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旦那たちの愛を見届けろ/15

 いきなりの問いかけ。独健としてはすぐに言葉が出てこず、珍しく口ごもった。 


「あぁ、いや……」

「どうしたいですか?」


 音の数は同じ。ただ一文字違うだけ。意味もまったく違う。


 こうして、感覚の独健は故意に待たされて、焦りが出ているところへ、言葉のすり替えの罠を放たれてしまったのだ。


 隠れんぼをしている。ルールがある。それを守ろうとしている。光命は自分の意思を問うてきていると、独健は勝手に判断した。


「そ、そうだな……?」


 相手が混乱するタイミングと言葉で、瞬発力と冷静さを持っている光命が、疑問形を重ねた。


「どうされたいですか?」


 三番目の質問。最初の二文字が一緒。しかも、判断が非常に難しい内容。独健はその通り、さらに混乱させられ、ただただ言葉を繰り返しただけだった。


「されたい? 受け身か? 敬語か?」


 そして、罠の最後から二番目の言葉が、光命の中性的な唇から出てきた。


「私が決めてしまいますよ――」


 質問だったのが、いきなり主導権を握ると言ってきた。いくら独健でもおかしいと気づく。いつもだったら。だが、一時間近くも話もせず、悪戯に時ばかりが過ぎてゆく、二人きりの部屋。正常な判断も、優雅な策士に奪われてしまい、独健はうんうんとうなずいた。


「あぁ、そうだな。俺じゃ、迷ってばかりで、先に進まない気がするからな」


 光命から最終確認が入る。


「取り消しはできませんよ――」

「構わない」


 独健はさわやかに微笑んで、承諾してしまった。


 そして、光命は次の罠を仕掛ける。窓枠にもたれかかっていた足を大理石の床の上に落として、甘くスパイシーな香水を男二人の部屋ににじませた。


「それでは、椅子に座って、ピアノを弾いてください――」


 楽器など弾けない独健。無理難題が突きつけられた。若草色の瞳は驚きで丸くなり、鼻声が思いっきり聞き返す。


「はぁ? ピアノを弾く?」

「えぇ」


 副業として、ピアノの先生をしているピアニストは窓から離れ、白と黒の鍵盤のすぐ近くへと、非合理と言わんばかりに瞬間移動してきた。


 独健は壁際に立ったまま、戸惑い気味に髪をかき上げる。


「いや、俺は音楽はできないんだが……」


 そんな言葉は計算済み。光命はおどけた感じで、無効化する言葉を放った。


「――おや? 取り消しはできないと、先ほど約束しましたよ」


 自由がすでにない独健。心優しき独健。


「わ、わかった」


 今日初めて座るピアノの椅子に、独健は瞬間移動で腰掛けた。母は音楽をやっているが、誰がどう見ても自分は父親似だ。


 鏡のように綺麗に磨き上げられた黒のボディーに、落ち着きのない独健のまぶたがパチパチしている姿を映る。


「どこを弾けば……?」 


 冷静な水色の瞳には、光命に無防備な背中を見せて座っている、独健の後ろ姿があった。立っているのではなく、座らせられてしまった独健。


「自身の肩幅と同じ位置に両手を置いてください」


 どれが何の音かわからない。言われるがまま、独健の日に焼けた両手は、不釣り合いなピアノの鍵盤の上に乗せられた。


「こ、こうか……?」

「鍵盤を押してください」


 バイセクシャルでスーパーエロのピアニストから指示がやってきた。


「ん……」


 弾いた。思ったよりも重さがあり、弦を叩く打楽器のピアノ独特の、ピキーンとした音が部屋に響き渡った。たった一音だけ。


 男二人きりの部屋。いや夫二人きりの部屋。通常のレッスンではしない、エロティックな教え方が始まる。


「ピアノは手だけで弾くものではありません」


 光命は独健の真後ろから両腕を回し、鍵盤の上に無防備に乗せられていた、男らしい大きな手の上に、自分の神経質なそれをさっと重ねた。


 急接近してきた、甘くスパイシーな香水。耳にかかる、光命のコシがあるのにしなやかな紺の髪の感触。


「なっ!」


 独健の顔は驚愕に染まり、動こうとしたが、手はすでに押さえ込まれており、いくら中性的な雰囲気でも、力は男性なのだ。しかも、椅子は後ろにもう引けない。


 ドキマギし始めた独健とは違って、冷静さを常に持っている光命は、夕霧命から聞いた正しい手の使い方を伝授し始めた。


 あの修業バカ夫ときたら、武術のことになると全て忘れて、一点集中。思春期真っ只中の、バイセクシャルの自分の体を、指導することに気を取られて、今から独健にやるようにしてきたのだ。


「肩から腕、手のひら指先まで一本の線でつないでいかないと、上手に弾けませんよ」


 耳元で響く、遊線が螺旋を描く優雅で芯のある男の声。それだけでも、背筋がゾクゾクと官能のしびれを起こす。


 光命の手は独健の肩甲骨まわりをさすり、指先で肩から上腕の外側を通って、肘の内側をなぞり、前腕をつうっと愛撫するようにたどってゆき、手首にたどり着くと、五本の指先と自分の細いそれが完全に重なるように合わせて、今度は手の甲から背中へと戻り始めた。


 独健を襲ったのはこれだけではなかった。光命の細く神経質なあごは、フード付きジャケットの肩に置かれた。夫の顔が肩に乗っている。


 鼻声が裏返りそうになるのを必死で押さえながら、独健は猛抗議した。


「な、何してるんだっ! お前」

「肩の意識を持っていただくためです。お教えしているのです」


 遊線が螺旋を描く、性的に酔わせるような響きが耳元で舞った。光命が話すと、独健の肩にあごのガクガクと動く振動が、嫌でも伝わってくる。


 それでも、心優しき夫は何とか呼吸を整えて、お礼を言う。自由がどんどんなくなっていくとも知らず。


「あぁ……そうか。サンキュウな」

「それではもう一度弾いてください」


 再び耳元で聞こえてきた。人ごみで全ての人を振り返らせる、綺麗な男の声。


 チラチラと脳裏によぎる――独健の妄想世界。


 この男と二人きりのベッドの上で、いつの間にか手足を縛られ、無理やり開けられた口から媚薬を飲まされて、抑えられない性衝動に身体中をむしばまれ、ちてゆくしかない運命――


「弾いてください」

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