『元天才魔術師』は気付かされる 1
魔導具を使用しての修行を始めてから、早くも一ヶ月が経った。
ファティアの魔法は日に日に成長し、最近では室外で修行することが多くなっている。
以前よりも魔法の威力が上がった弊害で、室内では事足らなくなってしまったからだった。
「ファティア、寒くなってきたしそろそろ家に入ろうか」
季節は冬になり、時折雪が降っている。つい先日街に買い物へ行ったときにライオネルが買ってくれたコートを着たファティアは、ライオネルのあとに続いて家へと入った。
本当はもう少し修行をしたかったが、風邪を引いては元も子もない。
「なんか少し寂しいな」
「え? 寂しい、ですか?」
今日作ったポトフを食べながら、ライオネルがボソリと呟いた言葉にファティアはスプーンを止める。
食事中に食事の感想以外を言うライオネルなんて、今までほとんど見たことはなかった。
「うん。ファティアが成長するのは自分のことのように嬉しいけど、最近ファティアから触れてくれないし」
「触れてくれないし、って。…………!?」
おそらくライオネルが言うそれは、呪いが発動したときに手を握る行為のことだろう。
魔導具を使用してから呪いが発動していないので、ファティアからライオネルの手を握ったことは、ここ一ヶ月はなかった。
(そんなふうに言われたら、まるで触って欲しいみたいじゃない……っ)
ライオネルは何の気無しに言っているのだろうが、期待してしまう自分が憎い。
ファティアは顔だけでなく耳まで真っ赤に染めたまま、ライオネルにやや鋭い目線を向けた。
「他の人にそういうこと言うと、勘違いされますよ……!」
「ファティア以外に言わないよ。それに俺は思ったこと言っただけ」
「っ……! ごちそうさまでした!!」
「あ、逃げた」
急いで食べ終えたファティアは、皿を持ってキッチンへと逃げる。
言葉だけなら、まだはいはいと聞き流すことができた。
けれど瞳に──ライオネルの愛おしいものを見るような瞳に、ファティアは耐えられなかった。
(だめ……この人は師匠……家主……天才魔術師……私が対等に好意を持つような人じゃない……)
ファティアはそう自分に言い聞かせながら、キッチンのシンクで手早く手を動かす。
テーブルから、未だ熱を帯びた視線が向けられている気がしたけれど、気が付かないふりをした。
◆◆◆
昼食のあとは、いつもと変わらないライオネルに、ファティアもできるだけ平常心で過ごした。
毎日修行をするようになったので、その分ゆっくりするのもファティアの仕事の一つだと言われ、今はソファに座って読書をしている。隣には同じく読書をするライオネルだ。
幼少期に母から教えてもらったおかげで字の読み書きに困らないのは、こういうところでも有り難かった。
「ライオネルさん、最近読書に夢中であまり寝れてないですよね? 睡眠不足は身体にあまり良くないですから、お昼寝してはどうですか?」
距離が近いからか、今朝のことを思い出してか、読書をしてもあまり頭に入ってこないファティアは、おもむろにライオネルにそう尋ねる。
ライオネルは本からファティアへそろりと視線を移すと、ニコ、と柔らかな笑みを浮かべた。
「ファティアも一緒に寝る?」
「!? ねっ、ねねねねね! 寝ません……!」
「そっか。残念」
返答が分かっていたくせに、残念だなんて言うライオネルに、ファティアは本を閉じる。
心臓を落ち着かせるために紅茶でも入れようかと立ち上がると、呼び鈴がチリン、と鳴ったので、ファティアはちら、とライオネルに視線を寄せた。
「ハインリさん、ですよね?」
「だろうね。せっかくゆっくりしてたのにうるさいのが来た」
残念そうな顔をするライオネルだったが、以前に転移魔法で魔導具を送ってくれたことに対してお礼くらいは言わなければと、渋々出迎える。
ファティアも軽く挨拶を交わすと、紅茶を三人分用意してから席についた。
「お久しぶりです、お二人共。……何だかファティアは健康的になりましたね」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「ライオネルは……何だか寝不足ですか?」
「…………。で、なんの用事できたの? あ、魔導具の件はありがとう。助かった。で、なんの用事? 早く言って早く帰って」
「どれだけ私を早く帰したいんですか!!!」
「ふふっ」
二人のやり取りを見ると、ついつい笑ってしまう。
ひとしきり笑い終えると、ハインリが「少し大事な話が──」と切り出したので、ファティアは急いで紅茶を飲み干すと、慌てて席を立った。
「私は外で修行をしていますので、お二人でゆっくり話してください!」
「え、ファティア──」
「では! 厚着しますのでご心配なく!」
前回は何だかんだほとんどの話を聞いてしまったファティアだったが、よくよく考えればライオネルとハインリはこの国においてかなり重要な人物だ。
赤の他人がその話を聞くのはどうかと思っての、ファティアの行動だった。
「行ってしまいましたね……私としてはどちらでも構わなかったのですが」
「──まあ、もしファティアと共有したほうが良い話があるなら俺が後で話すから良いよ。修行は今日頑張り過ぎだから明日は無理にでも休ませるし。……で、話って?」
お茶と一緒に出してくれたファティア手作りのクッキーを一枚口に入れたライオネルは、もぐもぐとしながら窓の外に視線を移す。
今は土魔法を修行しているようで、腰辺りまでの土壁は出せているようだ。
「彼女──もうあそこまで魔法が使えるようになったのですか!?」
ライオネルがあまりにも真剣に窓の外を見るものだから、ハインリもつられて視線を移すが、あまりにも早い上達に声が大きくなってしまう。
ライオネルが視線で煩いよ、と訴えてくるのでハインリは咳払いをして落ち着くと、再びファティアへと視線を戻した。
「普通、魔力を練れても魔法に変換するのに半年はかかりますよ……それなのに……」
「そうだね。魔法に変換するだけなら一ヶ月もかかってない。優秀」
「…………ライオネルは確か二日でしたか」
「そうだっけ。よく覚えてるね、そんなこと」
「そんなことではありません!」と再び大声を上げるハインリに、ライオネルは面倒くさそうな視線を送った。
「ほんっとに、昔から声大きいんだよ」
「すみません……」
「……それで、話ってもしかして、王太子殿下の婚約披露パーティーのことだったりする?」
「……! もう耳に入ってましたか!」
流石はライオネル! と何故か持ち上げられるが、実際は街に行ったときに偶然耳にしただけだ。
褒められることではなかったけれど、何を言ってもハインリは煩いだろうと、ライオネルは口を噤んだ。
「実はロレッタ嬢が、そのパーティーで聖女の力を大々的に示すという話が貴族たちの間でもちきりなのです」
平民にはレオンの婚約者が(自称)聖女であることは伝わっていなかったが、流石に貴族たちは耳が早い。
レオンを支持する貴族が多く呼ばれる中で、その婚約者であるロレッタが聖女の力を示せば、レオンの次期国王の座は確固たるものになるのは間違いないだろうが、ライオネルとハインリはそれを良しとは思っていなかった。
そもそも、メルキア王国では基本的に王族だろうと貴族だろうと、男子の出生の順で全てが決まる。
次期国王も然りだ。しかし、第一魔術師団は第二王子であるアシェルを次期国王に推している。
他にも第二騎士団、大臣の三分の一は、アシェルを次期国王にと推しているのが現状だ。
「アシェル殿下は聡明なお方です。民のことを一番に考え、今でも身を粉にして働いていらっしゃる。しかし、レオン殿下は──」
ハインリが言わんとしていることが嫌というほど分かるライオネルは、ハァと乾いたため息を零した。
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