『元聖女』は『元天才魔術師』の秘密を知る 4
ライオネルにそれ以上説教を垂れるなんて、ファティアには出来なかった。
居候になる上、魔法や魔力についても教えてもらっているのだ。
それでも我慢ならずに「無茶しないでください……」とだけ伝えれば、ライオネルの手がぐっとファティアの頭に伸びてくる。
「ありがとう。良い子だね」
「…………っ」
今回はありがとうと言われた嬉しさよりも、ライオネルに頭を撫でられている気恥ずかしさが勝って気まずい。
(ライオネルさん、結構スキンシップが多い……! いちいちドキドキしてたら身が持たない……!)
早く慣れなければ……とファティアは意気込むと同時に、もうすっかり元気になってソファに座るライオネルの前で背筋を正した。
呪いで痛みに蝕まれていても空腹はやってくるようで、お腹が空いたというライオネルの昼食を準備する前に、ファティアには言っておかなければいけないことがあったのだ。
「魔法を使ったら呪いが発動するのに……昨日は助けてくれて本当にありがとうございました……!」
「……。うん。俺も、手を握っててくれてありがとう」
「ライオネルさん……」
見た目が格好良くて、(自称)元魔術師で魔法が扱えて、物腰が柔らかく、ありがとうと言ってくれるライオネルにファティアは胸がきゅんっとなるが、ぶんぶんと頭を振る。
(ダメダメ……好意で泊めてくださる家主に不埒な感情なんて持つべきじゃない……)
そもそもファティアは明日から食事の準備はきちんとしつつ、街に行って仕事を探さなければならないのだ。
いつまでもライオネルの家に世話になるわけにはいかないし、善は急げだ。
「そういえば、ここってどの辺りなんですか?」
ライオネルの家ということは分かっているが、何かと慌ただしい一日だったので聞きそびれていた。
ファティアの問いかけに、ライオネルは立ち上がってカーテンをざざっと開ける。
──するとそこには、壮大な草原と川──しか見えなかった。
ファティアは何度も瞬きを繰り返しながら、窓の外の景色からライオネルに視線を移す。
ライオネルはニコ、と少し目を細めて微笑んだ。
「あ、あのーライオネルさん、ここって」
「レアルの中心街から馬で一時間はかかる誰も住まないど田舎。窓から見える景色以外に目新しいものは無いよ。もちろん働く場所も」
「と、言うことは…………」
「観光も仕事探しもここからだと厳しいね」
しれっというライオネルに、ファティアは「そんな……」と呟きながら、分かりやすく頭を抱えた。
五日間歩き続けて他領に来るぐらいには根性が備わっているファティアでも、馬で一時間の距離を徒歩で毎日……は流石に考えられない。しかもそれを往復だ。
馬を借りることも考えたが、そもそも一人で馬に乗ることも出来ないし、もし教えてもらうにしても、昔から運動能力が皆無だったファティアが出来るようになるとは思えなかった。
未だに頭を抱え続けるファティアの隣にライオネルは歩み寄ると、少し腰を折って顔を覗き込んだ。
「一つ提案があるんだけどさ」
「……何でしょう…………?」
「俺の弟子にならない?」
「弟子……でし、でし、弟子……!?」
「でしでしでしでし、……って……ふっ」
(いや、笑うところじゃないんです……!)
今の状況は、ファティアにとって中々の死活問題だったのだ。
今からこの家を出ていくとして、レアルの街に辿り着いてもお金も寝床もない。
痛い目は見ているので街のはずれには行かないにしても、だから絶対に安全というわけでもない。
まだ家政婦にならない? ならば理解できたし、それならばファティアは二言返事でお願いしますと頭を下げただろう。
(弟子……? 弟子って何……? いや、意味は分かるんだけど)
ライオネルの考えが読めないファティアは、伺うように上目遣いをライオネルに向けた。
「さっき言ったでしょ? ファティアの聖女の力は無くなってないって。多分修行すればまた使えるようになるよ」
「! それは、本当ですか……?」
それが本当ならば凄いことである。
治癒魔法があれば、病院で働けるだろうか。それとも国に聖女だと名乗り出て、力を示せば手厚い待遇を受けられるだろうか。
──色んな考えが浮かんだが、何よりファティアが思ったのは。
(治癒魔法が使えたらライオネルさんの呪いによる痛みが無くなるかも! 漏れ出した魔力で効果があるならきっと……!)
一時は、聖女の力が目覚めたせいで、結果として母の形見のペンダントを奪われたのかもしれない、不幸の始まりだったのかもしれないとさえ思ったファティアだったが、ライオネルに出会って、聖女の力は大きな意味を持った。
(これでライオネルさんに恩返しができる……っ!)
ファティアのエメラルドグリーンの瞳に希望の光が差す。
しかしそこで、ファティアは、はたと気がついた。
「どういう方法で修行するんですか? 魔力が溢れ出すくらい有り余ってて、上手く練れないから魔法にならないんですよね?」
「大丈夫、やり方はいくつかあるよ。そこは安心していい。……あとはファティアのやる気次第かな」
正直今さっきまで魔法について無知だったファティアが詳細を聞いたところで、すぐに理解できるとは思えず、そこのところは任せるしかないとして。
「やる気ならありますが、本当に良いんですか? お家に住まわせてもらった上に魔法のご指導まで……」
「ファティアほどの魔力を余らせておくのは勿体無い。それに俺はこれでも元魔術師だし、今は暇してるし。買い物だって俺と馬で行けばいいし……これでも貯えは十分あるから生活のことも心配しなくて良いよ。弟子の面倒を見るのは師匠の努めだ。あ、けど修行しながらでもご飯だけはよろしく。あんなに美味しいご飯食べたら、もう前の食事には戻れない」
ご飯は本当にぱぱっと作ったものなんだけど……と思いつつも、そこまで言ってもらって悪い気なんてするはずもなく。
「では今日から師匠、とお呼びしたほうが良いですか?」
「…………呼びたいなら呼んだら良いけど、修行中だけにしてね」
少し困ったように笑うライオネルに、ファティアは大きく頭を下げた。
「ではライオネルさん、今日から改めてよろしくお願いいたします!」
──この日から、ファティアとライオネルの同居生活、そして師弟関係が始まる。
「とりあえずお腹空いた」とマイペースに話すライオネルに、ファティアは慌ててキッチンへと向かうのだった。
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