『元聖女』は『元天才魔術師』の弟子になる 4
少し練ることができた魔力で聖女の力が復活するのか、結果は──。
「だめ……みたいです……」
「仕方ないよ。落ち込むことない。少しでも魔力を練れたことだけで十分収穫」
「淡い光の粒が出ませんでした……」と落ち込むファティアに、ライオネルは薄っすらと目を細めて励ましの言葉をかける。
同時に、ライオネルはファティアの頭を優しくぽんぽんと、叩いた。
「ファティアはイマイチ分かってないみたいだからもう一度言うけど、ファティアくらい魔力が多い子が初日から少しでも魔力が練られるなんて、本当に凄いことなんだから。落ち込む必要ないよ」
「…………。師匠ーー…………」
「うん。優秀な弟子を持って師匠は鼻が高いよ」
ほらこんなに、と言いながら、ライオネルは拳を自身の鼻にくっつけるようにして鼻が高いを表現する。
その姿にファティアはくすっと笑うと、ライオネルも安心したように笑ってみせた。
何もライオネルは、ファティアを励ますために過剰に褒めているわけではないのだ。
魔法に関してはむしろ厳しいライオネルだが、少し魔力を吸収されただけで、微量でも魔力を練ることができたファティアに、相当驚いた。
飄々としていて顔に出づらいが、それこそソファからずり落ちそうになるほど驚いたのだ。
(ファティアは確実に魔法の才能がある。聖女だからなのか、元々の本人の素質なのか)
どちらにせよ、才能があるに越したことはない。
「ねぇファティア、聖女の力は発動できなかったけど、一つやってほしいことがあるんだけど良い?」
「はい。何でしょう?」
ファティアの返答を聞いてから、ライオネルはおもむろに立ち上がって部屋の隅にあるチェストを開く。
そこにあるお目当てのものを手に取ると、すぐさま元の場所に座り直して、ソファの前にあるローテーブルにそれを置いた。
「これは……?」
「魔法属性を判定できる魔導具だよ」
手のひら大のサイズの箱のてっぺんには、白い石のようなものがついている。
魔力を練り上げた状態でそこに手をかざすと、自身の魔力がどの属性の魔法に対応しているものなのかが判定できる優秀な魔導具だ。
「ちなみに一般的な四つの属性とは別に、聖属性っていうのがあるって言われてる。これは聖女だけが持ってるって言われてるけど、この魔導具では、それは判定できない。一般的な水、火、風、土の属性だけ」
「なるほど」
「ファティアが聖属性を有してるのは間違いないと思うけど、他の属性も持ってたら修行して伸ばしたほうが色々便利かと思って。まあ、ものは試しにやってみよう。魔力を練った状態でここに手をかざして」
「分かりました!」
ファティアの額には既に少し汗が見える。
魔力を吸収してもらったことで多少練りやすくはなっているものの、かなりの集中力と体力がいるから当然といえば当然だろうか。
それでもファティアは弱音一つ吐かずに魔導具に手をかざした。
(さて、どんな色に変わるか)
──すると、白い石が瞬く間に目を背けたくなるほどに光り出し、少ししてからその光が収まる。
白い石は、手をかざす前よりもキラキラとしているだけで大きな変化はなかった。
「…………」
「ライオネルさん? これはどういう結果なんですか?」
結果を見て固まるライオネルに、ファティアはそう問いかける。
ファティアのイメージではこの白い石の色が変わるのかなぁと思っていたので、もしや失敗なのでは? と思っていると、ライオネルがおもむろに口を開いた。
「全属性」
「──え?」
「ファティアは全属性の魔法が使える素質があるってことだよ」
「そうなんですか?」
「……この凄さも分かってないみたいだね」
きょとんとした様子のファティアに、ライオネルは再び苦笑を見せる。
水属性持ちなら青色、火属性持ちなら赤色、といったふうに色を変える魔導具についた石──魔石。
これが色を変えないことが起こり得るとしたら魔力を全く練れていないか、全属性持ちであるかという二択しかありえない。
ファティアが魔力を少し練ることができているのはライオネルが保証するので、つまり。
ライオネルは今日何度目か、ファティアの頭にぽんと手を置いた。
「この国で二人目の全属性持ちだよ。おめでとう」 「!? そ、それって中々凄いことでは……!?」
「だから凄いって言ってるでしょ。しかも聖属性も持ってるはずだから──この凄さ、やっと分かった?」
「は、はい……ようやく……」
「それは何より」
信じられない……と口をぽかんと開けているファティア。
その気持ちが分からんでもないライオネルだったが、その実は期待に胸が高鳴って仕方がなかった。
聖属性と一般的な四属性を持ち、魔力を練る才能があり、疲れても弱音を吐かずに頑張る姿。
(本当に鍛えがいがある)
そして今日分かったことといえば、少し魔力が練れた程度では聖女の力は発動しないこと。
聖女の力が発動しなくなった原因が、ファティアの魔力を練る能力が退化した、というのはあまり考えられないこと。
(……なら急に魔力が増えて、ファティアが難なく魔力を練られる量を大幅に超えたってことか。……そんなこと急に起こるものなのか)
自身はもちろん、周りの人間にも起こったことがない現象に、ライオネルは分からなかった。
「さて、今日の修行はここまでにしようか」
ライオネルに魔力を吸収してもらってから、休まず魔力を練り続けていたファティアの魔力が乱れている。
集中が切れているのだろうと、ライオネルがそう声を掛けると、ファティアは小さく頭を振った。
「いえ、もう少し平気です」
「無理は禁物。こういうのは積み重ねだから、ゆっくりで大丈夫。ファティアは良くやってる」
「…………っ」
褒められ慣れていないのか、それとも焦っているのか。
隣で読みづらい表情をするファティアの頬に、ライオネルはそっと手を伸ばした。
そのまま何度かすりすりと撫で上げると、顔を真っ赤にして狼狽するファティアに、ライオネルは、ふ、と小さく笑みを零す。
「林檎みたいに真っ赤だね。美味しそうで食べたくなる」
「おっ!? おいし……!? 食べ……!?」
「はい。完全に集中切れたでしょ。今日はもうおしまい。魔力吸収もずっと続くわけじゃないし、また後日魔力吸収したときに修行したら良いよ」
「わ、分かりました……」
渋々頷いたファティアは、未だに顔が真っ赤だ。膝の上に置かれた拳は緊張からか力強く握りしめられている。
ライトグレーのセミロングからちらりと見える耳も、赤色に染まっていて、ライオネルは心臓がドクリと跳ねた。
(……何それ、可愛い)
集中を途切れさせるために言ったものの、ここまで反応されると加虐心が湧いてくるがこれ以上はいくらなんでもやり過ぎかと、ファティアの頬にやった手をそっと戻した。
しかし、手が離れた瞬間、ホッとした様子のファティアに、ライオネルはほんの少しだけ苛立ちに似た感情を覚えたので、つい口から溢れてしまったのだった。
「魔力吸収をするには触れなきゃいけないって言ったけど、その場所によって吸収できる量や質が違うんだ」
「……? と、言いますと……?」
「手や足の体の末端が一番少ない。つまり今回だね。次に多いのが額同士の接触。そしてその次が、唇の接触」
「…………。くちびる……!?」
読了ありがとうございました。
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