第二話 ライフエリクサーと錬金術師ギルド
2/21 18:00 錬金術師ギルドにおけるギルド証のランクを表す色を修整
「トット・レッドライン! 貴様を錬金術師ギルドから追放する!!」
錬金術師ギルド・アトリア支部、そのとある一室に怒声が響き渡る。
叫んでいるのはイリア・スノーベル。
錬金術師ギルド・アトリア支部のギルドマスターである。
艶やかな桜色の髪、意志の強そうな緑色の瞳。
若い頃はさぞモテたであろう整った顔立ち。
しかし悲しいかな。
時の流れは残酷である。
頬や目元にはくっきりとシワが目立ち。
ギルドマスターとしての苦悩と生まれてからの歳月が見て取れる。
それらは女性としての魅力を消失させた代わり、老練の錬金術師としての貫禄を見る者に感じさせる。
「おいガキ、お前今私の事をうるさいババアだと思っただろ? 思ったよなあ? 素材にするぞガキイイイイ」
俺は何も言っていないにも拘らず老婆が癇癪を起こす。
老人特有の余裕の無さ。
被害妄想は膨れ上がり彼女の中では現実と化している。
未来ありまくり。
余裕もありまくりの俺は「仕方ないお婆ちゃんだなあ」と大人な態度で受け流す。
「えーっと、品質も数も問題無さそうですね。品質C以上のライフエリクサー五十本の納品、確かに確認させていただきました」
老婆が叫んでいる間に搬入物の確認をしていた錬金術師ギルドの受付嬢が、顔を上げ笑顔で今月のノルマの達成を報告した。
錬金術師ギルドは魔法薬と魔道具の二部門に大きく分かれる。
両方やる人もいるようだが、俺は魔法薬部門に籍を置いている。
冒険者ギルドと同じくA~Eの五段階のランク分けをされていて自分はAランク。
つまりは最高位に座している。
何故そんな事が可能かと言うと、錬金術師ギルドは厳しい実力主義で加入直後でも実力さえあればAランク、逆に実力がいつまでも身につかなければ一生Eランクだ。
一年に一回ランク更新のテストが行われる。
自分はここの支部ではなく生まれ育ったレイドホース帝国で、八歳にしてAランク判定を貰って「神童」なんて呼ばれて持て囃された過去を持つ。
ただこれにはちょっとした「タネ」があるのだが、何だかんだでAランクに相応しい技量が備わっているのは紛れも無い事実である。
錬金術師ギルドでBランク以上だと様々な恩恵がある。
ギルドの資料室に保管されている通常の書物はどのランクでも読めるが、より高度で秘匿性の高い資料が保管されている禁書庫の書物を読めるのはBランク以上の特権だ。
他にも素材を安価で、しかも優先して回して貰える他にも研究室(錬金術師的な言い回しだと工房)に適した部屋を借りる代金を援助して貰えたりもする。
その代わりギルドへ高難易度の魔法薬を納品する義務が発生する。
今目の前に置かれている五十本の魔法薬がそれに当たる。
──ライフエリクサー
部位欠損すら治癒可能な高位魔法薬である。
材料自体はそれほど特別な物を使うわけではない、数十種の薬草から成る。
ただ、それは逆に言えば素材で誤魔化す事が出来ないという事を意味している。
素材自体に強い効果がある魔法薬の場合、多少精度の低い調合をしても素材の秘めた力である程度の効果を発揮してくれる事が多いが……ライフエリクサーの場合それが無い。
だからこそ高難易度と言われる由縁だったりもする。
そしてこの魔法薬、品質を一定に保つとなると更に悪魔的な難易度と化す。
この街どころか、この国でライフエリクサーを安定した品質で作成出来る人間が三人しか居ないと言われているぐらいだ。
ちなみにその内の二人は王族お抱えの錬金術師であり、一般人では俺ぐらいしか居ないと言われている。
そしてそれこそが目の前の老婆が頻繁に俺を追い出そうと叫ぶ理由だったりもする。
彼女の中では優秀な俺が、彼女を追いやって錬金術師ギルドマスターの座をいつか簒奪すると考えているらしい。
実際その可能性は0ではない。
もっとも、それはあったとしても数十年後の未来であって……
その頃には目の前の老婆は地の底で煉獄の炎に焼かれるか、憐れなゴーストと化していると思うが。
「トットォ!!! トット・レッドラインンンンンン!! お前は追放だって言っただろおおおぉおおぉ????? さっさと出て行けえええええええええええええ!!!!」
「……いくらギルドマスターとはいえ何の理由も無くトットさんを追放出切る筈が無いでしょうに。いつも本当に申し訳ありません。後でよく言い聞かせておきますので」
「別に気にしてませんよ?今回で六十三回目ですから。もう慣れました。それでは失礼します」
「(めっちゃ気にしてるじゃないですか……)はい、来月もよろしくお願いします」
「で~て~け~~~~~~~~~~~~~~ッッ!!!」
出てけ出てけとヒステリックに叫ばれたので言われるまでも無く部屋を出た。
老人介護は俺の仕事ではないのだ。
用が済んだ以上部屋に留まる理由は無かった。
冒険者ギルドに比べて何処か冷ややかな雰囲気の支部内を歩く。
周囲は不気味なほどに無音だ、俺の靴が床を蹴る音だけが響いている。
やがて階段に差し掛かり降りていく。
三階建ての当支部の最上階から二階に降りるまでは何の問題も無かった。
だが、二階から一階へと降りていくと敵意に満ちた視線が突き刺さる。
嫉妬に塗れたギラついた瞳。
彼女達の耳には銅や石のイヤリングが不気味に輝いている。
これは錬金術師ギルドのギルド証、使用される素材毎にランク分けされていて銅はDで石はEだ。
つまり俺からすると彼女達は格下のギルドメンバーと言える。
錬金術師に性別は関係ない。
ただ、傾向として女性メンバーがかなり多い。
統計を取った事も無いし、このギルドの人事に関わった経験も無いのであくまで感覚的な話になるが、支部内で見かける感じだと八対二ぐらいの割合で女性な気がする。
というのも、男性の魔法使いは戦闘系の職に就く人がすごい多いのだ。
国軍の魔法師団は高給で安定していると言われているし特に人気だ。
野心の強い人なんかは一流冒険者を目指して冒険者ギルドの門を叩く人も多い。
そんなこんなで錬金術師ギルドに所属する男性は比較的少ない。
それともうひとつ。
この状況を醸成した原因のひとつに、錬金術師ギルドの実力至上主義があげられる。
先に述べたがこのギルドは実力が直接ランクに反映される。
そんな状況下で、本気で錬金術に取り組んで生計を立てようと必死な彼女達からすれば……
自分達より遙かに年下で。「素材採集の為に冒険者ギルドにも所属してます!」なんてふざけた男が最高位に居るのは我慢ならないのだろう。
自分の方がきっと努力しているのに。
自分の方がきっと優れた錬金術師なのに。
なんであんな奴が自分より上の頂にいるんだと目線で語りかけている。
だからこそ本気で恨む。
だからこそ殺意を持ってこちらを凝視する。
その視線の熱量はほぼほぼ錬金術にかける想いの丈に比例したものなのだろう。
でも、所詮そのレベルなのだ。
必死になっても低ランクに甘んじている。
努力しても、結果が伴なわなければ無価値だ。
それは魔法薬の調合に似ている。
どれほど必死に勉強して、最高の材料を揃えて、手をかけて調合しても。
求められた効果をもたらさなければ、魔法薬としては何の価値もない。
無価値な液体に成り果てる。
悪意ある視線を無視して、真っ直ぐ出口に目線を向けた。
彼女達には目を合わす価値。
相手をする価値を一切感じられない。
いくつもの醜悪な目線を背に受けながら、俺は錬金術師ギルドを後にした。