『元聖女』は『元天才魔術師』の弟子になる 5
「いわゆるキスだね」とあっけらかんに言うライオネルに対して、ファティアは目を白黒させている。
無意識なのか、咄嗟に自分の口を隠すあたり、可愛くて堪らない。
加虐心が満たされたライオネルは、ファティアの姿に顔をそっぽ向いて肩を震わせた。
「なっ、何で笑って……! もしかして嘘ですか!?」
「いや、本当なんだけど……ファティアの反応があまりに可愛かったからつい。ごめん」
「…………!? かわっ!? かわ、かわ、かわっ!?」
「うん。可愛い。──それと大丈夫。いくら修行のためとはいえ、年頃の女の子にキスしないから」
安心していいよ、と続けたライオネルは、自身の発言からとある疑問を持った。
「そういえば、ファティアって歳はいくつ?」
「十七歳、です。……ライオネルさんは?」
「俺は二十二だよ。…………そうか、十七か」
ライオネルは、そろりと視線を落とした。
(十七歳で……訳ありね)
ライオネルにも、もちろん十七歳のときはあった。果たしてそのとき何をしていたのだろうかと考えると、それほど辛い思い出は思いつかない。
少なくとも薄汚れて破れた服で、雨に打たれてボロボロになりながら、他領まで歩く経験はしたことがなかった。
──それに。
(手足の痣、あれは転けて出来たものじゃない。人為的に痛みを与えられたものだ)
ファティアを助け、家に連れてきた日。倒れたファティアを持ち上げたときに見えたふくらはぎにある無数の痣は、ムチで打たれたような形状だった。
長袖のワンピースで腕は隠れていたものの、料理をするため袖が邪魔だったのか、捲り上げたときにも痣が複数あった。
慌てて隠していたところを見ると、見せたくないものなのだろう。
それに体質とは思えないほどに痩せ細った身体は、ここ数日あまり食べなかっただけではあそこまでならないことは明白だった。
──やせ細った身体に、複数の痣、一人で他領から歩いてくるとなると、考えられることは限られている。どれも、目を背けたくなるようなものだけれど。
(けど、まだ教えてくれないだろうな。はぐらかされるのは目に見えてる)
話してくれれば力になれることもあるかもしれないが、無理強いはしたくない。
それならば、ライオネルにできることは、ファティアの未来を切り開く手助けをすることだけ。
訳ありそうなファティアに同情をしたのも、漏れ出すほどの魔力を惜しいと思ったのも事実だ。
けれどライオネルは、何よりもファティアがこれから自分の足で、好きなように生きていけるよう選択肢を与えたかった。
聖女として、国に確たる地位を要求しても良いだろう。
聖女だということを隠して、魔術師になるのだって良いだろう。
もちろん、聖女や魔法のことを理解した上で、その道に行かないのだって自由だ。
「ファティア」
優しい声色で、弟子の名前を呼ぶ。
ファティアは背筋をぴしりと正して「はい!」と気持ちの良い返事で答えた。
「これからも修行頑張ろうね。あと、ゆっくり休むのも、頑張って」
「ふふ、休むのを頑張るってなんですか」
ファティアが聖女の力を取り戻したい一番の理由が、『ライオネルの呪いの痛みを無くしてあげたいから』ということを今はまだ知らないライオネルは、力を抜いてぼすっとソファの背もたれに凭れかかった。
──しかし、その数時間後。
「魔力吸収も『呪い』が発動するんですか……っ!? 何で言ってくれないんですか……!」
「……っ、ご、めん…………」
痛みで倒れたライオネルを見て、ファティアの悲痛な叫びが部屋中に響いたのは言うまでもない。
痛みで苦しむライオネルの手を、ファティアはそっと握り締めた。
◆◆◆
師弟関係になって約一週間が経った頃。
先週ライオネルと共に買い物に出かけたときに買ったレモン色のワンピースと少しフリルのついた薄紫のエプロンを身に着けたファティアは、暗い表情でキッチンに立っていた。
因みに、ファティアの買い物は全部で三十万ペリエの出費だった。
どうしても最安値しか選ばないファティアに、ライオネルが結局口を出したのである。
「どうしたのファティア、そんな顔して」
テーブルを拭いている最中のライオネルに指摘され、ファティアはハッと表情を戻す。
しかしとき既に遅し。じーっと食い入るように見られてしまえば、ファティアは答えるしかなかった。
「今日、修行の日じゃないですか……」
「修行、嫌?」
「修行が嫌なんじゃなくて、魔力吸収をしてもらわないと魔力が練られないのが嫌なんです!」
「ああ、そういうこと」
「手に触れるのは嫌?」と聞いてくるライオネルに、ファティアは声を大にして「そこじゃないです!!」と反論した。
初めて魔力吸収をしてもらった日、数時間後にライオネルは『呪い』が発動して倒れた。
さも当たり前のように魔力吸収をするので勝手に大丈夫だと思っていたのだが、どうやら魔力吸収も魔法に含まれるらしい。
そのため、ファティアは次の日から魔力吸収無しでも魔力を練られるようにお腹辺りに意識を集中したのだが。
『…………ううっ』
『ファティア。努力は認めるけど、少しは余分な魔力を吸収しないと、多分まだ無理だよ』
ファティアの技術では、ライオネルに頼らない方法は無理だった。
となれば、ライオネルに魔力吸収をしてもらわなければ、魔法の修行以前に魔力を練ることすらできないということ。
聖女の力を復活させるなんて、夢のまた夢であった。
しかし、みすみすライオネルに呪いの痛みを強いるのはファティアの望むところではない。
──そこで、ライオネルとファティアは話し合い、とあるルールを作ったのだった。
『俺の呪いが発動することを考慮して、魔力吸収は三日に一回。その他の日はイメージトレーニング。呪いが発動したときは必ず手を握って痛みを和らげる。──お互いこれで納得したでしょ」
「そうですけど! そうですけど…………」
「ファティアの漏れ出した魔力のおかげで、本当に痛みがマシになったから気にしなくても良いのに」
(気にしないとか無理ですから……!)
傷ならば、深さや大小で、多少痛みの具合は分かるが、ライオネルのそれは表には出ないので分からないのだ。
もしや気を使ってくれているのでは? と思ったことさえある。
ライオネル曰く、かなりマシ、らしいのだが。ファティアはそれを信じるしかないのが実情だった。
ファティアは料理をテーブルに並べ終えると、ライオネルと向き合うように椅子に座る。この光景は、流石にもう慣れてきた頃だ。
「今日は修行の日なので、ライオネルさんが好きなお肉料理をメインに、食後のデザートも準備しました」
「えっ、本当?」
「はい。クリームたっぷりのシフォンケーキです。買い物に行ったときにレシピ本も買ったので、作ってみました。一応成功したので多分だいじょ──」
「ファティア、早く食べよう? それでデザートも食べよう? おかわりもある?」
「もう動けなくなるまで食べてください……」
呪いを発動させてしまう罪悪感たるや、尋常ではない。
せめて食事で償いを……と、思っていると「美味い」「天才」「幸せ」と連呼しながらぱくぱく食べるライオネルに、ファティアは少しだけ心が軽くなった。
そんなとき、ファティアが居候をさせてもらってから初めて、来客を告げる呼び鈴が──チリン、と音を立てた。
「…………お客様、ですよね?」
周りには自然しかないこの家に訪ねてくるなんて、賊なはずないよね……? と言いたげな顔のファティアにライオネルはごくん、と飲み込んでから「ハァ……」とため息をつく。
「……大丈夫。危ない奴じゃないよ。危ない奴じゃないけど……面倒なのが来た」
「……? 顔を見なくてもどなたか分かるんですか?」
「俺がここに住んでるの、そいつしか知らないから」
「なるほど」
もう一度「ハァ」とため息をついたライオネルは、急いで残りのご飯をかきこむ。
「ごちそうさま。今日も美味かった。ありがとう。ゆっくり食べられなくてごめん」
「い、いえ」
「デザートはあいつを追い返してから食べる。待ってて」
「追い返す!?」
適当に対応する、くらいには言うかと思っていたが、まさかそこまでとは。
(一体、どんな人なんだろう? 会うのが気まずい人とか? もしかして……前にお付き合いしてた人とか? ライオネルさん格好良いし……)
そう考えると心の奥深くで、もやっとしたファティアだったが、自分を諫めるようにブンブンと頭を振る。
ライオネルの対人関係にどうこう思うような関係性ではないのだから、変な詮索はよそう。
ファティアは食具を置き、玄関のドアノブに手を掛けるライオネルに視線を向けると、ゆっくりと扉が開いた瞬間だった。
「ライオネル!!!! 呪いはどうですか!? 痛みは!? 魔力量は戻りましたか!? バランスよくご飯を食べてたっぷり睡眠は取れていますか!? 皆が──第一魔術師団の皆が待っています! 私がフォローしますからお願いですから帰ってきてください!! もちろん、団長として!!!!」
「ハインリ……うるさい」
「…………第一魔術師団、団長……として……?」
(それに、魔力量って……?)
入り口で矢継ぎ早に話す青年──ハインリの言葉に、ファティアはこれ以上ないくらいに大きく目を見開いた。
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