『元聖女』は『元天才魔術師』と買い物に行く 1
メルキア王国第一王子であるレオンが怪しいという話になり、どうやら現在は第二王子とハインリが内密に調査している、というところで話は終わりを迎えてから、十日が経った。
今日、ファティアはライオネルとレアルの街へ買い物へ向かうのである。
「ファティア、準備できた?」
「はい! お待たせしてすみません」
今日は以前新調したラベンダー色のワンピースだ。
シンプルなデザインだが、肩や袖の部分に細かなレースが付いており、生地がしっかりしていてとても暖かい。
居候することになってから健康的な食事に、睡眠もたっぷりとれているからか、肌は以前より綺麗になり、髪の毛は艶を見せている。
そんな中でも一番変わったのは、ファティアの肉付きだ。
削げた頬はほんの少しふっくらし、骨のようだった手足にも少しだけ肉が付いた。
服を着ていれば細身かな? と思われる程度まで回復したのは、ファティアよりもライオネルのほうが機敏に気が付いた。
もちろん、それに伴ってファティアの本来の可愛さがかなり戻りつつあることも。
「そのワンピース、よく似合ってる。可愛い」
「ありがとうございます! このワンピースとても可愛くて……」
「俺が可愛いって言ったのはファティアにだけど」
「へ……!?」
(ライオネルさん、いつも思うけど目、大丈夫かな……)
訝しげな目で見つめるファティアに対して、「ん?」と言いながら、コテンと首を傾げるライオネルは格好良いのに可愛い。
ライオネルが無意識に社交辞令を使うということを最近やっと理解したファティアは、できるだけさらっと、ありがとうございますと返すことにした。
街に着いたのはお昼前だった。
ライオネルは普段と変わらず白いワイシャツに黒いズボンを履いているラフな服装で、相変わらず街に出るときはローブを纏い、深めにフードを被っている。
それでもちらりと見える整った顔の存在感は強く、すれ違う女性の何人かはライオネルの顔をもっときちんと見たいのか食い入るように見つめているのが分かる。
いつもながら、そんなライオネルの隣を歩くのが自分ですみませんとファティアが思っていると、意識がよそを向いていたこともあって、すれ違う女性と肩をぶつけたのだった。
「ひゃっ……」
ライオネル側にふらついたファティアは、なすすべなくそのまま身体が斜めになっていく。
しかし、ガシッとライオネルの手に肩を支えられ、間一髪転けずに済んだファティアは、直ぐ様ライオネルから離れようとしたのだが、何故か支えられた手がびくりともしない。
「すみませんライオネルさん、直ぐ離れま──あれ!?」
「ボーっとしてて危なっかしいからだめ。このまま肩を抱いてるのと、腕を組むのと手を繋ぐの、どれが良い?」
「は、は、は、は、はい?」
「はははは………ふ、予想通りの挙動不審」
フードから見えるライオネルの瞳は楽しそうに細められる。
口元の弧の描き方も、至極楽しそうなものだ。
(待って、その顔は狡い……!)
大人の余裕な笑みでもあり、ほんの少し無邪気さも感じ取れるそれにファティアはあわあわと慌てふためくが、とりあえず転ばずに済んだお礼だけを言うと、ライオネルは間髪入れずに「どうする?」と問いかけてくる。
三択の選択肢はあるが、ある意味あってないようなものなのでファティアはぐぬぬ、と羞恥心で顔をしかめた。
「出来れば全て無しで……」
「却下。また転けたらどうするの。選ばないならこのまま肩抱いて歩くけど」
「手を繋ぐでお願いします……!」
肩を抱かれるのは密着度が高い。腕を組むのは、密着度に加えて自ら組まないといけないというメンタル攻撃まで入っているから尚更却下だ。
とすると、残ったのは手を繋ぐだけだった。恋愛なんてしてこなかったファティアとしては、一番密着度が少ないものを選ぶのが基本だった。
それに、手の接触ならば魔力吸収のときと『呪い』の痛みを和らげるときで触れているので、そこまでハードルは高くない、という考えだった。
「ん。手、出して」
「は、い。……失礼します……」
そうして、ライオネルにさらりと手を出されたファティアは、おずおずとその手の上に自身の手を重ねる。
大きな手に包み込まれれば、ライオネルは満足したように涼し気な顔に笑みを浮かべてからゆっくりと歩き始めた。
(うう……手汗が……手汗が……)
魔力吸収のときは修行の一環だし、短時間だ。『呪い』のときはライオネルが苦しんでいたり眠ったりしているので、緊張はしない。
──けれど、今は違う。
その二つ共に当てはまらない状況で手を繋ぐことに、ファティアはどうしようもなく緊張して、手に汗が滲む。
「あ、あのーライオネルさん、ご厚意は有り難いんですけど、ここはそんなに人通り多くないですし、その、手を……」
「だめ。人通り云々は置いておいて、ファティアはまだ街に慣れてないでしょ」
「もう何度か来てますからだいじょ──」
「ていうか、一生慣れなくて良いよ」
「そ、れは……どういう意味で……」
「さあ?」
「…………っ」
完全に弄ばれている。ファティアは余計に手に汗が滲みそうになるが、きっとこれは冗談だろう。
それか、師匠として弟子の面倒は見るというライオネルの優しさに違いない。
──きっと、そうに違いない。
ファティアはそう思うことで胸の高鳴りを抑えることに成功すると、ライオネルに続いて少し小洒落たカフェで昼食を取ることにした。
食べ終わって店を出てからもしれっと手を繋ぎ、「ここも美味しいけどファティアが作るご飯の方が俺は好き」と耳元で囁かれたファティアは、しばらくの間顔を上げられなかった。
読了ありがとうございました。
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