『元聖女』は『元天才魔術師』と買い物に行く 3
ペンダントを戻してしばらくしてから、ライオネルに声をかけられたファティアは、必死に笑顔を繕った。
しかしライオネルがいつもよりじっと見てくる気がするので、ファティアはまずい、と思い、ダッドに軽く挨拶をすると先に店を出る。
魔導具を購入し、荷物を持っていない方の手でさらりと手を繋いでくるライオネルが、慌てて店を出たことに対して深く追及してこなかったことはファティアにとって救いだった。
それから食材を買い足し、ファティアとライオネルは馬を繋いだところまでゆっくり歩いていく。
右手にはライオネルの手、左手は空を切っている事実に、ファティアは我慢ならずに何度目かの懇願を漏らした。
「お願いですから少しは荷物を持たせてください……! 申し訳無さ過ぎて溶けます……」
「溶ける? それはそれで見てみたいけど」
「冗談ですよ! とにかく持たせてください!!」
修行のために買った魔導具が入った袋に、食材がぎっしりと詰まった袋。どう考えても一人に持たせる量ではない。しかも手を繋いでいるため片手だ。
ファティアはどうにかして奪えないものかと、えいっ! と手を伸ばす。
しかし、ライオネルは荷物を持った左手をヒョイ、と上に上げる。頭一つ分以上は身長差があるファティアの指先は袋に触れる程度で、奪い取ることなんて夢のまた夢だった。
申し訳無さそうに眉尻を下げるファティアに、ライオネルはニコ、と柔らかく笑う。
「ゆっくり休むのも頑張ってって前に言ったでしょ。ファティアは今歩いてるからそれだけで十分」
「私は歩きたての子供ではないですが……?」
「ははっ。確かにそれはそう。ファティアは俺の弟子で、凄く可愛い女の子だよ」
「!? ……そういうことを、言っているのではなくて……っ」
いとも簡単にペースを持っていかれ、ファティアは空いた手をぷらんと下ろす。
このまま荷物を奪い取ろうとすれば、また甘い言葉を吐かれるかもしれないと思ったからである。
(ライオネルさん、今まで何人の女の子泣かせてきたんだろう……しかも多分無意識に……おそろしい)
満足そうにして歩くライオネルを横目に、ファティアはそんなことを思った。
──すると、一瞬静寂に包まれた二人の耳には、街の住民たちの声が届いてくる。
『レオン王子』という言葉に、二人は同時に歩速を緩めた。
「最近、レオン王子が婚約したんだって?」
「ああ、もちろんお相手も貴族の令嬢らしいが、なんか凄い力を持ってるって噂だよな〜どんな力なんだろ」
「──ファティア、こっちへ」
「はい」
立ち止まって話を聞きたいが、道の真ん中では人の迷惑になってしまう。
ファティアは繋いだ手を引っ張られる形で道の端に行くと、立ち止まり、ライオネルと一緒に男たちの会話に耳をそばだてた。
「三ヶ月後には婚約者を披露するパーティーが開かれるらしいぞ? しかも、そのときにその婚約者の凄い力を披露するんだってよ。知り合いに王城勤めがいてさ、そいつがそう言ってた」
「まあなんでも良いけどよ〜俺たち平民には関係のない話さ」
「まあ、確かにな」
(凄い力って……もしかして聖女の……)
ちらりと隣のライオネルの顔を見上げれば、何かを考えているような顔をしていた。
コクリと頷かれたので、おそらく同じことを想像しているのだろう。
ファティアがそろりと前方に視線を戻すと、ライオネルは少し屈んでファティアの耳元でぼそりと囁いた。
「そのロレッタって子の力が何なのかは、公にしてないみたいだね」
「ですね……」
聖女についての認識のレベルの差はあれど、国民のほとんどが聖女の力が偉大で稀有だということは知っているらしい。
ファティアが一切知らなかったのは、母親が早くに亡くなったので聞かされていなかったことと、ずっと孤児院で生活していて世間とは隔離されていたからだった。
しかし聖女の能力──少なくとも治癒魔法については一番詳しいとも言えるファティアは、そこではたと気付く。
「披露宴パーティーで力を見せるって……おかしくないですか?」
「ん?」
「他の属性の魔法なら別ですけど、治癒魔法は……。誰かが怪我でもしているんでしょうか……自分自身には使えませんし……」
「…………!」
ハッとしたライオネルは、無意識に繋いだ手に力が入る。
ファティアが「いっ……」と反応をしたのを見て、サッと力を緩めた。
「ごめんファティア」
「……いえ。どうかしたんですか?」
「ちょっと、あんまり良くないことを考えてた。……まあ、とりあえず今日は帰ろう。今考えてもどうにもならないし」
「……? 分かりました」
そうして二人は再び馬を繋いだところまで歩き始める。
最後の最後まで、繋がれた手が離れることはなかった。
◆◆◆
家に着き、買ったものを整頓してから夕食の準備に入る。
今日は新鮮な魚が手に入ったので、ファティアは魚のソテーを作るつもりだ。
色とりどりの野菜を添えて、 じゃがいもをペースト状にしてもったりとしたスープを作り、おまけしてもらったパンをこんがりと焼く。
食後のデザートには、朝から仕込んであった苺のムースがきちんと固まっていれば成功だ。
「ファティア、天才。ふわふわなのにとろとろしてて甘いけど甘すぎなくてちょっと酸っぱいのも美味しいし毎日食べたいくらい」
「そんなに喜んでもらえるなんて……嬉しいです……!」
そして、結果はこの通り。ご飯を美味しいと言いながら、ペロッと平らげたライオネルはデザートに舌鼓をうっている。
普段それほど饒舌ではないライオネルとは思えない語り方からして、かなり好みだったようだ。
「また作りますね」
「うん。本当に美味しい……ご飯も美味しいしデザートまで作れるなんてファティアは凄い。良いお嫁さんになるね」
ライオネルはこういうことをサラッという。
ファティアにも分かってきた頃なので、そうだと嬉しいです、と適当に同意しておけば良かったのだが。
「褒め過ぎですよ……。料理ができても、こんなガリガリで孤児院出身で、『元聖女』の私に貰い手なんて中々見つかりません。いるとしたら相当のもの好きです」
昼間、魔導具店で母の形見と似た魔導具を目にしたからだろうか。
少しマイナス思考になっているファティアの口からは、自虐的な言葉が漏れる。
(あーー! 私の馬鹿! なんでこんな余計なことを……)
ライオネルが師弟としてファティアを大切に思ってくれていることは、重々理解しているつもりだ。
だから謙遜を超えた自虐が、ライオネルを嫌な気持ちにさせてしまうかもしれないということは一瞬で理解できた。
多少マシになったとはいえ、まだ痩せ細った体に、孤児院の出身、『元聖女』であることは事実にしたって、別に今口に出さなくとも良かったというのに。
「…………ふぅん、もの好き」
ずん、とライオネルの低い声が部屋に響く。
ファティアは肩をぴくり、とビクつかせた。早く謝らなければと、本能がそう告げたので、慌てて口を開いたのだが、もう後の祭りだった。
「……ライオネルさん、すみ──」
「孤児院出身なんてこの時代珍しくない。気にすることない。『元聖女』のことも、修行すれば『元』は無くなる。身体のことは」
──ガタン。
少し大きめの音を立てて立ち上がったライオネルは、テーブルを挟んで座るファティアの隣にまでスタスタと歩く。
「えっ、と」
何を考えているか読めない表情のライオネルに見下ろされたファティアは、座ったまま体をライオネルの方に向けるようにして斜めにする。
二の腕をがしりと掴まれて、勢いよく立つことになったファティアは、気が付けばライオネルの腕の中にいた。
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