『元聖女』は『元天才魔術師』の秘密を知る 3
◆◆◆
昨日のこと。
レアルへ買い物に行ったとき、街のはずれから感じる強い魔力にライオネルは意識を奪われていた。
(魔術師のものじゃ……ない)
国家試験を通った魔術師の魔力をすべて把握しており、かつ息を吸うように自然と高精度の魔力探知ができるライオネルが間違えるはずがなかった。
とすれば、この魔力は一般人としか考えられない。
一般人にも微弱な魔法ならば使えるものはいるが、何だか今まで感じたことのない違和感がある。
ライオネルは不思議で堪らなかった。
(とりあえず行ってみようか)
そうして買い物を済ませたライオネルが出会ったのは、今にも男たちに襲われそうな少女──ファティアだった。
ボロボロでずぶ濡れの服、痩せ細った身体。そんな身体のファティアから魔力が漏れ出しているのは一目瞭然だが、ファティアは魔法で抵抗することはない。
この状況で魔法の出し惜しみをすることは考えられないので、おそらく魔力はあるが魔法は使えないのだろうとライオネルは考えた。
兎にも角にも助けなければと、ライオネルは魔法を使ってファティアを救い出す。
それから漏れ出した魔力について話を聞こうと思っていた矢先、ファティアが倒れたので、状況から鑑みて頼れる人間がいないのではないかと、ライオネルは家に連れ帰った。
街の憲兵に保護を頼むことも頭を過ったが、どうも漏れ出した魔力が気がかりだったのだ。
目覚めたファティアは腰の低い少女だった。
そんなファティアにどこから来たのか尋ねれば、観光のために歩いてザヤード領から来たのだという。
通常は馬か馬車で移動する距離を、観光のためにボロボロになって歩いて来るとは考えられず、何か訳ありなのだと確信を持ったライオネル。
出会ったばかりで野暮だろうと深くは聞かず、魔力が漏れ出していることを尋ねれば。
『……? 漏れ出してる……?』
どうやら全く自覚はないらしく、もう少し尋ねれば『元聖女』だという。
聖女の力が使えなくなったことについては解せなかったが、聖女についてはそれなりの知識を持っていたライオネルは、魔力が漏れ出していることについては成る程と納得した。
聖女は膨大な魔力量を誇ると言われているからである。
しかしファティアは聖女はおろか、魔力や魔法に対しての知識がないらしい。
ボロボロの姿で一人でザヤード領から歩いてベルム領地に来るのだ、一般家庭でぬくぬくと育ち、十分な教育を受けたとは考えづらいので、ライオネルはこの家にしばらく住むよう提案した。
自分ならばファティアの知りたいことを教えられることと『元聖女』だというファティアを、一時的にでも保護しておいたほうが良いかもしれないと考えたからだ。
──それに。
『美味しい……美味しいです……っ』
そう言って、必死に泣くのを堪えながら特別でもなんでもないただのパンに貪りつく姿に、ライオネルは放っておけないと思ったのだ。
相当辛い目にあったのだろうという同情がほとんどだったが、心の奥に少しだけ、ざわざわとした感覚を覚えたことも確かだった。
ありがとう、と伝えただけで、一筋の涙を流したファティアに対しても、何故か心臓が疼いて、またざわざわとした感覚があった。
この感覚の名前を、ライオネルは今はまだ、深く考えなかった。
◆◆◆
『昨日は今までで一番痛みもマシだったし、痛みが出る時間も短かったんだよね。多分ファティアの漏れ出してる魔力が関係してると思うんだけど』
そう言ったライオネルに、ファティアはそんなはずはないと頭を振った。
何故ならファティアは、かれこれ一年以上治癒魔法が使えないのだから。
「うん。だからこれは推測なんだけど……魔法に変換する前の魔力にも聖女の力があるのかもしれない」
「…………へん、かん?」
まず大前提として分からないことが多すぎて小首を傾げるファティアに、ライオネルは「そういえば魔力とか魔法とかの知識無いって言ってたね」と苦笑を見せる。
ファティアがすみません……と申し訳無さそうに頭を下げると、ライオネルは「知らないのは仕方ないよ」と優しい言葉をかけてから、説明を始めた。
「つまり、魔力を練り上げることで初めて魔法になると」
「そう」
「それで仮説が、聖女の力──治癒魔法が使えなくても、漏れ出す魔力にも聖女の力が含まれている可能性があって、ライオネルさんの『呪い』による身体の苦痛を和らげた、ということですか?」
「うん、そういうこと」
魔力とか魔法の関係性については理解できた。それにライオネルの仮説も理解は出来たファティアだったが、その仮説はどうにも信じがたかった。
いつから魔力が漏れ出しているかなんて分からないが、ファティアは今まで一度だって、傍に居るだけで痛みが和らいだとか、怪我が良くなった、なんてことは言われたことがなかったからだ。
一度目の治癒魔法は偶然発動したものだったが、二回目からは無意識にお腹あたりにある魔力を練り上げて(今思えばお腹がかあっと熱くなる感覚が練り上げている感覚なのだろう)意図的に治癒魔法を使っていたのだから。
それを口にすると、ライオネルは「説明が足りなかった」と言いながら顎に手をやる。
「魔力に干渉するには、対象に触れないといけないんだ。ファティアは手を握ってくれたから」
「! なるほど。……けれどそんなこと、あり得るのですか?」
「魔力の流れを見た限り、ファティアは魔力が有り余りすぎて上手く魔力が練れてない。だから魔法が発動しないんだと思うよ。何が影響でこうなったかは分からないけど、一度でも治癒魔法が使えて魔力があるなら、聖女の力が無くなったわけじゃない。だから、魔力に聖女の力が含まれていても何ら不思議ではない。まあ、全て仮説だけど」
しかしライオネルの言うことは筋が通っている。
ファティアは約一年前、治癒魔法が使えたとき、今思えば魔力が練れていた。
しかしザヤード子爵家に行って五日目に、魔力を練る感覚が無くなり、治癒魔法が発動しなくなった。
そこからファティアは『元聖女』と呼ばれるようになったのだ。
「それでここからは提案なんだけど」
「?」
「ファティアの魔力にもう一度干渉して、聖女の力が含まれているかを検証したい」
「!! ……それってつまり、ライオネルさんがもう一度あの呪いの痛みを味わうってことですか!?」
「そう。……まあ、もう言ってる間に、始まると思うけど」
「え──」
不吉な言葉を呟いたライオネルはその瞬間、ワイシャツの胸あたりを握りしめると呻き声を上げた。
「ライオネルさん……っ! まさか本当に呪いが……っ!」
「う、ん、……ぐぁっ……おれ、魔法を使うと、その後に、呪いが……っ、はつ、どう、するんだ」
「それって……!!」
朝食を食べ始める少し前のことをファティアは思い出し、さぁっと顔が青くなった。
風と火の魔法を同時に使った、と言っていたライオネルのことを思い出したからである。
呪いが来ることを恐れる様子もなく、驚く様子もないことから、おそらくあのときから仮説を検証するつもりでいたのだろう。
なんて無茶なことを……とファティアは思ったが、辛そうにするライオネルを目の前にしてそんなことを考えている場合ではない。
「ライオネルさん……っ、今ならまだベッドに行けますか!? 手伝いますから……!」
「ん…………っ」
今にも折れてしまいそうな細い腕でも、支えがないよりはマシだろう。ファティアはライオネルを支えてベッドへ誘うと、横になったライオネルの手をギュッと握り締めた。
どうか、仮説が当たっていて欲しい。少しでも痛む時間を短く、そして痛みを和らげてあげられたら、と心の底から願いながら。
────それから数時間後。
「…………うん、やっぱりいつもより痛くないし、時間も短い」
「もう! いくら検証のためでもわざと呪いを発動するような真似はやめてください……っ!」
泣きそうな顔で懇願するファティアに、ライオネルは「ごめん」とポツリと呟いた。
読了ありがとうございました。
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