『元聖女』は成長する 1
魔導具店に行ってから数日経ち、修行の翌日を迎えた日のことだった。
「おはようございます、ライオネルさん」
「ん……おはよ」
「痛みはもうないですか……?」
魔力吸収による呪いの発動は朝方だった。
呻き声を上げるライオネルに気がついたファティアがすぐさま手を握り、その後すぐにライオネルは再び眠りに落ちた。
ライオネルが深く眠りについたのを確認してから、ファティアは静かに朝食の準備を済ませ、そして現在に至る。
ライオネルは身支度を済ませてから、二人でテーブルにつく。
今日も今日とて「美味しい」と連呼しながら食べるライオネルは、昨日の修行を思い出して「そういえば」と話を切り出した。
「魔法、使えて良かったね」
「はい。本当にライオネルさんのおかげです。魔力吸収もそうですが、教え方が分かりやすくて」
魔力吸収をし、魔力が練られる状態のとき、昨日ファティアは聖魔法属性以外の四つの魔法を使うことが出来るようになった。
日常に役立てたり、魔物を討伐するような強力さはない微弱なものではあったけれど、ライオネル曰く、魔法を発動できるようになるだけで十分速いペースだという。
ライオネルが魔力を吸収する量は変わっていないので、ファティアの魔力の練り方の上達による成果だった。
ファティアは食具を置いて、深く頭を下げた。
「本当にありがとうございます……!」
「ううん。ファティアが頑張ったからだよ。魔力練るの、きついのに諦めなかったもんね」
ライオネルにそう言われて、ファティアは照れながらも笑顔を見せる。
(治癒魔法はまだ発動できないけど……少しずつ修行は進んでる……! ライオネルさんのために、頑張らなきゃ……っ!)
何も返せていないと嘆いた日、ライオネルに「もう結構返してもらっている」と言われてから、ファティアの心は大分と軽くなった。
諸々の申し訳無さが無くなったわけではないけれど、悩んだり嘆くよりは地道に一歩ずつ、前に進むしかないのだと割り切れるようになったといったほうが良いだろうか。
何より、ライオネルの話を聞かせてもらってから、ファティアの中で、ライオネルの呪いの痛みをどうにかしてあげたいという思いが、ライオネルの『呪い』自体をどうにかしてあげたいという気持ちに変化を遂げた。
というのも、ライオネルの話を聞いて、魔術師に、そして魔術師団に戻りたいのだろうと思ったからである。
そのためには『呪い』を根本的に解決しなければならない。
ハインリや第二王子が噛んでも未だに解決方法が見つからないということは、そう簡単ではないのだろう。
しかしそこでファティアは、ハインリの言った『浄化』という能力について考えたのだ。『浄化魔法』を使えれば、呪いが浄化されて、ライオネルが呪われる前の状態にできるのではないかと。
(修行を続けて聖女の力が復活すれば、治癒魔法だけじゃなくて、浄化魔法も使えるようになるかもしれない。そしたら、ライオネルさんを『呪い』から解放してあげられるかもしれない……っ!)
何やら目をキラキラとさせるファティアに、ライオネルはその理由を知るはずもなく、「どうしたの? 楽しそうだね」と声を掛ける。
「楽しいというか……その。新たに目標が定まったと言いますか! もっともっと頑張ります!!」
「ゆっくりするのも頑張ろうね。無理は禁物」
「はい……っ!」
新たな目標が定まり、食事も食べ終えた、そんなときだった。
「えっ」
「あ、来た」
突如テーブルとソファの間の床に、青白く眩い光が現れる。
よくよく見れば魔法陣のようなものが浮かび上がり、ファティアは何が起こるのかと全身に力を込めた。
対してライオネルは予想していたのか、至って平然としており、魔法陣の光が落ち着くとゆっくり立ち上がった。
「やっと届いた。危なくないから、ファティアもこっちにおいで」
「分かりました……っ」
ファティアは駆け足でライオネルのところへ行くと、床を覗き込む。
もう魔法陣らしいものも光もなく、そこには小さな箱が一つ、忽然と姿を現していたのだった。
ライオネルはそれを手に取ると、迷うことなく開けて中身を取り出した。
そうして取り出したものを、ファティアに、はい、と手渡す。
「えっと……? 何が何だか……」
「ごめん、そうだよね。さっきの魔法陣は転移魔法のもの。前にハインリが来たときに床に組み込んだやつ。ハインリの魔力量じゃ人は転移できないから、物だけ送ってきたんだと思うよ。で、それがこれ」
「これは……魔導具ですか……?」
「うん、そう。第一魔術師団には壊れかけの魔導具なんかもあって、そういうのなら許可を取れば持ち出せるから。もちろんハインリの副団長っていう肩書があっての話だけど」
平皿のような形のそれの真ん中には、青色の魔石が埋め込まれている。
前回ハインリが来たとき、何かを用意してほしいと頼んでいたライオネルが言っていたのはおそらくこれのこと──魔導具のことだったのだろう。
「ですが、以前も街で魔導具を買ったじゃないですか」
「あれは一回しか使えないから。いざというとき用。修行にはこれを使おう」
「そうでしたね……」
実はライオネルが魔導具店で買ってくれた魔導具というのが、一度にかなり大量に魔力が吸収出来るという他にはない魔導具だった。
他にはない、というのは人気で売り切れという意味ではなく、需要がなくほぼ生産されていないという意味だ。
ファティアやライオネルほど魔力が多いものなんて類を見ないし、微量の吸収ならば魔力を練りやすくするために求めるものもいるが、それもあまり需要は多くない。反対に魔力を一時的に増強する魔導具ならば、割と人気は高いのだが。
そんなわけでライオネルが購入したアクセサリータイプの魔導具は、ほぼ一点ものと言って良い品だ。
ダッドからも、魔力を大量に吸収できるものの、繰り返しは使えない奇妙な魔導具だという説明は受けたらしいが、ファティアは今更ながらに疑問を持った。
「この魔導具は所謂お古で、タダ、ですよね……?」
「そう」
「じゃあ、その、以前買っていただいた魔導具の値段って……」
「ファティアは聞かないほうが良いんじゃない。一度しか使えないけど、一度も使えなくなると思うよ」
「わぁ……察しました。……ありがとうございます」
「うん、どういたしまして」
読了ありがとうございました。
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