれればそれで良かったし、地位や名誉も必要なかった。
生活だって、ライオネルとの今の生活が、ファティアにとって幸せでたまらないもので。──そして、何より。
ファティアが聖女の力を取り戻したいと思ったのは、ライオネルの『呪い』の痛みを癒やし、そして叶うならば、『呪い』を浄化したかったからだ。
「……治癒魔法や浄化魔法が使えたら……っ、やっと、ライオネルさんを『呪い』から救い出すことが出来ます……!」
「…………!」
「わ、たし、ペンダントを取り返し、たいです……! 聖女の力で、ライオネルさんを、助けた──」
これが、ファティアのもう一つの本心だった。
ぽたぽたと、雫がファティアの太腿を濡らす。
大粒の涙を流しながらそう言うファティアに、ライオネルは堪らず、力強く抱き締めた。




