『現聖女』は弱体化を目の当たりにする
ロレッタは現在、メルキア王国王太子であるレオンの婚約者として王宮内のロレッタ専用の部屋にいた。
本来ならば婚姻を結ぶまでは客間や応接間に通されるのだが、レオンの寵愛からか、既に王宮内にロレッタの部屋が準備され、ロレッタもそこに何食わぬ顔でふんぞり返っている、というのがここ数週間のことである。
「聖女様、いかがされました……?」
突然、息を乱して大声を上げたロレッタに、侍女の一人が声を掛ける。
するとロレッタは肩を上下させながら振り返り、目をこれでもかと吊り上げて大きく口を開いた。
「うるっさいわよ!! あんたはこの女を連れてさっさと部屋を出ていきなさい!」
「……ヒッ。か、かしこまりました」
命令された侍女は言いつけどおり、ロレッタの前で跪き、先程擦りむいた左手を出していた同僚の手を取ると、そそくさと部屋を出ていく。
擦りむいていた腕を治癒してもらった侍女と、治癒魔法を使っている様を部屋の隅から眺めていた侍女は、腕が治癒されている様を見て、ロレッタが何に対して怒っているのか分からなかった。
──パタン、と扉が閉まり、ロレッタはふらふらとソファになだれ込む。
肘置きに片手と頭を乗せるような形にして寝転ぶと、ぶらんと足を投げ出した。
「まずいわ……どんどん治癒するのに時間がかかるようになってる。……っ、どうして……!!」
遡ること数週間前。
ファティアを追い出す少し前に、ロレッタはレオンから婚約の申し出があった。
というのも、父と共に何度も何度も王宮へ通い、聖女の力は本物だと証明したからこそだ。
ロレッタはようやく聖女として認められ、そして次期王妃という、貴族令嬢なら喉から手が出るような立場を得ることが出来た。
それからはレオンから愛の言葉を囁かれる日々。婚約者という立場ながら部屋を用意してもらい、ドレスや宝石だって好きなものを買って良いという。
ただ、その見返りとして定期的にレオンが連れてきた人物の治癒をすること、聖女の力がより強くなるよう訓練に励むこと──この二点だけは口酸っぱく言われ、ロレッタはもちろんですわ、と快諾した。
──しかし今、ロレッタは窮地に立たされている。
「このままじゃ──」
「ロレッタ? 侍女が慌てて出て行ったがどうかしたか」
「!? レオン様……!!」
どうやらノックの音に気が付かなかったらしい。
近衛を部屋の外で待機させ、一人で入ってきたレオンの姿に、ロレッタは慌てて起き上がった。
そんなロレッタの隣にレオンはゆっくりと腰を下ろすと、手慣れたようにロレッタの肩に腕を回した。
「──それで、何かあったのか?」
「い、いえ! 聖女の力の訓練をしてましたの。それで少し疲れてしまったので、気を使って出て行ってくれたのだと思いますわ」
「そうか。それほどまで励んでいたなんて、私の聖女はなんて健気で頑張り屋なんだ!」
満面の笑みを向けるレオンに、ロレッタの乾いた笑みが溢れる。
(言えない……聖女の力が、弱まってきてるなんて……)
ロレッタの聖女の力は元々、ファティアに比べて弱いものだった。
擦り傷や打撲は治せても時間はかかるし、骨折や内臓の病気には治癒の効果は発揮しなかった。というよりは、治癒の力が足りないと言ったほうが正しいかもしれない。
それでも、治癒魔法は聖女にしか使えないので、ロレッタは聖女として認められたし、結果的に聖女だからレオンの婚約者となった。
しかしそれは今後、聖女の力がより強力になるという前提の話だったのだ。
会うたびに『本来の聖女の力はこんなものではないだろう? 早く本当の力を見たいな』と言われ、ロレッタは分かりやすく焦っていた。
「で、訓練の成果はどうだ? そろそろ大きな怪我や病気にも効果が出そうか?」
「え、ええ! もちろん! 最近めきめき力が強くなっていて! 自分でもびっくりしてますの」
「ほお。それは楽しみだな。ということは、やはり、以前の大臣の子息の件は調子が悪かっただけなのだな?」
ロレッタは未来の王太子妃という地位を確固たるものにするべく、最近はレオンに自身の能力は成長していると嘘の報告をしていた。
しかしそんなとき、訓練ともう一つ、見返りとしてレオンが連れてきた人物を治癒することという仕事が舞い込んだことがあった。
レオンが連れてきたのは大臣の子息であり、内臓に病気を患っていた。ロレッタには、到底治せないような症状だった。
『今日は調子が悪くて……』とその日は上手く躱したが、何度も続けては不審がられてしまう。
だからロレッタは今日、侍女の一人が擦り傷を負っていたので、レオンがいない状況で治癒魔法を使ってみたのだが。
──間違いなく、初めて治癒魔法が使えるようになった日よりも、治癒に時間がかかるようになっていたのだ。
何となく感じていたが、聖女の力が少しずつ弱くなっているのは間違いなかった。
「は、はい! もちろんですわ! けれどその、大きな力は体力を使いますので、しばらくはお休みをいただきたいですわ」
「そうだな。休養は大事だ。……よし、私たちの婚約披露パーティーまではゆっくり休むと良い。それと、今度息抜きに街へ出かけようか」
「ありがとうございます、レオン様!! 楽しみですわっ!」
(これでしばらくはバレずにいられるわ……この間に原因を突き止めなきゃ……力を使わず休んでれば、戻る可能性だって……もしかしたら、急に効果が高くなるなんてこともあるかも!! きっとそうに違いないわ……!!)
根拠は一切ないけれど、ロレッタはそう信じて疑わなかった。
ファティアは今、聖女の力が使えない。使えるのはロレッタ。つまり、本物の聖女は自分なのだと。
この事実が、ロレッタを無駄に過信させた。
「では愛しの聖女よ、私は忙しい故そろそろ行く。一応確認だが、披露宴パーティーでの君の役割は覚えているな?」
「え、ええ! もちろんですわ! お任せください!」
「それは心強い。うまく行けば聖女として、そして私の妻として、君はこの国で誰もが羨む地位を手に入れる。……頼んだぞ」
そう言い残して部屋を後にしたレオン。
ロレッタは自身の手に汗が滲んでいたことに気が付くと、深呼吸を繰り返してから、おもむろに口を開いた。
「大丈夫よ大丈夫。婚約披露パーティーにはきっと、物凄い治癒魔法が使えるようになるんだから……! だって私が、聖女だもの」
能力を過信することしかしないロレッタは、胸元に光る赤いペンダントが、以前の輝きがないことに気付くことはなかった。
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