『元聖女』は『元天才魔術師』に打ち明ける 2
力強く抱き締めてくれているライオネルの腕が、ピクリと動く。
その動揺を感じ取ったファティアは、少しだけ言うのを躊躇したのだが。
「……うん。続けて」
「は、はい」
頭上から聞こえるライオネルの声には、それほど普段との違いは感じられない。
家でのこと、ロレッタのことは誰が聞いても気持ちの良い話ではないことを理解しているファティアが、どこまで話そうかと悩んでいると、ライオネルが察したように口を開く。
「言い辛いこともあるかもしれないけど、全部教えて。もう今日で隠し事は無しだよ」
「気分が悪くなるかもしれませんが……」
「……じゃあ、ずっとこうしてファティアを抱き締めてる。そしたら中和されるから」
「中和」
(何がどうして中和されるんだろう?)
理解が及ばなかったファティアだったが、ライオネルの声色が満足さを含んでいるので、それを口に出すことはなかった。
しかし、それからファティアが詳細を話すことはなかった。
というのも、言うのを躊躇をしたからではなく、頭上から聞き覚えのある呻き声が聞こえたからだった。
「ライオネルさん……っ、もしかして……!」
「……っ、まっ、たく、タイミングがわる、い……」
先の戦闘で魔法を使ったため、『呪い』が発動したのだ。
すぐさま状況を理解したファティアは、ライオネルにベッドまで歩けるかを問いかける。
(……あれ? 待って……そもそも今日のライオネルさんの魔法、以前見せてくれたものよりも段違いに強力だった……呪いの影響で魔力量も減少しているはず……って、そんなこと、今はどうでも良い……!)
疑問をよそにやり、コクリと頷いたライオネルの肩を支えながら、ファティアはゆっくりと歩く。
かなり体重をかけられているので大変ではあったが、やっとの思いで窓際のベッドまで到着したので、あとはライオネルがベッドに横になるだけだった、というのに。
「──えっ」
気が付けば、ひんやりとしたベッドシーツが頬に触れる。
ライオネルはファティアごと、ごろんと横になったのだった。
「ら、ライオネルさん……!? あの……!」
「我が儘、言っても……っ、いい?」
「それはもちろんなんですけど……! この状況は流石に……!?」
それなりに広いベッドだ。隣で横になるだけならば、まだ良かった。
しかし今の状況は、ライオネルに包み込まれるように抱きしめられる形で、ベッドに沈んでいるのだ。
ライオネルに好意を抱いているファティアからしてみれば、いくらなんでもこの体勢や状況はいただけなかった。胸が痛いくらいに、脈を打つから。
しかしそんなファティアの事情を知ってか知らずか、ライオネルは苦痛に僅かに顔を歪めながら、抱き締めている腕を少し緩めて、視線を落とす。
ファティアが顔を上げて視線が絡み合ったのを互いに自覚した瞬間、ライオネルの少し垂れた優しい瞳がスッと細められた。
「お願い。……今は、このまま、っ、抱き締めていたい」
「そそそそそ、そ、れは……っ」
「だめ……?」
「……っ!?」
痛みで声が弱々しいことも相まって、懇願するように囁くライオネルに、ファティアの胸はキュンと音を立てると同時に、恥ずかしさも覚える。
(こ、こら私の馬鹿……! キュンッてしてる場合じゃない……!)
ライオネルの呪いが発動したのは、魔法を発動したため──つまり、ファティアを助けたためだ。
ライオネルが今苦しんでいるのは、自分を助けるためだったのだから何でもしなければと、ファティアは改めて覚悟を決める。
キュンももちろんだが、恥ずかしいなんて、今は言っている場合ではない。
「だめ、じゃないです……! これでライオネルさんの痛みが少しでも楽になるのなら──私を好きにしてください」
「……。最後の台詞だけ、聞いたら……ぐっ、……凄い殺し文句、だ」
そう言ったライオネルは熱っぽい眼差しでファティアをじぃっと見つめてから、再び自身の胸元にファティアの顔が来るように抱き締めた。
ファティアは少しでも楽になればと、片手をライオネルの背中に回してすりすりと何度も擦ったのだった。
◆◆◆
ライオネルは呪いが治まると、痛みから解放された反動か、いつも眠ってしまう。
例に漏れず今回も眠りについたライオネルの規則正しい寝息に安堵し、ファティアがつられるように眠ったのは、大体二時間ほど前のことだったか。
先に目を覚ましていたライオネルに、抱き締められたまま「おはよう」と優しく微笑まれたファティアは、穴があったら入りたいと、人生で初めて思った。ライオネルよりも眠りこけていたこともしかり、寝顔を見られていたこともしかり。
「ファティアの寝顔もう少し見ていたかったのに、残念」と、いつもより楽しそうに話すライオネルに対して、もごもごと声にならない声を上げたファティアは、すぐさまライオネルから距離を取る。
思いの外簡単に腕から抜け出せたファティアは「お腹空いてますよね!? 空いてます……!」と、動揺から大声で自問自答すると、急いでキッチンへと向かったのだった。
「──今日も美味しかった。いつもありがとう、ファティア」
色とりどりの料理が乗っていた皿は、今や真っ白になっている。
ファティアは幸せそうに微笑むライオネルにつられて微笑むのだが、ハッとして眉尻を下げた。
「いえ……むしろご馳走を作ると言ったのに眠りこけていたせいで簡単なものしか作れず、申し訳ないです」
「……何で謝るの? ファティアが作ってくれたものは俺からしてみれば全部ご馳走だし、俺の我儘に付き合ってくれてたんだから謝る必要は──」
「かかかかっ、片付けをしますね……!」
『我儘』とは、ベッドの上で抱き合ったことだ。食事を摂ることで少し忘れていたが、その単語で羞恥心がぶり返したファティアは、急いで皿を洗い始める。
ライオネルが「それくらい俺が」と言って代わろうとしてくれるが、今日ばかりは譲れなかった。
そして、時間はそろそろ眠りについてもおかしくない頃。
片付けや風呂を終えたファティアとライオネルは、ハーブティーを片手にソファへと腰を下ろした。
「美味しい」と小さな声で口にしたライオネルは、いくら日中に眠ってしまったとはいえ、あまり夜更かしするのは良くないだろうと、口火を切った。
「──それで、ファティア。……話の続き、してもらってもいい?」
「は、はい。……もちろんです。…………聞くのが嫌になったら、直ぐに言ってくださいね」
あまりにも真剣な瞳を向けてそういうファティアに、ライオネルは迷わずに「うん」と頷く。
そうして、ポツポツとザヤード家にいた頃の話を始めたファティアに、ライオネルは軽率に「うん」と頷いたことに後悔した。
ファティアが受けてきた無慈悲な扱いに、身体にある傷の正体に、ペンダントを奪われた事実に、他領まで一人で歩き続けた理由に、今日の騒ぎの真相に、騒ぎのときに感じた以上の怒りが込み上げてきたからだった。




