『元聖女』は『第一魔術師団副団長』に驚かれる 1
勢い余って玄関に足を踏み入れた、コバルトブルーの長髪を一括りにし、眼鏡をかけた端正な顔立ちの男性──ハインリは、ライオネル以外の声に耳をピクリとさせる。
ハインリはファティアに軽く会釈をしてから、ライオネルに視線を戻した。
「この家に貴方以外がいるのは初めて見ました。どなたです? 家政婦でも雇ったのですか?」
「……彼女はファティア。家政婦じゃなくて、俺の弟子。──ていうか、帰って」
「──弟子ぃぃぃ!? 帰ってぇぇ!?」
「後者は驚くことじゃない」
「俺は早くシフォンケーキが食べたいんだけど」とハインリに対して冷たい視線を送るライオネル。
ハインリはそんな視線に一切気付くことはなく、「あのライオネルが……?」と未だに信じられない様子でいるみたいだ。
「ライオネル! 貴方今までどれだけ優秀な人材が頼み込もうと弟子は取らなかったじゃありませんか!」
「耳元で大声出すな、うるさい」
「なんてことだ……こんな日を迎えるとは……」
ハインリは髪色のせいか、眼鏡のせいか、キリリとした瞳のせいか。やや、見た目は冷たい印象を受けたファティアだったが、中々に激しいリアクションに、人は見た目ではわからないということを改めて痛感する。
そんなファティアの元に、ライオネルの横を通ってハインリは近付いてくる。
上から吊るしているのでは? というくらいに姿勢が正しいハインリに、ファティアも無意識に背筋を正した。
「初めまして。私は第一魔術師団、副団長のハインリ・ウォットナーと言います。ライオネルとは学友で、直属の部下でもあります」
「は、初めまして、ファティアです。……えっと、その、ライオネルさんが第一魔術師団の団長様って、本当なんでしょうか……?」
ライオネルは以前、『元魔術師』だと言っていた。
そのことから魔術師団に所属していた可能性も示唆していたのだが、まさか団長だとは夢にも思わなかったファティアは、ハインリに問いかけつつも、その視線はちらりとライオネルを映す。
ライオネルはもうハインリを追い返すのは無理なのだろうと悟ると、扉を閉めてからファティアに横目を向けた。
「ごめんファティア。俺、実は元第一魔術師団、団長」
「ほっ、本当なんですね……!?」
ライオネル本人の口から聞くと、その衝撃は計り知れない。
魔術師たちのエリート集団──その中でも魔術師団団長なんて、エリートの中のエリートと言っても差し支えないだろう。
(つまり、私って凄い人の弟子なんじゃ?)
ようやくハインリの驚きようを理解したファティア。
今までどんな優秀な人材が頼みこもうと弟子を取らなかったらしいが、ファティアに関しては弟子にならない? と言い出したのはライオネルだ。
以前、今は暇をしていると言っていたので、ただ単にタイミングがよかったのかもしれない。
「ライオネル、貴方……弟子にするほどの彼女に言ってなかったのですか……?」
全く知らないといった様子のファティアに、ほとほと呆れた……とハインリはライオネルの近くまで歩きながら、頭を抱える。
ライオネルは割と言葉が足りないところがあるが、いくらなんでも言わなすぎではないかと。
しかし、ライオネルが表情を大きく変えることはなかった。
「半年前に俺は魔術師の資格も返納した。第一魔術師団も退団届けを出した。過去のことはわざわざ引っ張り出す必要はない」
「何を言っているのですか! 天才魔術師として列国諸国まで名を馳せて十七歳の若さで団長になった貴方を、国がそう簡単に手放すわけがないでしょ! 資格の返納も、退団届けもまだ保留にしています! ……って前も言いましたよねこの話!」
「聞いたね。耳にタコができそう。……だから俺も言ってるでしょ。今の俺じゃあ、戻れないんだって」
そう言ったのを最後に、そっと両耳を塞ぐライオネルに、ハインリは「聞いてください!」と言いながらライオネルの肩を揺らす。
鬱陶しそうにしているライオネルだったが、結局家に上がるのを許して話すあたり、仲は悪くないのかもしれない。
ファティアには男同士の友情や、魔法を極めた者同士の思いなんて分からなかったけれど、とにかく喧嘩になっていないので一安心である。……少し荒れてはいるが。
ほっと胸をなでおろすファティアを視界の端に捉えたハインリの顔は、「そういえば……」と言いながら、突如として青ざめていく。
口をプルプルと震わせながら、ちょうど耳から手を離したライオネルに向かって、ハインリは恐る恐る囁いた。
「まさか……『呪い』のことも伝えていないのですか……?」
「それは言った。もう何回も呪いが発動してるところ見られてるし。何なら看病してもらってる」
「そ、そうですか……。その、きちんと内密にするようにとは言ってあるんですよね?」
「…………言った気がする」
「はいそれ絶対言ってないやつですね!!」
──ダダダ!!!
と、勢い良く再びファティアの前にまで早歩きでやってきたハインリは、顔をずいと近付けてくる。
突進されるのではないか、というくらいの勢いにファティアは少し後退りながら、頬をひくつかせた。
「ライオネルの『呪い』の件は国王陛下と第二王子殿下、私と貴方しか知りません! 絶対に広めたりしないでください!」
「は、はい。もちろんです……」
──そもそも、広める相手もいないのだけれど。そして、何より顔が近い。
ファティアはそんなことを思いながらも、口に出すことはなく、必死の形相のハインリに対して何度もコクコクと頷く。
すると、コツコツと音を立ててこちらに歩いてきたライオネルが、ハインリの肩を後ろからガッと思い切り掴んだのだった。
「顔が近い。さっさと離れて」
「あっ、ああ、すみません……。ファティアさん、でしたね。失礼しました」
「いえ、お気になさらず。あと敬称は結構です」
「では、ファティアと。私のこともどうぞご自由に」
「……それでは、ハインリさんとお呼びしても……?」
そうして名前を呼び合っていると、ハインリの後ろに見えるライオネルの眉間に皺が寄っていることに気が付いたファティアは、しまったと、慌ててライオネルに駆け寄った。
「ライオネルさん申し訳ありません。ライオネルさんの──師匠のご友人に、何か失礼なことでも」
「してないよ。ファティアは何も悪くないから。ハインリが悪い、全部ハインリが悪い」
「二回も言いますか!? 私何かライオネルを怒らせるようなことしましたか!?」
「うるさい」
ファティアには優しい声色だというのに、ハインリに対しては聞いたことがないくらいに冷たい──というか、雑というか。
未だ「何を怒ってるんですか!」と言っているハインリを、雑にあしらうライオネルの姿に、ファティアはつい頬が緩んでしまう。
こんなに賑やかな日常は久しぶりだった。
「──そういえば」
ハインリを見ながら、いつものあまり抑揚のない声色で言うライオネル。
一瞬だけライオネルにちら、と見られたファティアは「はい?」と少し首を傾げると、ライオネルはハインリに視線を戻して口を開いた。
「ファティアは聖女なんだけど、そのことについて少し話がある」
「聖女ぉぉぉ…………!?」
絶叫するハインリの声だけが、部屋中に響き渡る。
元々、隠しておくつもりだったが口が滑ってしまった『元聖女』という事実。秘密にしておいてほしいと伝えていなかったことを、たった今思い出したファティアは、バッと両手で顔を隠して天を見上げたのだった。
読了ありがとうございました。
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