『元聖女』はトラブルに立ち向かう 2
「何よその顔……服も……髪も……全部……! まるで、別人じゃない……!」
美しくなったファティアの姿に、ロレッタは分かりやすく狼狽する。
ファティアにはそれほど自覚はないし、そもそも今は見た目なんかどうでも良いからと何も答えずにいると、ロレッタの斜め後ろからずいと現れたのは、一般人に紛れるような装いに身を包んでいたとしても、高貴なオーラを隠しきれていない男性だった。
「ロレッタ、こちらの女性は?」
「レオン様……この者は……」
(この人がレオン・メルキア……! この国の王太子で、ライオネルさんに呪いを呪詛魔導具を送ったかもしれない人……!)
ロレッタの装いもそれほど華美なものではないことから、おそらく二人はお忍びで王都にやって来たのだろう。
何でこんなタイミングで会うのか、とファティアは不安に駆られながらも、手を繋いだ先にいる少年に不安が伝播しないよう、気丈に振る舞う。
ロレッタの首元にある赤い石の付いたペンダントを見ると胸がきゅっと締め付けられるが、この状況で取り返そうなどと考えるほどファティアは考えなしではない。
今はただ、自身と少年の身の安全を最優先に考え、適当に挨拶をしてさっさとこの場を後にしようと思っていたのだが。
「この者は、昔ザヤード邸で雇っていた使用人なのですわ……! 貧しい家の出身だからか、私の大切な物をいくつも盗んでいったのです……! レオン様、どうかこの者を捕まえてください……!」
「……なっ」
(酷い……! なんてデタラメを……! 私の大切なもの奪っていったのは貴方なのに……!)
久しく怒りが込み上げてくる中で、ファティアは初めてレオンと目線が絡み合う。
(まるで、なんとも思ってない無感情の瞳……)
ライオネルに向けられる柔らかい瞳でも、ロレッタに向けられる嘲るような瞳でも、母が向けてくれていた慈しむような瞳でも、どれでもない。
これで怒りでもぶつけられるのならば、婚約者であるロレッタの言葉を真に受けているのだろうと考えることもできたが、レオンの瞳は本当に無だ。
そこら辺の石ころを見るのと変わらないその瞳に、ファティアは背筋がゾッと粟立った。
「我が婚約者を傷付けたとあれば野放しには出来んな。お前たち、この者を捕らえよ」
「……! お待ち下さい……っ! 私の話を──」
しかしファティアの言葉が届くことはなく、レオンの指示により護衛騎士がファティアと少年を路地の奥に追いやると、瞬く間に包囲した。
その瞬間ニヤリと笑みを浮かべたロレッタの顔が、ファティアの瞳にこれでもかと映った。
(そんなに私を苦しめたいの……! それとも『元聖女』とはいえ、聖女の力が使えた私が邪魔なのかも……!)
ロレッタがレオンの婚約者となったのは聖女だからという一点のみの理由だ。
そこでファティアが過去に聖女の力が使えましたと言えば、レオンの興味の一部がファティアに移るかもと考えるのは想像に容易い。
ロレッタはそれを危惧したのだろう。適当な罪でファティアを罪人にし、牢屋に投獄し『元聖女』の存在が日の目を見ないようにしようと考えたのである。
(とりあえず何でも良い……! だけどここで捕まりたくない……! だって私は何も悪いことをしていないもの……! それに──)
ファティアは護衛騎士たちが距離を詰めて来る中、怯える少年の手をギュッと力強く握り締めた。
「お待ち下さい……! この少年は私と何にも関係ありません! この子に剣を向けるのはおやめください……!」
こんなに幼い子供が剣を向けられるなんて、一生のトラウマものだ。
それにロレッタが捕らえたいのは私だけだろうと、ファティアがそう声を荒げるのだが。
「レオン様……! その女は嘘つきなのです! その子供はその女の子で、悪事に加担していますわ! 一緒に捕らえてください……!」
「何を……っ、何を言ってるの……!?」
ファティアは未婚で、もちろん子供を産んだことはない。
そんなことはロレッタだって知っているはずなのに、当たり前のように有りもしない嘘をつくその姿はまるで──。
(悪魔だ……この女は、悪魔なんだ……っ)
母の形見を奪ったのだって、ファティアを苦しませるためだった。苦しむ姿を見て、面白がりたいだけだった。
今だってきっとそう。少年も捕らえれば、ファティアがより苦しむだろうと思ってのことなのだろう。
「───るせない」
「お姉ちゃん……?」
「ごめんね……? 変なことに巻き込んで……怖いかもしれないけれど、お姉ちゃんの近くから離れないでね」
ブチン、とファティアの心の中で、何かが切れた音がした。
「──もう、許せない……!!」
「は? ファティアのくせに偉そうに──!?」
表情を歪めたロレッタの言葉を遮ったのは、ファティアたちの目の前にゴゴゴォ! と音を立てて現れた土の壁だった。
それはファティアの腰辺りの高さにまでなると、少年の大半を覆い隠す。
今のファティアの魔法技術ではこの高さが限界だったが、少なくとも少年のことはこれで少しくらいは守れるだろう。
(いつもの癖で、今日も魔導具で魔力を吸収しておいて良かった……!)
「ちょっとあんたたち! 早くその二人を捕らえなさいよ……!!」
「「ハッ!!」」
魔術師の数はそれほど多くない。魔術師以外で、ここまで魔法を使える者なんてそうそう居ない。
騎士たちはそれが分かっているので一瞬狼狽えるが、ロレッタの指示を受けて剣を構えて距離を詰めた。
ファティアの上半身は、がら空きだったからである。
「……っ」
基本的に魔力属性は一人に一つだ。今まで例外はライオネルだけだった。
だから騎士たちは、ファティアのことを土属性の魔法を使うのだと思い込み、そこだけ気をつければ良いと思っていたのだが。
──次の瞬間、ファティアの手から放たれる火魔法に、騎士たちは足を止めた。
「……来ないで……! 怪我しますよ……!」
「うわぁぁぁ!!」
ファティアは騎士たちを傷付けるつもりはないが、捕らえられる気はさらさらない。
火魔法を使って騎士たちを怯ませると、ファティアは同時に風魔法も発動させて火の威力を高める。
すると騎士たちはゆっくりと後退り、ファティアたちから距離を取った。
(これならいけるわ……! これなら──っ、まずい!)
儚くも、ファティアの魔法の威力が少しずつ弱くなっていく。
原因は、魔力吸収をしてから時間が経ってしまったからだ。ファティアの魔力が魔力吸収する前の状態にまで戻り、魔力が練られなくなってしまっていた。
「おい! 今がチャンスだ! 捕らえろ……っ!!」
「っ、待って……! この子は……!」
──絶対に、この少年だけは守らなければ。
ファティアはそう思って、完全に魔法が使えなくなった無防備の状態で、少年を抱き締めた。
「お姉ちゃん……っ、怖いよぉ……っ」
「……っ、ごめん、ごめんね……っ」
捕らえられたら、どうなってしまうのだろう。調べればファティアと少年に繋がりはないことが分かるから、無傷で返してもらえるだろうか。
けれど、心にも大きな傷ができてしまうだろう。
ファティアは少年に対する申し訳無さで胸が苦しくなると同時に、ぱっと頭に浮かんだのはライオネルだった。
「ライオネル、さん……」
もう、二度と会えなくなるのか。魔法の修行に付き合ってもらうことも、一緒にご飯を食べることも、手を繋ぐことも、出来なくなってしまうのか。
けれど、何よりも。
──せめて、ライオネルの呪いを解いてあげたかった。
ファティアは自身の無力さを恨み、少年を抱き締める手が震える。
もう会えなくなる前に、愛おしいその人の名を、呼んだ。
その時だった。
「ライオネルさん…………っ」
「お前ら──何やってるの」
初めて出会ったとき──男たちから助けてくれたときとは全く違う、殺気に満ちた表情のライオネルが、そこに立っていた。
読了ありがとうございました。
少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価【★★★★★】でぜひ応援お願いします。感想もお待ちしております。執筆の励みになります……!
↓同作者の別作品(書籍化決定含む)がありますので、良ければそちらもよろしくお願いいたします!




