第0話 プロローグ
暗闇の中で少年が佇む。
年の頃は十に満たない程だろうか。血のように赤い髪が揺れる。
幼いながらも端正な顔立ち。他の子どものように無邪気に笑えば愛らしいのだろう。だが今の彼は並々ならぬ空気を纏っていた。部屋の暗さも相まって表情全体が影に覆われている。唯一鮮明に見えるのは、髪と同じ血色の瞳とその中に宿るぞっとするほど冷たい光。
彼の後ろには、同じく血のように赤い深紅の髪の少女が佇んでいる。少年よりほんの少し年上のようだ。ウェーブがかかった長い髪を左右の高い位置で結んでいる彼女もまた、愛らしい外見とは裏腹に身を切るような冷たい瞳を持っていた。少年の服装が白シャツに膝までのズボン、黒いマントと比較的重たい印象であるのに対し、少女は胸や腹が露わになった水着のような甲冑を身につけている。分厚い魔道書を片手に無表情で呪文を唱える少年を、彼女は静かに見つめていた。
二人は立っているだけで目立つ風貌だったが、最も目を引くのは螺旋状の角だった。小さな頭に不釣り合いなほど大きな角がゆらりと揺れ、ロウソクの灯に影を落とす。少年が静かに跪いた。
「魔王ミアの側近、黒魔道士アルフィーの名の元に汝を召喚する」
後ろに佇む少女が、ごくりと息を飲む。
「ー我らの贄となれ。出でよ、異界の傑物よ!」
轟音。
そして閃光。
魔法陣から黒煙が吹き出し、部屋が薄墨色に覆われる。
視界が極端に悪い。捧げ物として備えた羊の首がぐしゃりと溶ける。消える。それと入れ替わるようにして、うずくまった姿勢からスッと身を起こす人影を捉えた。
「ー成功か…!」
少女がニヤリと小さな八重歯ー否、牙を覗かせた時だった。
「んお?訪問先、こんな場所だったか?」
間の抜けた声が響いた。
現れた傑物に、目を見開く少年少女。
魔法陣の中心に佇んでいたのは、青年ーと言うには脂が抜けており、中年ーと言うには若すぎる、さっぱりとした風体の人間だった。
「…成功…か…?」
少女が弱々しく発した疑問は、悲しいかな傑物による盛大なクシャミによってかき消された。