第六話 カリーナ・ハイデルベルク
カリーナ・ハイデルベルク。
国軍の魔法師団に代々貢献し続けてきた高位魔法貴族の御令嬢である。
ハイデルベルク家は古くから水の大精霊の寵愛を受けてきた家系で、魔力も加護の量も一流の水準を満たす魔法使いを多く輩出してきた名家なそうだ。
大精霊の加護とは何か?
ここ、サーフサイド大陸では精霊信仰が盛んな大陸。
この大陸において魔法の技能とは精霊の加護に由来していると考えられている。
火・土・水・風・光の五人の大精霊の加護。
魔法使いとして生きていけるだけの魔力を保有する人にはいずれかの大精霊の加護が与えられているとされている。
どの精霊の加護を与えられたか?
どれだけ強力な加護を授かったのか?
それらがココでは魔法使いを測るひとつの指標となっているようだ。
しかし、カリーナは一流どころか三流と蔑むのも憚られるほどの無能らしい。
大精霊の加護は火。
ハイデルベルク家では初らしいが、家族と違う加護を与えられるというのはそれほど珍しい事ではないそうなので、これについてはそれほど問題視されていないそうだ。
与えられた加護の量に関してもこの大陸の高位魔法貴族の一員に相応しい水準に達している。
問題は魔力の量。
これが本当に悲惨なほど少ないらしい。
この学園に入学出来たのもぶっちゃけコネなのでは?
そう思われても仕方がない程少ない。
学園の記録によると<種火>の魔法を二回使うだけで魔力が枯渇寸前に陥るそうなので最早病気を疑うレベルだ。非魔法使いの冒険者でも<種火>程度なら十数回使える事を考えると、その才の無さが分かると思う。
普通の魔法使いならいくら高位魔法貴族の令嬢とはいえ歯牙にもかけない存在だが……
俺にとっては非常に興味深い実験対象だ。
「ええ、問題無いですよ」
「やったー! それじゃあ失礼しまーす」
隣に座っても良いかと聞かれて了承すると、無邪気な笑顔を浮かべながらくっついてきた。
余談だが当学園の講義室は授業によって異なるが、『恋愛学』の授業が行われるこの講義室は横長の机と椅子に複数人ずつ掛ける割とスタンダードな一室である。
なのでやろうと思えば今彼女がしたように、身体を密着するように隣合って講義を受ける事も一応可能ではある。
想像以上の至近距離に詰め寄られ思わず少し距離を離そうと少し窓際に身体を寄せると、彼女の身体も追随する。貴族令嬢とは思えぬ非常識な行いに思わず目を見張る。
しかし、そんな俺の驚愕などまったく気にせずにニコォと微笑みながらカリーナが話しかけてくる。
「えへへ、私はカリーナ! カリーナ・ハイデルベルクだよ! よろしくね!」
「……ああっ、私はトット・レッドラインだ。よろしく」
「うんうん、よろしくよろしくー♪ ねえねえ、トットくんは『恋愛学』とる~?」
「えっ、いや、『恋愛学』は多分取らないかな……? もう取る授業は全て決めているんですが、折角なので参加出来る授業には出来るだけ参加しようと思って参加しただけです……。」
「そうなんだ! じゃあ私もこの授業取るのや~めた!」
「なぜ?!」
????????
えっ、これって本当にカリーナ・ハイデルベルクなのか?
確かに学園の資料に載っていた写真と全く同じ顔ではあるのだが……。
学園の生徒の資料は非常に簡易的なものではあるが学園に申請をすれば誰でも入手可能だ。
これは学園に入学する前に結婚相手に当たりをつける為の資料として活用される。
クリーム色の柔らかくふわふわとした長髪はゆるやかなウェーブが掛かっていて、黙っていれば女神のような神秘的な魅力を感じさせる。
慈愛に満ちた聖女のような優しげな顔つき。
小ぶりで可愛らしいピンク色の唇。
少なくても俺の十三年の短い生涯の中で彼女ほど顔が整っている女性を見たのは初めてだ。
体型は小柄だ。
俺が大柄な事を差引いても小さく見える。
恐らく150前後だろう。
俺の胸元程度までしか無さそうだ。
そしてそんな未成熟な女性らしい身長に反して、胸や臀部は世の女性に喧嘩を売っているとしか思えない程女性としての色香を周囲に振り撒いている。
つまりでかい。
こいつ本当に俺と同じ十三歳か……? と疑問を感じる程度にはでかい。
彼女の小さな掌ではまず間違いなく収まらない程度の大きさだ。
先程から出来るだけ視界に入れないようにと意識して視線を外そうとするのだが、彼女の顔を見ようとすると自然と視界に入ってしまうのだ。
で、そういった彼女の身体的な特徴はどうでもいい。
身長や胸部の情報はともかく外面の良さは資料で既に見て知っていたからだ。
問題は言動の方である。
貴族令嬢とはとても思えないノーガードっぷり。
言葉の端々から感じられる自由奔放さ。
そして媚びるような態度がすごい気になる……
彼女、これで無理をしていないのだろうか?
とても常人が素で取れる態度とは思えない。
こちらを圧倒するような勢いで迫ってくるから正直対応に困る。
これが魔物や賊なら逃げたり魔法で距離を置くのだが……
残念ながら講義開始間際の教室、他に知り合いもおらず、窓際の端の席なので逃げ場は無い。
「えーっ、だって、おともだちのいない授業とかつまらないでしょ??」
「? いや、興味があるなら取った方が良いと思うけど」
「でもぉ、トットくんは取らないんだよね?」
「そうだけど……」
「うん、じゃあカリーナも取るのやめる!」
「あははは、そっかぁ……」
こちらにウィンクしながらこれから始まる講義を受講しないと宣言するカリーナ。
当然ながらそんな事を大声で宣言すれば教室中から視線が集中するわけで。
俺は背に嫌な汗を感じつつも、彼女の相手を続けた。
そんな時間が永遠に続くかと思われたその刹那。
けたたましい音と共に講義室のドアが開け放たれた。
なんだなんだと思わず視線を向ければ濃紫の短髪を逆立てた黒ローブの男が入ってきた。
「……時は来た。講義の時間だ……!!」
講師はキメ顔でそう呟くと同時に講義室をスッと見渡す。
そして俺とカリーナを目に留めるとフッとニヒルな笑みを浮かべてこう呟いた。
「フッ、これはまた興味深いカップルが生まれちまったな……」
それをきっかけに教室中の視線が再び俺達に集まる。
数人の女生徒からは嫉妬にも似た目線を感じたが、それ以上に微笑まし気な「若者カップルの恋を見届けたおせっかいな知り合いのおばさん」のような生暖かい目線を感じられて俺は思わず下を向いた。
目や頬がかぁ~っと燃え上がるように熱を持ち、心臓がどくどくといやに激しく音を立てている。
そんな俺の恥ずかし気な雰囲気とは打って変わって。
高位魔法貴族の御令嬢カリーナ様は笑顔で返答した。
「はい、頑張って幸せになります♡」
再び教室中にざわめきが広がる。
その中でも心抉られたのが「というかあの男子、チョロすぎなのでは?」という女子からの一言である。
チョロくないわ……知らないけど!
そもそも女子からアプローチ(?)されたのも初めてですけど……!
というかカップル?!
普通に彼女とは初対面。
さっき知り合って少し雑談していただけなんだけど?!
いろいろ意味不明過ぎてついていけない……!
その後の九十分は悪夢としか言いようがない。
「お前らも授業を受け続ければそこのカップルみたいに幸せになれるだろうさ」と何度も水を向けられ弄られ続けた。いつの間に付き合っている事になったのか、コレガワカラナイ。
入学して一週間未満にも拘らず。
早くも俺は退学したくなった。
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