第4話「法力測定の意外な結果。陰陽師の素質なし?」その2
丁度その頃、食堂でも、慎之介が同じ話をしていた。
「俺も、ここの図書寮でたまたま調べて、その事が載ってたんだ。篩の泉が白く光る場合の法力はゼロ。つまり有り得ない色だってな」
「でも、アンタは間違いなく、白い光だったのよね」と櫻子が訊ねる。
「あぁ、見間違えてはないと思う」
インテリ眼鏡を中指で押上た慎之介は、ゆっくりと口を開いた。
「俺が考えるに、可能性としては二つある。一つ目は、そもそも本当に、法力が生まれた頃から持っていない。二つ目は、何者かによって、法力が盗まれたか」
「でも、俺、盗まれたような記憶はないぜ」と桃眞は言った。
陰陽頭の部屋でも皇が話を続けている。
「三つ目の可能性があります」
「それはなんだ」と村雨が聞いた。
その問に、陣内が答えた。
「法力を、強制的に封印されている場合なら、有り得る話だ」
「封印だと?」
驚く村雨を他所に、皇が微笑みを絶やさず続ける。
「人によって、それとも、モノによって封印されているかは分かりませんが。私はこの三つ目の可能性が高いと思っております」
「何故、そう思う」と村雨。
「彼には、法術が効きません」
「何だと」
「私が外界で彷徨っていた彼の下へ直接赴いたのは、どれだけ強力な式神を送っても、彼には見えていないと言う事です。一般人ですら見える程の式神です」
その時、村雨が何かを思い出したかの様に顎に指を添えた。。
「確かに、何とか助かった隊員も救出したガキには"見鬼術"も"忘却術"も効かなかったと言っていたが、あれは本当だったのか」
「どの道、彼をあのまま外界に置いておいては、この謎が解ける前に鬼に殺されてしまいます」
「だから、ここで匿うってことか」
「そうです。それに、あの鬼は阿形 桃眞に執着していると見て間違いありません。彼がいる限り、いずれはまた黒い鬼と会える機会が訪れるでしょう。そして、黒い鬼と、彼の法力の謎には何か関係があるのかも知れません。これはあくまで、今現時点での私の考えですがね」
大きく深呼吸をした陣内が目を開いた。
「取り敢えずは入学を許可しよう。彼をどう教育していくのかは、他の先生方に任せる。まぁ、法力が無い彼が一番苦労するとは思うが。陰陽助やその他の役職、博士達には、私から上手く伝えておこう」
「ありがとうございます」と皇は頭を下げた。
村雨が、和室を出たあと、陣内が皇に問いかけた。
「皇よ。まだ陰陽師に戻るつもりは無いのか? なぜ、まだ世話役に徹するのだ。お前にはそれ以上の素質と力、何よりもその資格があると言うのに」
「それは、誤解です。私は、陰陽師たる資格は御座いません。それに、今のままの方が身軽です。役職に縛られては、息苦しゅうございます」と笑みを絶やさず、皇は部屋を後にした。
「あの黒き鬼に会える機会か……それが、お前の一番の目的、望みであろう。お前は忘れておらんのだな。父親の仇を……」
陣内は、懐の扇を取り出し、顎に当てながら思案をし続けた。
「阿形 桃眞……。なにやら、彼の存在で、この陰陽寮が騒がしくなってきよった。彼の入学……吉と出るか……凶とでるか……」
「私は、雉宮 櫻子 。あんたは」と、問う櫻子に「阿形 桃眞」と答え、だし巻き卵を口に放り込んだ桃眞。
「そういやさ、二人は付き合ってんの」
その言葉に慎之介は何を動揺したのか、触っていたスマートフォンを床に落とした。
「そんな訳ないじゃん。ただの幼馴染よ」と櫻子が平然と答える。
「ふーん」
スマートフォンをテーブルに置いた慎之介が桃眞に訊ねた。
「そう言やお前、どうしてこんな時期に転校なんてしてきたんだ」
「あぁ、それね」と桃眞は、伏し目がちに答える。
「実は、友達がね……心霊スポット巡りがしたいって言い出してさ。しつこく誘われたんだけど、どうしても断りきれなくてさ。一人で行かせるのも心配だろ。だから付いていったって訳」
櫻子が「馬鹿ねぇ。霊が見えない人程、そう言う危険な場所に行きたがるのよね」と茶々を入れる。
「そこで、写真を撮影してるとさ、太い木に変な緑色の石みたいなのが見えたもんだから、友達がそれを取ろうとしたら……鬼?……が、出てきて襲われたんだ」
「眠っていた鬼を起こしたって訳か」と慎之介が頷いた。
「それからまぁ……色々あって……友達がね……。何とか俺一人が家に帰る事が出来たんだけど。ウチにまでソイツが来てさ。親も襲われるし、俺ももう殺される事を覚悟したんだけど。その時に、陰陽師? の人達が助けてくれたんだ」
「怪伐隊の事だな」と慎之介がそう言った瞬間、眉をひそめる。そして言葉を続けた。
「お前、それってもしかして、何人かの隊員が殺された事件だよなッ」
「多分……そうかも知れない……」
そんな会話をしていると、桃眞の後ろの席から食器を落とす音が聞こえた。
「それから、何日か経った時に皇さんが……」と言いながら、背後が気になり、振り返ろうとした桃眞の頬を硬い拳が弾き、視界が横に揺れ床に転んだ。
一瞬の出来事で何が起きたのか理解出来ない。
遠くで、櫻子の悲鳴が聞こえた様な気がした。
顔を振り、意識を呼び戻す。
周りで食事をとっていた生徒達が異変に気付き視線が集まる。
するとそこに、黒い狩衣を纏う青年が、怒りに満ちた表情を桃眞に向け、仁王立ちしていた。
ダークブラウンの艶のある髪をしている。
桃眞の後ろの席で会話を聞いていたようだ。
「な、なにッ……?」と訳が分からず、目の前の青年に訊ねる。
「お前か……俺の大切な……自慢の兄さんを死に追いやった張本人はよ」
まだ状況が掴めない桃眞に慎之介が説明をした。
「コイツは、寺沢 漣樹。俺と同じ二年で、兄貴は怪伐隊の隊長……つまり、お前を助けようとして亡くなったんだ……」
「えっ……マジで」
そう言うと桃眞は立ち上がり、漣樹に対して深く頭を下げた。
「俺の為に、大切なお兄さんを亡くならせてしまって本当にごめんなさい」
「あぁ、許さねぇ。復讐させろよ。殺してもいいか?」と血走った目を向ける。
「いや。それは……」と言葉が詰まる桃眞の髪を鷲掴む。
「あぁ? お前に拒む権利があんのかよ。この人殺しが。んで何だ? わざわざ眠ってた鬼を起こして? 襲われて? んなの自業自得だろッ。そんなくだらない事で、俺の大切な兄さんは死んだのか?」
そう言うと、漣樹はまたも桃眞の顔に拳を打ち付けた。
桃眞は、手を後ろで組み、防御をする事なく怒りと悲しみが込められた拳を受け入れる。
それでしか、贖罪をする術がないのだ。
半ば強引に誘われたとは言え、あの森に入ったのは事実であり、結果、鬼を眠りから覚まさせ、襲われ、助けられた怪伐隊の隊員が犠牲になった事に変わりはない。
その部隊の隊長であり、漣樹の兄である人物が死んだ責任が自分にあると言われても否定は出来ない。
「そして、何だ? 一般人だと? 対して法力も持たないお前が、何で神聖な陰陽寮に転校してんだよ。こんなヤツを助ける為に、優秀だった兄さんが犠牲になったかと思うと反吐がでるぜ」
胸倉を掴まれ、腹を殴られ、顔を殴られる。
一方的に、ただのサンドバックと化す。
「ここはなぁ。神社や寺出身の子供しか入学できねぇんだよ。テメェみたいな一般人が来る所じゃねぇんだよッ」と言い、床に落ちていたフォークを掴むと、大きく振りかぶる。
すると、その光景を見兼ねた櫻子が口を開いた。
「寺沢さん。彼も悪気があって鬼に襲われた訳じゃないんだし。もうその変でいいでしょ。やり過ぎよ」
その言葉に櫻子を睨み付ける漣樹。
「女の分際で俺に意見してんじゃねぇ」
そう言うと、漣樹は櫻子の頬に張り手をした。
衝撃で床に崩れ落ち、痛みに頬を抑える櫻子。
その時、慎之介が漣樹に掴みかかった。
「お前、やり過ぎだろ。何、櫻子に手を出してんだよ」
「黙れ、最下層の人種が俺に意見すんのかよ」
その言葉に口をつぐむ慎之介。
漣樹が言葉を続ける。
「お前の実家の神社は、誰も拝みに来ないオンボロ神社。いつ潰れてもおかしく無いわな。何のご利益があるんだ? 負け犬のご利益かよ」と下卑た笑い声を上げた。
黙り、俯く慎之介。
どうやら、一番言われたくない事なのかも知れない。
唇から血が流れる桃眞がゆっくりと立ち上がる。
「寺沢さん……。俺は構わない。幾らでも……気が済むまで殴ってくれて構わないし、それで許されるとも思っちゃいない。だけど、二人は関係ないだろ。女に手を出すなんて最低だし、家柄がどうのこうのとか相手を見下してどうすんの。人間の価値はブランドじゃない。それは幾ら俺でも我慢できない。筋が違うっすよ」
瞬時に顔を真っ赤にして、怒りに顔が歪む漣樹。まさに鬼の形相だ。
「どの口が言うッ!!」と怒鳴る漣樹をさすがに取り巻きの仲間が抑えた。
「おい、やめとけ。これ以上は目立つ」
漣樹は仲間の手を振り解くと、人差し指を桃眞に突き付け「覚えてろ、俺は必ずお前に復讐してやる。兄貴の仇を取ってやる。覚えてろ……」と言い残し、仲間たちと去っていった。
櫻子を抱き起こす慎之介。
二人に向かって桃眞は「ゴメンな。俺の為に巻き添え食らわせて」と謝る。
櫻子は「ほんと巻き添えだよ。だけど反撃しなかったのは偉いと思う」と口にした。
「うん」と桃眞は頷いた。
そう言う桃眞の拳に力が入る。
事を起こしてしまった事への後悔と、非力な自分に対しての悔しさからなのか。
または、その両方なのかも知れない。
この陰陽寮で、それらを解決に至る力は見つかるのだろうか。
桃眞の中で、漠然としていた決意が固まり始めた瞬間でもあった。




