『元聖女』は『元天才魔術師』の弟子になる 2
次の日は、早朝から絶え間なく雨が降り続いていた。
街へ買い物へ行こうという話になっていたが、流石にこの天候では明日以降に延期しようと言うことになり、朝食作りが終わったファティアはライオネルの向かいの席に腰掛けた。
「お待たせしました。食材が限られているので昨日とあまり代わり映えはしないメニューですが──」
「凄い美味そう……ファティア、食べても良い?」
「あっ、はい、どうぞ」
「いただきます。──美味い。凄い美味い。ファティアは天才」
「ありがとうございます…………」
むず痒くなるくらいにライオネルにべた褒めされたファティアの頬は赤くなる一方だった。
孤児院にいたころも年長者ということもあって、料理をすることが多かったファティアだったが、いかんせん食材が悪かった。
それでもできる限り試行錯誤をして食べられるように作り、子どもたちはそれを美味しいと言って食べてくれていたことは記憶に新しい。
辛かった孤児院の生活でも、楽しかった内の一つである。
けれど子どもたちの美味しいと、ライオネルに言われるのでは感じ方が違うのだ。
「ファティア、今日もご飯を作ってくれてありがとう」
「いえ、そんな……っ、喜んでいただけて、何よりです」
ライオネルに美味しいと言われると、ありがとうと言われると、心がざわざわとするのである。
(だめだめ……また私ったら……ライオネルさんが優しい人だから、私が偶然魔力が多かったから、今みたいな環境があるだけだもの)
野垂れ死んでもおかしくないような状況から、ライオネルの家に住まわせてもらい、弟子にしてもらい、料理を作れば美味しいと食べてくれて、ありがとうと言ってくれて、ときおり頭にぽんと置かれる手は、離れて行かないでと思うほどに優しい。
ライオネルのことは未だに詳しくは知らないけれど、たった数日でも惹かれ始めている自分がいることを理解したファティアは、自身の心にそっと蓋をした。
今のうちに蓋をすれば、きっと問題はない。
──ライオネルが喜ぶような美味しい料理を作り、修行をして聖女の力を再び使えるようにすること。その力でライオネルの呪いの苦しみを無くすこと。それだけを考えれば良いのだから。
(邪な気持ちは邪魔なだけ。そもそも、そんな余裕ないのよ本当に! もう少し気を引き締めましょう)
──拾ってくれた恩を返すために頑張らなければと、ファティアはおもむろにフォークを置いて、両手で頬をパシン! と叩く。
ライオネルに褒められて赤くなった頬は、自らを戒めるビンタによってより真っ赤に染まる。
傍から見たら不可解な行動に、ライオネルは目を見開いて手を止めた。
「どうしたの急に」
「ちょうど虫が、両頬に……偶然……」
「…………。後で診せて。冷やしたほうが良いのか薬を塗ったほうが良いのか、確認するから。あ、これ師匠命令だから拒否権はないよ。分かった?」
「…………はい」
(何で! そんなに! 優しいの!)
こんなに優しくて甘い命令なんて、あってもいいのだろうか。
ファティアは気を引き締めた矢先に、気を緩めてしまいそうな自分にもう一度ビンタをしたくなった。
食事の後に頬を冷やした後、ファティアはライオネルと一緒にお皿を洗って片付ける。
二人でやるとすぐに終わったので、次は掃除でもしようかと考えているファティアに、ライオネルは声をかけた。
「食後の休憩、するよ」
「へっ」
ライオネルに優しく手首を取られて誘われたのは、大きな黒いソファだった。
約四人掛けのソファは、背丈のあるライオネルでも横になって眠ることが出来るほどに大きいものだ。
──因みにそのソファは、現在はライオネルのベッド代わりだった。
というのも、ライオネル家は一軒家ではあるが、部屋数がなかったのだ。
玄関とお風呂、洗面所やトイレは分かれているものの、寝室はなく、もちろん一人暮らしのライオネルの家には、ベッドは一つしかなかった。
ファティアの玄関で寝ますという要求は通るはずもなく、それならばせめてソファで寝るという要求も突っぱねられ、ファティアがベッドで、家主であるライオネルがソファで寝るという奇妙な状況が出来上がったのだった。
「ライオネルさん、やっぱり──」
ライオネルの隣にぽすっと、腰を下ろしたファティアだったが、堪らずそう口を開く。
どう考えても家主がベッドで寝るべき、だと。
──しかし、後に続く言葉を簡単に理解できたライオネルは、ファティアの言葉を遮った。
人差し指を、隣に座るファティアの唇にそっと当てたのだった。
「…………!?」
「だめ。ベッドでちゃんと寝ること。これも師匠命令だよ。シーツなんかは全部替えたから綺麗って言ったでしょ」
(そこじゃない! 私が言いたいのはそこじゃない! ズレてますライオネルさん……!)
ファティアはそう思うものの、口に出すことはできない。
何故なら口を開けば、ライオネルの人差し指をもっと感じてしまうから。
ファティアが顔を真っ赤にして百面相をするだけで何も言わないでいると、ライオネルが満足そうに口角を上げているのが視界に入る。
楽しそうなその表情にファティアは胸がきゅんっとなるが、きゅんじゃない! と自身の感情につっこんで、指が離れるのを待った。
「さて、食後の休憩時間に、これからの修行の話をしようか」
そう話を切り出して、人差し指が離れていくまでの間、明らかに照れて困っているファティアの姿に、ライオネルは終始楽しそうに笑っていたのだった。
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