『元聖女』は『第一魔術師団副団長』に驚かれる 3
「────を用意して欲しいんだよね」
「なるほど、その手がありますね。それなら何とか」
真剣に話している二人に、ファティアはおもむろに立ち上がった。
魔法に専門的な知識のないファティアが、このまま席にいても意味がないということだけは確かだ。
──それならば、とファティアはキッチンへ行くとデザートの準備を始めた。
シフォンケーキを切り分けたものを皿に乗せ、生クリームをたっぷりと乗せる。
三人分用意し終わる頃には、二人は話を終えたようで、ファティアは準備したシフォンケーキをトレーに乗せると、テーブルへと運んだ。
「あの、切りが良いようなら休憩にしませんか?」
「おや、ケーキですか……ありがとうございます」
「ファティアごめん、ありがとう。紅茶入れるよね、俺も手伝う」
そうしてライオネルと共に紅茶も準備し終えると、揃ってフォークを手に取る。
(ライオネルさん、喜んでくれるかな)
そこそこに仕上がった自信はあるので、ファティアが隣のライオネルの反応を窺っていると、思いの外一番に声を上げたのはハインリだった。
「これは美味しいですね……! もしかしてファティアの手作りですか?」
「はい。居候させてもらっているので食事はいつも私が。お菓子は初めて作ったので喜んでもらえて良かったです」
「そうですか。居候──居候!? つまりは同棲!?」
きちんと飲み込んでから話すところは行儀が良いのだが、如何せん声が大きいのでファティアは再び耳を塞ぐ。
ハインリは興奮が頂点に達しているのか、なんだか目が血走っていた。
「ライオネル! ついに貴方! 結婚を決めたのですか!? ただの弟子ではなく結婚相手ならばどうして早く言ってくれないのですか!!」
「……ハァ。お前ね、話が飛躍し過ぎ。ファティアは行くところがないからうちで居候させてるだけ。弟子の面倒を見るのも師匠の務めでしょ」
少し垂れた目で面倒臭そうに言い放ったライオネル。
「まあ、人間色々ありますしね」と行く宛がないことに対して詮索してこないハインリにありがたいと思いつつ、ファティアは、そんなライオネルの皿をちらりと見る。
綺麗に食べ終わっている様子にホッと胸をなで下ろしていると、ライオネルはそんなファティアの頬にずいと手を伸ばした。
「ファティア、付いてるよ」
「──えっ」
「ん、美味しい。やっぱりファティアが作るものは何でも美味いね」
「「…………!?」」
盛り付けるときに付いたのか、食べている最中付いたのか、頬についた生クリームを優しく親指で拭って、自身の口に運ぶライオネル。
さも平然と行ったその姿に、ファティアとハインリは目を白黒させている。
ハインリは言いづらそうに、恐る恐る問いかけた。
「……ライオネル。本当に結婚相手ではないのですか?」
「だからそう言ってる。あ、そういえばファティアが『元聖女』だってこと内緒ね。今の状況だと、国にバレたら偽物の聖女を騙ったって罪に問われるかもだから」
「ええ。その点は心得ていますが……」
ハインリは幼馴染であるライオネルの、ファティアに対する甘ったるい行動や声色や表情に、今までこんな彼を見たことがあっただろうかと思案し始める。
そして直ぐに──ない、という結論に至る。
ライオネルは見た目も整っているし魔法の腕は超一流、しかも第一魔術師団団長なので、今まで頗るモテてきた。
マイペースで基本的に敵を作らず、比較的距離感が近いので何人もの女性が恋い焦がれ、又は好かれているのだと勘違いし、その内の数人はハインリに相談してきたほどだ。
しかし幼馴染のハインリからすると、その女性たち全員に対して、ライオネルは平等に接してきた。
距離が近いと言っても、頬の生クリームを取ってあげるほどのことはしたことがなかったし、何より──。
『顔が近い。さっさと離れて』
と言ってファティアからハインリを引き剥がし、眉間に皺を寄せている姿は、今になってみれば嫉妬としか思えない。
幼少期からライオネルのことをよく知っているハインリは、彼の嫉妬している姿なんて、一度たりとも見たことがなかった。
「あの、私から一つ質問宜しいですか?」
「どうしたのファティア」
ハインリが思いを馳せていると、ちょうど食べ終わったファティアがライオネルに向かって問いかけた。
「ハインリさんが来たときに仰ってた、魔力量は戻ったのかって、どういう意味ですか?」
『呪い』については魔法を使うと数時間後に身体に激痛が走るということしか聞いていないファティアは、実はずっと引っかかっていたのだ。
「ああ、それね。実は『呪い』の影響で魔力量も減ってるんだよね。……だいたい、全盛期の十分の一くらいかな。だから今は弱い魔法しか使えない」
「あれで弱い魔法ですか……?」
ファティアは男たちに襲われそうになったときにライオネルに助けてもらい、そのときにはっきりと魔法を目にした。
そのときはなんて強力な魔法なのだろうかと思ったが、あれはライオネルにとっては弱い魔法らしい。
唖然としているファティアに、「その気持ち分かります」と優しく言ったのはハインリだった。
「今でも、並の魔術師くらいの魔法は出せるんですよ。まあ、それを弱いと言うくらいには『呪い』にかかる前は凄かったですが」
「と、言いますと……」
「山一つくらいなら簡単に消し飛ぶくらいでしょうか……」
「山!?」
スケールが大きすぎてファティアには想像ができない。自分にもそんなライオネルと同じくらいの魔力量が備わっているらしいが、ファティアは全くイメージが出来なかった。
そんなファティアの隣で、もっとシフォンケーキが食べたいと言いながら平然としているライオネル。
それは、ハインリの説明が決して大袈裟ではないことの証明とも言えるだろう。
「そんなライオネルが居ないと、正直第一魔術師団は戦力がガタ落ちなのですよ」
「なるほど……そもそも、どうしてライオネルさんは『呪い』に……? あっ、言えないことなら大丈夫ですので……!」
以前に『意図せず』というざっくりの説明を聞いてから気になっていたファティアは、疑問を口にする。
ライオネルは自身でおかわりしたシフォンケーキに夢中になっているので、ハインリはもうここまで知られたなら一緒だろうと説明することにした。
「魔術師団には定期的に魔導具が補充されるのですが、ちょうどその日は新しい魔導具が届く日だったのですよ。私たち第一魔術師団では、新しいものは団長がその効果を確認してから団員たちに渡すというルールがありまして……そこでライオネルは『呪い』にかかったのです」
「えっと、その、魔導具を送った方のミスということですか?」
「いえ、それはありえません」
ハインリ曰く、魔導具は高価ではあるが、ものによっては街にも出回っているものの、呪詛魔導具は数がほとんどなく、見つけたら魔術師団が回収しているらしい。しかし回収したものとも形状が違うことから、未発見の呪詛魔導具が意図的にライオネルに送られたことになる。
新たな魔導具はライオネルが一番に使用することは割りと有名な話であることから、おそらく何者かがライオネルを狙って呪詛魔導具をすり替えたのだと。
「どうしてそんなことを……」
ポツリと呟いたファティアに、ライオネルは一応話を聞いていたようで、フォークをお皿においてから、その手をファティアの頭にぽんと置いた。
「魔術師団って国と近い存在なんだよね。それに派閥もあって」
「派閥……?」
「そう。第一王子と第二王子の派閥にはっきり分かれてる。因みにうちは第二王子側」
「だからライオネルさんの件を、第二王子殿下も知ってるんですね」
と、すると、呪詛魔導具をすり替えた人物も自ずと浮かび上がってくるわけだが。
「呪詛魔導具はかなり希少だ、まず努力だけで手に入らない。かなりの人脈がないと中々大変かも。それに多額のお金もいる。それで、俺が一線から退いて第二王子派の力が弱まって得をする人物」
「…………」
ファティアはあまり勘が良い方ではなかったが、ここまで言われたら何となく分かる。
ライオネルという戦力を削いで、『聖女』と名乗るロレッタを婚約者に迎えた人物。
「この国の王太子──レオン・メルキア第一王子が怪しいと思ってる」
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