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境界線上の魔王  作者: 羽山一明
第九章 『昏き追憶の水底にて』
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9-27 王子の告白

 山の内部をくり抜くように築かれた王城の、人の気配がひどく希薄な奥部にて、ふたりの男女が相対するように向かい合っている。

 仰ぎ見る土色の空を正方形に切り取る高い塀、その上部。等間隔に据えられた照明具の下、互いに掲げる白刃が、開戦をしめす眩い輝きを放った。


「…………」


 冷えた緊迫をともなう沈黙に、砂地を摺る乾いた音が続く。

 二歩、三歩、ゆっくりと間合いを詰めていく靴先が、息を合わせるかのように地を蹴った。

 追いかけるように響き渡った金属音に次いで、針の如く火の花が千々に咲く。交差する刃の向こう側、視線を重ねたふたりの瞳が、光の余韻を映して煌々と輝いた。


 耳をざわつかせる鍔迫り合いが、ゆっくりと、だが確実に均衡を失ってゆく。優勢を見た青年が、食いしばる歯の隙間から苦悶を漏らしながら、握り込む手にいっそうの力を込めた。


 瞬間、相対していた女性の口元が、待ちかねていたかのようにふわりと緩んだ。

 違和を覚える間もなく、押し込まれていた女性の刃がふっと脱力し、翻る。剣を受け流した彼女は、そのまま舞うように側面に回り込むと、前のめりになった青年にとどめとばかりに足払いを仕掛けた。


「……ぐっ……!」


 勢いのまま砂地を裂いた剣を、だが、青年はそれでも手放さず、軸足を捻って強引に振り払った。半月をえがく青年の渾身の一撃は、しかし軽やかに身を退いた女性の身体にわずか届かず、空を切る。

 生じた隙に踏み込んだ女性が、悠然と、だが容赦なく、青年の頭上に剣を振り下ろした。


「……参りました」


 ぴたりと止まった剣を目前に、青年はむしろ嬉しそうに敗北を認めた。

 その宣告に頷いた女性――フレデリカは、剣を鞘におさめると、ぺたりと座り込んだ青年を覗き込むようにしゃがみ、猫を思わせる切れ長の目をすっと細める。


「力に任せるだけやったらうまくいかんて言うたやろ? なんで実践したん?」

「……すみません。どうしても、身を以て理解したくて、つい……」


 子犬のように萎縮し項垂れた青年の前に、小さく細い手が差し伸べられる。応じた青年は、だが、土をついたばかりの自身の手のひらの色をみとめると、躊躇うようにすっと腕を引いた。

 その動きより素早く伸びたフレデリカの手が、土にまみれた青年のそれを掴み、有無を言わせず引き上げる。呆然と立ち上がった青年の前で、一転、花咲くようなあどけない笑みが弾けた。


「ん。理由あるんやったらええよ。感覚を頼りにして戦うんは、止めろまでは言わんけど――」

「――感覚の欠点を補うだけの地力を身につけろ……ですよね?」


 伸ばした人差し指をくるくると回しながら、得々と始まったフレデリカの説明を、青年が嬉しそうに補足する。つられてこぼれたフレデリカの笑みに、小さな靴音が続いた。


「感覚派筆頭みたいな人の言葉とは思えないですね」


 水を差すように飛び込んできた声に、フレデリカがむっと視線を転じる。それをまるで意に介さず、声の主――ヘイゼルは、青年に向けて濡れた手拭を差し出した。


「手拭です。よろしければお使いください、アルフォンスさま」

「……ありがとう、ヘイゼル。言葉遣いのほうも、そろそろ砕いてくれると嬉しいんだけれども……?」

「いえ、僕は……」


 場違いな人間ですので、と言いかけたヘイゼルが、視界の端にむくれる母をとらえ、静かに口を噤む。子供らしからぬヘイゼルが見せるそのうやうやしさに、第一王子アルフォンスが困ったような笑みを浮かべ、唇に人差し指をそっと添えてみせた。


「無理を言って師事を願い出たのは私のほうなんだから、ここでは互いの立場のことは言いっこなしだよ。それに、僕だって、親しい人にまで"王子"と呼ばれるのは、ちょっと息苦しいときもあるし……」

「……それ、さっき、お母さんがメイベルさんに同じこと言ってましたよ」

「おっ? 師と仰ぐ方たちと同調できたのなら、弟子として光栄至極ですね」

「………」


 苦言に抗するどころか便乗してみせたアルフォンスに、さすがのヘイゼルも唖然と口を閉ざした。気のおけない応酬に肩を震わせていたフレデリカが、思い出したように小さな声をあげ、蒼の見えない空を仰ぎ見る。


「……そろそろ、ふたりが手紙を読んどる頃やろか」

「そうですね。見つけられたならば、の話ですが、メイベルさんなら大丈夫ですよね」


 当たり前のように信頼をしめすその言葉に、土気色の天井に張り付いてたフレデリカの視線が剥がれ落ちる。そのままアルフォンスへと向いた彼女の表情に、期待と好奇心と、少々の意地悪さが滲みだした。


「興味本位で聞きたいんやけど、あの手紙を読んだメイベル、どんな反応すると思う?」

「え? なんですか、その質問?」

「ええからええから。傭兵としてのあたしらが、周りにどんな印象持たれてたかってこと、ちょっとだけ気になっててん」

「……なるほど。そう、ですねえ……」


 あまりにも素直に受け取ったアルフォンスが、真昼の青空のような目をすっと細め、顎に手を添え、厳かに口を開いた。

 同刻、異なる色をした空の下。孤児院のソファに腰掛けたメイベルは、みずからの発言と仕草がアルフォンスによって完全に再現されていたことなど、無論、知る由もなかった。



……

…………

………………

……………………



「この方、フレデリカに取り入ろうとしていませんか?」


 状況によっては不敬罪に相応する発言を、ファウストは冷や汗とともにさらりと流した。

 親愛を超えて執着すらみせる部下の横顔を確かめながら、彼女を刺激せぬよう、慎重に言葉を選び抜く。


「……判断を急く前に、まずは順を追って内容を検めましょう。目的の不透明な王子を信じるのではなく、彼を信じることを決めたフレデリカさんを信じましょう」


 この時ファウストは、昂ぶるメイベルの気持ちを冷静に斟酌したうえで、むしろ彼女の意志に同調をしめしていた。


 フレデリカとヘイゼル、ふたりの身のみならず、産まれた子まで人質にとられているような現状。彼女たちを脅かす危険は、龍と関わったからこそ招かれてしまったものであろう。

 メイベルを、そして孤児院を守るため、虎穴に身を投じたフレデリカという人間は、世の理を、平穏を、そこに生きる命を守ることを掲げる龍族にとって、紛れもなく例外たる存在である。傍目には冷静さを欠くようにも見えるメイベルの感情論は、期せず、種族の命題を絶対視するファウストの結論と、パズルピースの如く音をたてて合致したのだ。


 みじかい思考を終えたファウストの視線が、張り付いた署名から文頭へと移動する。その半ば、折り癖のついた紙をおさえていたメイベルの指先、打ち震える感情を示すその動きをとらえた彼の心が、頭の隅に追いやっていた仄暗い選択肢に手を伸ばした。


 或いは、私みずからこの手で――


「ファウストさま……?」


 氷を纏う思考につられて硬直していたファウストが、心配そうなメイベルの呼び声に、はっと我を取り戻す。静かな謝意を呟いた視線が、数度の瞬きののち、改めて文頭へと落ちていった。


『――まず、こんな回りくどい手法をとってごめんなさい。誰に聞かれているか、見られているか、それすらもわからなかったから、芝居のようなかたちを取らせてもらいました』


「……会話の節々に感じた不自然さは、そういうことでしたか」

「彼女、演技とか苦手そうですものね」


 文章から離すことなく笑い合ったふたりの目が、息を合わせるように続く文章に注がれる。


『――アルフォンス殿下とは、私が後宮に身を置いて間もなくご縁をいただきました。殿下曰く、一年ほど前、素性を隠して前線の視察をされていた際、魔物に襲われてしまい、そこへ駆けつけた私たちに命を救われたそうなのです。後日、私のことを聞きつけた殿下は、恩返しも兼ねて、私を囲い込もうとした国の目的を、ご自身の推察を添えて話してくださいました。ふたりへお伝えする許可も併せていただきましたので、今回、こうして筆をとった次第です』


 続く文章の筆跡が、ぱたりと様変わりする。

 件の王子さまのそれであることを察したふたりは、もはや言葉を交わすこともなく、目線だけをただ紙面に走らせた。


『――ご挨拶申し上げます。ご紹介を賜りましたアルフォンスと申します。礼にかなって、直接お目にかかり、ご挨拶申し上げるべきところ、様々な事情を踏まえ、書面にて簡略的に代替することをお許し賜りたく存じます』


 腰の低さが目立つ文章がつらつらと続くさまに、王族に確かな敵対心を秘めていたふたりが、静かに面食らう。絆されかけた情を自覚したメイベルは、慌てたように首を振って気持ちを引き締めると、眉根に険を浮かべながら密書を睨み付けた。


『――陛下が最も重視する目的として、まずは富国が挙げられます。

 およそ五年前の境界線の出現時、我が国は八名の妃と十二名の子を抱えていました。

 しかし不幸なことに、私を除く全員が魔力の才覚に恵まれませんでした。

 このことから、陛下は当初、魔力に頼らず現行の体制を継続し、混迷きわめる当時の状況への対応を試みました。ですがご存じの通り、魔力というものが予想を遙かに超えた重要性を秘めていたことが明らかになり、現在のような、才覚をもつ人材を広く招集する体制へと方針を転換させました。

 フレデリカさんにおきましては、ご本人ならびにご子息がきわめて優秀な魔力をお持ちであることから、魔力をもつ世継ぎを授かる可能性が高いと評価された、という経緯がございます』


「…………」


 最後の段落を読み終えたメイベルの全身から、焔を思わせる魔力がじわりと迸る。その肩にそっと掌を添えたファウストが、もう一方の手を伸ばし、諌めるように、或いは気遣うように、次段の一文を指先でとんと叩いた。


『――以上は歴とした事実であり、みなさまの予想とも概ね一致した部分かと存じます。ここからは、私が独断で収集した証言、資料、状況証拠等から組み立てた推論です。

 ……なお、以降の情報は、知り得る事そのものに大きな危険が伴います。ご了承いただける場合のみ、二枚目の文書へとお進みください』


 目を通すなり、メイベルの指先が紙面を捲る。

 その文頭に刻まれていた言葉に、同じ色を秘めたふたりの龍の双眸が見開かれていった。


『……ラフィアは、境界線を憎悪するあまり、赤子をも対象とした魔力の人体実験に手を染めている可能性があります。

 以下に、私が嫌疑を抱き接触を試みたひとりの男が、自害の直前に口にした台詞を記述いたします。私には妄言としか解釈できませんでしたが、魔力に造詣の深いお二方ならば、事態の仔細をより鮮明に掴む手がかりとなり得ることかと存じます』


 ――曰く。


『世界の神たる龍族を、もう一度創り上げるのだ』と――

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