『元聖女』はトラブルに立ち向かう 3
背後から聞こえるライオネルの声に、ロレッタとレオン、騎士たちが慌てて振り向く。
ロレッタはライオネルの顔を今まで見たことがなく、騎士たちはフードを被っていることもあってか、誰だか分かっていないようだった。
ただ、レオンだけは違った。
「どうして……貴様が……ここに──」
驚きだけじゃない。まるで蛇に睨まれた蛙のように、レオンの瞳は怯えを孕み、唇をカタカタとさせる。
目に見えておかしな様子のレオンに、あの、と声をかけたのはロレッタだった。
「レオン様……? この方はいったい……?」
「う、煩い……! 今はそんなことどうでも良い! お前たち、そこの男も捕らえよ!! 王太子である私の命である!」
「ハッ!」
レオンの指示により、騎士の半分がライオネルに向かっていく。
ライオネルは向かってくる騎士たちを冷たい瞳で視界に捉えた。
「ファティアを傷付けようとしたんだから──手足の一本や二本は失う覚悟出来てるんだよね」
そう、低い声で言い放ったライオネルの手から、つららのような鋭利な形をした水の刃が現れる。水魔法を圧縮し、形を変えたものだ。
ライオネルはそれを風魔法で自由自在に動かし、そして。
「……!? うわぁぁぁあ!!」
それは、ライオネルに向かってくる者たちはもちろん、未だファティアと少年の前にいる騎士たちにも襲いかかった。
ライオネルは緻密な魔法のコントロールにも長けているので、ピンポイントで騎士たちの手足を狙い、動きを奪っていく。
そんなライオネルの姿を見たレオンは、自衛するために持っていた剣を、カチャン、と地面に落とした。
ライオネルは一瞬ファティアに視線を向けてから、座り込む騎士たちやレオンとロレッタたちに氷のような瞳を向け、そして。
──おもむろに右手を上に突き出した瞬間、その場にいる全員がつられるように目線を上に向け、その光景に、息を呑んだ。
先程までと比べられない程の無数のつららのような水の刃が、空中に浮かんでいたから。それはライオネルの魔力が、半分程度まで回復したからこそなせる技だった。
「どうして……そんなに強力な魔法を使えるんだ……のろ──」
「きゃぁぁあ……!!」
まるで太陽を覆い隠くしてしまうほどのそれに、死を意識して金切り声をあげたロレッタに、レオンの声は掻き消される。
同時にレオンは膝からカクンと崩れ落ち、騎士たちは絶望的な状況に顔が真っ青だ。
ファティアに抱き締められている少年だけが現状を理解しておらず、ファティアは小さな声で「大丈夫だからね」と何度も安心させるように囁いてから、不安混じりの目でライオネルを見つめた。
これだけ優位な状態でも、ライオネルの瞳から怒りが消えることはない。
ライオネルは「ねぇ」と、普段ファティアが聞くことがないような声でその場にいるレオンたちを追い詰めていく。
「選んで。ここで俺やファティアに出会ったことは他言しないと誓って、さっさと逃げるか。──死ぬか」
「……っ、おいお前たち……! さっさと立て……っ! 行くぞ……!!」
「は、はいぃ…………!!」
まさに脱兎の如く。レオンはロレッタに見向きもせずに一目散に逃げ出す。
その後に手足を怪我した騎士たちがボロボロの姿で後を追いかけていき、ライオネルの目の前には、未だ信じられないというような目をしているロレッタだけがポツリと残った。
恐怖と、置いて行かれた事実にカァっと恥を頬に浮かべたロレッタは、悔しそうに奥歯を噛み締める。
「……レオン様っ、お待ち下さい……っ!! ……っ、ファティア!! 覚えてなさいよ……!!!!」
レオンやロレッタたちが立ち去ってからは早かった。
騒ぎを聞きつけた少年の母親が現れたので引き渡すと、何やら微妙な顔をして去って行った。もうこれ以上トラブルに巻き込まれたくないという思いが強かったのだろう。
少年だけは別れ際、「お姉ちゃん助けてくれてありがとう!」と言ってくれたので、ファティアは救われたような気がした。
──そして現在。
ライオネルと急いでその場を立ち去り、自宅へと戻ったファティアは、違う意味で窮地に陥っていた。
「あの、ライオネルさん」
「………………」
「その、ローブ脱がないんですか……?」
「………………」
それはリビングに入った瞬間だった。
ガチャン、と扉を閉めたライオネルは、自身の胸にファティアの顔を押し付けるようにして強く抱き締めたのである。
突然のことに、咄嗟には理解できなかったファティアだったが、頭上に聞こえるライオネルの息遣いや、外にいて冷えた体のはずが、ライオネルとくっついている部分だけじんわりと温かくなっていくことに、少しずつ理解できていった。
(ライオネルさん、多分物凄く心配してくれたんだよね…………)
あそこまで怒っているライオネルを初めて見たファティアは、ライオネルの心情を察することができた。
自惚れていると思われても致し方ないけれど、ライオネルはそういう男だ。例えそこに恋情は存在せずとも、弟子が危ない目にあっていたら怒り、心配するのがライオネルなのだ。
「お外寒かったですし、温かい飲み物を入れましょうか……? あ、お腹が空いたなら軽食を直ぐに作りますから…………」
「………………」
「ら、ライオネルさん、あの、ご迷惑をおかけして、すみませんでした。呪いがいつ発動するか分かりませんから、軽くお食事を──」
「ファティア」
真に迫るような声だ。自身の名前を呼ばれただけなのに、ファティアの心臓はドクリと音を立てる。
遠回しに解放するよう伝えても、だんまりを決め込んでいたライオネルが一体何を言うのか、ファティアは黙って耳を傾けた。
「心配、した。ファティアが囲まれているのを見て、息が止まるかと思った」
「…………っ」
いつもより弱々しい声に、耳元にかかる熱い息。背中に回された腕が小刻みに震えている。
ファティアの想像を遥かに超えるほどに心配していたライオネルの腕には、より一層力が入った。
「……っ、ごめ、……なさい」
「ファティアが無事で……ほんとに良かった」
これほどまでに人に心配されたのはいつぶりだろう。間違いなく、母が亡くなってからはなかったはずだ。
ファティアは、母が亡くなってからの人生を思い返し、そしてライオネルとの出会いに感謝せずにはいられなかった。
そのまま、しばらくの間ライオネルに抱きしめられ、ファティアの体感では十分くらい経過したときだっただろうか。
ゆっくりとライオネルが腕を解くと、ファティアはようやくライオネルの表情を視界に捉え、ゴクリと息を呑んだ。
「ファティア……」
(どうして……そんな目で見るの……期待、してしまう……)
慈愛に満ちた母の眼差しに少し似ているが、それよりもジジジ……と静かに燃えるように熱い瞳に、ファティアは堪らず顔を背けた。
けれどライオネルが伸ばした両手がファティアの両頬を包み込み、優しく正面を向けられる。
ライオネルの熱っぽい視線は、どんどんと温度を上げていく。
「言いたいことがあるんだ。俺はファティアのこと──」
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