『元聖女』は『元天才魔術師』と買い物に行く 2
相変わらず手を繋いだまま、ファティアはライオネルと共に街を歩いていく。
あの店は野菜が安い、あの店は品質が良い、あの店はよくおまけをしてくれる。
よく買うお店の特長を頭の中で整理していると、普段食材を買い物している道から一本中に入ったライオネルに、ファティアは「あの」と声を掛けた。
「どこに行くんですか?」
「ちょっと行きたいところがあって、ついて来てくれる?」
「もちろんです」
珍しいことに、ライオネル自ら行きたいところがあるらしい。基本的にはファティアにどこに行きたいか、何を買いたいかを尋ねてくるので、これは珍しかった。
ライオネルが口を出したのは初めて買い物に行った日、ファティアが身の回りのものを最安値のものばかり買おうとしたときと、珍しい食材が目に付いたときくらいだったから。
(ライオネルさん、何が買いたいのかな)
一本入った通りには宝石店やドレスショップなど、単価が高い高級店が多い。
自分には一生縁遠いものなので、ファティアとしては少し楽しみだった。
「ファティア、入ろう」
「はい。……あの、ここは……」
しかし、ライオネルが立ち止まったのは、きらびやかな店の前ではなく、看板も出ていない薄暗い小さな店の前だった。
何やら怪しそうな佇まいに、ファティアはごきゅ、と固唾を呑んだ。
そんなファティアにライオネルは気が付くと、「大丈夫だよ」と優しく声をかけてから、手を引いて店の中に入っていく。
お会計をするカウンターから覗くのは、およそ五十歳は越えていそうな中年の細身の男性だった。おそらく店主だろう。
グレーの短髪に、細めの銀縁の眼鏡が良く似合っている。
「ダッドさん、久しぶり」
ん? と言いながら目を細めていた店主だったが、ライオネルだと分かると、ゆっくりと立ち上がった。
「小僧久しぶりだな。……お前さん、まだ女除けにフード被ってんのか」
「……まあ。ってそんなことより、紹介したい子がいるんだけど」
どうやらライオネルがフードを目深に被っていたのは、女性から声をかけられるのを少しでも回避する為だったらしい。
ファティアは納得したものの、未だに手を繋いでいることに気がついてハッとするが、ライオネルに力強く握られており逃れることはできなかった。
ライオネルとファティアの様子に、店主は「ほほう」と言ってニヤニヤしつつ、自身の顎辺りに手をやる。
「何だ小僧、紹介ってお前の嫁か」
「嫁じゃない。弟子。名前はファティア。今日はこの子に魔導具買いたくて来たんだけど」
「は、初めましてファティアです!」
店主の名前はダッド。隣国のラリューシュ帝国から、妻が亡くなったタイミングで、ここメルキアで魔導具の商売を始めたらしい。
ラリューシュ帝国は魔導具の生産量が世界一らしく、そこの出身ということで何かと融通を利かせてもらっているのだとか。
ライオネルが団長に就任した頃から付き合いがあるらしい。
店には箱状のものからランプのような形をしたもの、アクセサリーに模したものまで、数多くの魔導具が陳列されている。
ファティアは店内を見渡すと、ほうっと感嘆の声を漏らした。
「凄い数ですね……って、ライオネルさん、さっきなんて言いました?」
「ん? だからファティアに魔導具を買いに来たんだってば」
「…………えっ!?」
ファティアは陳列棚の上に置かれている値札を事前にちらりと見ていたので、ぶんぶんと頭を横に振った。
「こんな高価なもの買ってもらえません……!」
魔導具は基本的に魔術師しか使わないので、市場に出回る数は少ない。
その上ほとんどの魔術師は高給取りなので、値段設定がべらぼうに高かったのである。
「大丈夫大丈夫。貯えだけはあるって言ってあるでしょ」
「そういう問題では……! そもそも何のために……」
「この店は珍しい魔導具が置いてあるから、修行に役立つものもあるかと思って。ってなわけで、俺はダッドさんに魔導具の話があるから、ファティアは適当に店の中を見ててくれる?」
「わ、分かりました……」
ライオネルは割りと強引である。
それに修行に役に立つ──つまりライオネルに吸収魔法を使わせなくても良くなるかもしれないとなると、ファティアが口を出せるはずなかった。
手を離してから奥に行き、魔導具について話しているライオネルたちから、ファティアは陳列棚に視線を戻す。
様々な形状のものがあるが、魔導具には必ず魔石が埋め込まれている。ただの石というよりは、所謂宝石のようなものに近い。
その中でもファティアは、アクセサリーに模して作られた魔導具に夢中だった。
「全部綺麗……キラキラしてて素敵……」
母からの形見しかそういうものは見たことがなかったが、ファティアだって年頃の女の子なので、アクセサリーや宝石といったものに単純に興味はある。
しかし、その中でも目に付いた魔導具に、ファティアはそっと手を伸ばした。
「これ…………」
形や色は少し違うが、母の形見である赤い宝石がついたペンダントにそっくりな魔導具を、ファティアは手にとってじっと見つめる。
そしてそこで、とある考えが頭に浮かんだ。
(もしかして形見のペンダントって……って、そんなわけないわよね)
ふるふると頭を振ったファティアは、有り得ないだろうと自身の考えを頭の隅に追いやる。
「おか、あさん……」
ファティアの母──ケイナーは、優しい人だった。いつでもファティアのことを一番に考え、毎日大好きだと、愛していると伝えてくれた。
だからファティアはどれだけ貧乏な生活でも、心はいつも満たされていた。
生きていくために弱い体に鞭を打って働き、無理がたたって若くして亡くなったケイナーは、ファティアの誇りそのものだった。
「…………っ」
そんなケイナーの形見が奪われたことを、手の中にある魔導具を見て改めて自覚したファティアの心情は、切ないや悲しいという言葉だけでは計り知れない。
──視界がゆらゆらと揺れる。
ファティアは袖で一度両目を擦ってそれを拭うと、そっと魔導具を陳列棚に戻した。
その様子を、話を終えたライオネルがじっと見ていたことに、ファティアは気が付かなかった。
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