『元聖女』は『元天才魔術師』の弟子になる 1
師弟関係を結んだライオネルとファティアは、昼食を取ってから様々な取り決めを交わした。
生活する上での住まい、食費やその他諸々かかる経費はライオネルが負担すること。
その代わりにファティアは出来るだけ食事を準備すること。
「やっぱりこの取り決めではライオネルさんにそれほど有益じゃない気がするんですが……。私、掃除や洗濯も全てします。生活させていただいて、魔法も教えていただくんですから、家事全般は任せてください! お買い物だけはお付き合いしてほしいですが……」
あまりに申し訳なさすぎてファティアはそう提案するが、ライオネルは首を縦には振らなかった。
「家政婦として雇ってるわけじゃないから」と何度も口をするライオネルに、ファティアは何故そこまで雇用関係を結びたくないのかと問いかける。
ライオネルは素早く二、三回パチパチと瞬きをしてから、おもむろに口を開いた。
「別に雇用関係が嫌なわけじゃないよ。けど俺半年前からここで一人で暮らしてるけど、家事って大変なんだなって分かった。料理は一切してないのにそう思うんだから、全部ファティアにさせられない。それにそこに修行が入るんだよ? 教える俺より教わるファティアの方が体力使うでしょ。部屋を見ての通り掃除はそれなりに出来るし、洗濯は下着は自分で、それ以外は一緒にするなり日替わりでするなりしたらいい。──ファティアは、嫌?」
「いえ……! 嫌なはずはありません!」
(何て優しい人なの…………)
すべて家事を放り投げたって、ライオネルに後ろ指を指す人なんてそうは居ない。
赤の他人を家に上げ、生活費を全て出してくれて、その上魔法まで教えてくれると言うのだから。
けれどこう言われてしまえば、ファティアはもう強く出られなかった。
確かに魔法の修行は未知の世界だ、家事を安請け合いして結果出来ませんでした、ではライオネルに対して申し訳ない。
それで体調を崩したり、修行が進まなかったら、治癒魔法が使えない『元聖女』のままだ。
──ファティアの聖女の力を復活させたいという行動原理は、ライオネルの『呪い』の痛みを無くしてあげたいからというもの。
そこは間違えてはいけないと思ったファティアは、ライオネルの提案に同意を示した。
ライオネルは嬉しそうに、ニコ、と垂れた瞳を一層垂れさせる。
「修行は少しずつね。料理を任せてこんなこと言うのあれだけど、ファティアは少しゆっくり生活したほうが良い。いっぱい寝て、いっぱい食べて、一緒にダラダラしよう」
「ライオネルさん…………」
ファティアは、自身のやせ細った手首に一瞬視線を移す。
(改めて見ると、中々酷い……)
目を背けたくなるほどやせ細った身体に、ガサガサの不健康な肌は長年の虐げられてきた生活の影響だ。
一朝一夕ではどうにもならないだろうが、少しずつ、少しずつ──。
今までは生きていくことに、そして母の形見を取り戻すことに必死で自身の体のことはすべて後回しにしてきたファティアだったが、このとき初めて自身の体を労ろうと思った。
「あっ、それと、言うの忘れてた」
「…………?」
何かを思い出したように言うライオネルは、ダイニングテーブルの椅子から立ち上がって、部屋の端にある、緑の石がついた金庫のようなものの前に立つ。
何事だろうかとファティアが大人しく椅子に座って待っていると、ライオネルはその金庫をガチャリと開けた。
「このくらいで良いかな……」と呟きながらことを済ますと、再びテーブルを挟んだファティアの前へと腰を下ろした。
「ファティア、これ」
「何ですか……って、え!?」
余りに慣れていないそれにファティアは一瞬何か分からなかったが、理解をすると驚きで椅子からずり落ちそうになった。
何気なしにライオネルがテーブルの上に置いたのは、貨幣だったからである。しかも中々高額の。
「ここここ、これは……!?」
「大体、百万ペリエかな。足りない?」
「足りない……!? えっ、あ!? へっ!?」
「ははっ、ファティア、百面相になってる」
ここメルキア王国では、パン一つ買うのに大体百ペリエが必要になる。
日常で着る服を買うのには五百から一万ペリエくらいだろうか。ここは幅があった。
「一応百万ペリエあれば身の回りのものとか、化粧品とか、諸々揃うかなと思ったんだけど、足りないなら増やそ──」
「待ってください落ち着いてくださいライオネルさん!!」
「分かったから、ファティアが落ち着きなよ」
ふーふーと息を吐いて必死に自身を落ち着かせるファティアは状況を理解しなければ、と息を調える。
「まずお聞きしたいのですが、このお金はどういう……?」
「ん? 今度街に行ったときに、食材だけじゃなくてファティアの身の回りのものを揃えたほうが良いかなと思って。俺が財布を持ってちゃファティア欲しい物言いにくいでしょ? だからこのお金好きに使って。弟子の面倒を見るのは師匠の役目って言ったでしょ」
「だとしても高すぎます!」
縁起が悪いから持っていけと渡されたトランクの中には服と下着は入っていたが、全て汚れていたり穴が空いていたりくたびれたものばかりだ。
下着は見せないので良いとしても、薄汚れた服は、確かにライオネルの隣に並ぶにはどうかと思うレベルだった。
安い服を新しく数着買い足すとして、出来れば靴も穴が空いていないものにしたい。もちろんそれも安物で良い。
余ったお金で残りの入用のものも揃うだろうし、ファティアは今までの境遇から嗜好品を買うだなんて発想がまるでなかった。
「一万ペリエで足りますから……!」
孤児院時代、たまに来客用に出すお茶っ葉やお菓子を買いに行かされていたファティアは、物の値段を知っている。
必死に告げるファティアの言葉に、ライオネルは力強く「だめ」と言い返した。
「贅沢しろとは言わないけど、そこまで切り詰めなくて良いから。あんまり言うこと聞かないと、俺ファティアの買い物に口出すよ。最高級のものばっかり買っちゃうかも」
「ヒィ……! それは本当にやめてください!!」
「ならとりあえずこのお金渡しておくね。余ったら返してくれてもいいし貯めても良いよ。本当にファティアの好きにしたら良い。師匠からのお小遣いね。修行、無理しない程度に頑張って」
「は、はい…………!」
──そこそこのものを買って、余ったお金は全て返そう。
大金を手渡されたファティアは、その重みに手汗が止まらなかった。
(……それにしても、ここまでの大金をおいそれと渡せるなんて、ライオネルさんって一体……)
魔術師だった頃、相当お給料が良かったのだろうか。
ファティアは僅かな疑問を胸に、「明日晴れたら買い物行こうか」と話すライオネルに、はい、と答えた。
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