006 闘争と闇夜
「まずはレイが行動する。そしたら、勝機は確定。多分」
アルサ君がぼくに動けと命じた。無茶だ。向こう側には人殺しがいる。でも他に方法はない。
品のある食事をしようとしたために、突如暴徒が出現するはめになるとは思わない。今まさに起こっているが。
「それじゃあ説明する。お前らは密室にいる。俺の力によってな! そしてここは俺の独壇場。何でもできるってことだ。死にたい奴がいれば早めに来い。優先してやるぞ」
男はそう告げた。もちろんだが、誰も動きはしない。鳴き声を押し殺している人さえいる。すると男は机を蹴った。思い切り飛んでいった。
「誰もいないならこっちで選ばせてもらおうかなあ!」
彼の発言に反応して、一人の女性が出口へ動いた。必死に扉を開けようとしている。「開いてよ!」と叫んだが、直ぐに声は止んだ。男の左手に撃ち抜かれたのだ。
「あぁ、無駄だって言ったろ。でも楽しめるじゃねえか。次は誰だあ?」
血が辺りに勢いよく飛び散り、頭に穴が空いている。また悲鳴。
アルサ君を見ると「今だ」と合図していた。ポケットにあったライターを男に投げる。作戦では、これを頭に当てて上手くいけば気絶、急所を外れても気を逸らせる。そこを狙い伐つ、というもの。
だが思惑は大きく外れ、男は咄嗟に手を出して空中で掴んだ。気を逸らすこともできていない。不思議に思ったのだろう、声を上げた。
「なんなんだこれを投げつけやがったのはあああ!!」
ぼくは扉の近くにいたのだが、気付いていない。女を見ずに撃っていたのか? 相当手慣れている。
ここで「はい。ぼくです」と言った所で撃たれるだけだ。男は投げつけた当人を三人目にしたいらしい。男は宣告する。
「いない訳ねえよなあ!出てこねえなら片っ端から撃ってやる!」
いきなり発砲音。ぼくから最も離れている人が撃たれた。幸い足だけで済んだようだ。恐怖しているが、無理に声を抑えている。
「あらら、外しちゃった。少し火でも使うか」
そして、ライターの火を付けた。微々たる炎がついていただけだが、男が息を吹くと異常に大きく燃え上がった。だんだんと熱く大きくなっている。足を怪我した人に燃え移ろうとしたところで火が消え失せた。
男にとっても想定外だったのだろう。その後は赤くならなかった。何度も着火させようとして失敗している。
アルサ君は腕を真っ直ぐ伸ばしている。何してんだ?
「アルサ君、何してる?」
「いや、思考力を上昇させるのに丁度いいんです。その、お陰で奴の能力がおぼろげながら分かりました」
などという。そうなら、この状態から脱することができるはずだ。
「恐らく、空気を自在に操れる。それで扉を抑えつけ、塊にして撃って、炎に空気を送った。これで全て説明が付く」
恐らくだと? そうか、アルサ君の能力でもなかなか分からないのか。打開する方法はあるか?
あ、能力はぼくにもあるんだ。これは使える。その場に立ち上がり和平交渉を。それらしい臭いセリフを吐く。
「なあ、もう撃つの止めろよ! みんなが傷付くだろ? 何も生まれないだろ?」
男は睨み付けた。心の底で声が響く。
〈 足が強くなる能力を手に入れました
筋力、瞬発力、回復力が著しく向上します 〉
やったぞ、新たな能力を獲得した。けれど、足限定なのか。厄介だ。それに構わず、男は苛立ちを表現する。
「はいはい、特別枠がいいんだねえ!」
慣れた様子でこちらを撃つ。絶体絶命だ。けれども、ぼくの頭を掠めるのみだった。横でアルサ君が引っ張って助けてくれたのだ。
「レイ、危ないでしょ! 無理に能力を使わなくていいんだよ!」
やはり分かっていたようだ。無用な心配をさせてしまったな。大丈夫だよ、とだけ言った。
男は外したことに激昂する。ずっと捕らえていたウェイターさえ手放して、正確に左手をぼくに向けた。鉄のように固く力強く腕に力を蓄えて、撃った。撃たれた。足を貫いた。足首の辺りから鮮血が流れ出る。遅れて一驚する。驚きのあまり声は出ない。
痛みが走る。刺すように鋭い痛み。このときぼくは、目をとてつもなく開いていたのかもしれない。口も開け放っただろう。しりもちを付く。体が震える。ここで終わるかもしれないという恐怖が脳内を支配する。嫌だ。まだやりたいことはあるんだ。
手に感触があった。誰かの支えがあった。横にいたのはアルサ君だ。色々な感覚が消えていった。少し楽になる。
「まずはおちついて。いきをゆっくり」
震え声でありながらも、横で寄り添っていた。
わざとらしく大声で言ったのは男だった。
「あーあ、汚ねえ友情なんか見てられるかっ」
言下に男は再び撃った。もうダメかな。
撃ったはいいが、軌道が逸れた。そして怪我をした。自らの足を撃ち抜いたんだ。誤射か? 意図か? どうであれ自滅したことにかわりない。
「うわあああああああ!!」
叫んでいる。チャンスは今だ! 足を出そうとした。その瞬間、
「待って」
アルサ君がぼくを制止して、ピザの皿を男に投げた。見事に命中して気絶。ではないが、顔面にヒット。男をさらに混乱させた。ウェイターもびっくりしている。別の意味でだろう。
アルサ君が何か喋ってきたが無視。直ぐに男のもとへ走り、足を上げ、気を失わせるために十分な力で蹴る。耳の後ろを狙って蹴り飛ばす。男はその場に倒れこんだ。ついに倒せた。
それと同時に厨房から人が飛び出して来た。コックだ。
「あなた方は大丈夫で、うっ! おえ」
首のない人を見て嘔吐した。苦手なんだなきっと。厨房へ戻っていった。あの人は、男の能力でこちらに来れなかったんだろう。
ということは、ドアが開いてる。やっと外に出られる。そのタイミングで「逃げて」と聞こえた気がする。弱々しい女の子だ。その言葉は微かだったが、真に迫っていた。逃げよう、遠く離れなければ!
突発的に走り出してしまった。もうすでに空は漆黒だ。だが通りは明るく、少し返り血がついているぼくは目立つ。走っているから余計にだ。何か見えない力に押されている。その感覚が分かる。逃げないと、逃げないと。足から血が吹き返す。
思い切り走り続けている。疲れ始めた。それでも何故か走ってしまう。誰に背中を押されているんだろうか。
商店街の端に差し掛かる間近、俄にアルサ君が前に出た。いつの間にか先回りをされたのか。アルサ君は止めの態勢に入る。けれど、近づく前にぼくは止まった。
「どうして、逃げるように、出ていった、の?」
ドンピシャ。その通りだ。
「誰かがそう言った」
「誰が?」
「知らない女の子だと思う」
「そんなの、聞こえ、なかった」
嘘だ。全員に聞こえたはずだ。
「嘘はつかないで、レイ。凄惨な場面から、抜け出したかっただけ、でしょ?」
いつもならそうだろう。人の死は見たくない。なのにさっきは異様に冷静さがあった。自分でも分からない。
「違う。誰かの声が」
「もしくは暴走?」
言葉を遮断してアルサ君は言う。
「能力の暴走が始まったの? 僕はよく、分からなかったけど、前兆を感じたとか」
「だから違うって!」
叫んだ。夜の街に響いた。人気はない。すごく荒々しい気分である。
「全く訳が分からない。けれど逃げないと、駄目って」
と、そうは言ったが、人の死に関わりたくないのが一番の理由だろう。
涙が自然とこぼれた。
「本当なら助けていられたかもしれない。けれどぼくが躊躇ったがために犠牲が」
「そうじゃないでしょ! レイは悪くないよ」
また、なだめてくれようとしている。
「多少死傷者は出たけど、最低限に抑えられたでしょ?」
「それでもぼくは、何も」
「確かにそうかもね」
その声の主は見知らぬ男だった。後ろから声がした。振り返る。顔まで黒一色の大男だ。反射的に問う。
「誰なんだ!」
「いい質問だが、回答は控えるよ」
そういうと大男は目を覗かせた。黒いコートを羽織っている大男は、こちらをはっきりと見る。尋常ではないほど、真っ直ぐ目を睨んでくる。動けない。冷や汗が流れる。
とたんに意識が抜けて来た。もう言葉が出ないうえ、動くこともできない。ふらふらとする。意識の片隅で「レイ!」なんて呼ぶ声がした。いつの間にかぼくは気絶していた。
ん? 揺れている。乗り物か? でも乗った覚えはない。それに何だか初めて乗る物の感覚だ。どんなものだろう。
だんだんと意識が回復してきた。そして分かったことがある。まず、ぼくは目隠しされ拘束されている。そして誰かにどこかへ運ばれている。その誰かというのは全く見当がつかない。だが、複数いるのは声で判断できた。
一人が話し始めた。
「これで何人目だろうな」
「さあね。でも材料は充分だろ」
「こいつも不出来なんだっけ?」
「そうらしい。まあ、所長にも考えがあるわけだし問題ない」
「そういえば、新しく所有した鉱山はどうだ?」
「ああ、とってもいいよ。例の鉱物が大量だからね」
あちらの会話内容が、ほとんど理解できない。今、ぼくだけを捕らえて乗せていることは分かった。
「それにしても、上手く自動車を使えるようにしたよな」
「だな。能力の利用が相変わらず上手いよ、所長は」
「ばれずにすいすい進めるから便利なもんだ」
対話から推測するに、自動車を運転しているようだ。今となっては金持ちか王族が持っているぐらいのもの。どおりでこんな初めての感覚になるんだな。
運転席から話し声はしないので、ぼく含め五人いて、三人が対談中か。
「おい、こいつ起きてるぞ!」
「殴って眠らせとけ」
起きていることが見つかってしまった。殴るなんて物騒なやつらだ。
当然のように拳が入ってきた。腹に一撃。うっ、と声が漏れる。鈍い痛み。さらに一撃、顔を横から叩きつける。ぼくは再び気が失せた。
目が覚めた。朝であってほしい。何せここでは外が眺められないから。……ここどこだ。思い出せ。確か連行された。その先なのか? 目的地だったのか? 監獄みたいな牢である。ただし生活面では差し支えないように整えられている。
重い扉を開ける音がした。非常に軋んでいる。耳が痛くなるほどに。歩いてくる。そして、とある人物がぼくの牢の前で止まった。白衣を着ている。この人なら何か知ってるかも。
「あの、ここってどこなんですか?」
「この手枷をつけて、付いてこい」
しかとされた。何もできそうにないので、従順にしておく。
牢から出ると、清潔な廊下だった。明かりが確保された、真っ白で寂然とした空間だ。延々と続きそうだ。
白衣の男は黙って歩いている、ぼくを連れて。
「あの、どこに行くんですか?」
質問をしたが、これっぽっちも反応がない。耳あんのかこいつ。
数分間ただただ歩いた。景色の変化もないのでつまらない。途中、いくつかの分かれ道に出会ったが、ひたすら直進だ。色々な扉があったが一色に統一されており、面白みがない。所々で白衣を着ている他の人とすれ違ったが、見えないように通り過ぎていった。
「ここで待って」
やっと着いた。そこには大きな壁があった。ぼくが縦に三人並べそうなほど。それが不自然にそびえ立っている。
違う白衣が帰って来た。壁の目の前に立ち、壁に触れた。特に何もない。と思った束の間、動き出した。巨大な自動ドアだったわけだ。
そこには驚きの光景が広がっていた。今までの静けさが嘘のように、沢山の人達がいた。部屋は能力クラブの地下室よりも、近くの広い美術館よりも広大だった。半分は白衣で、半分は私服だ。白衣が歩き出した。
しばらくしたところで止まった。
「ここに入って」
そこにはキューブ状の個室が仮設されていた。入りたくない。入り口が自動で開き、白衣に押された。強引に押し込まれた。
部屋に倒れこむ。入り口はさっと閉まった。びくともしない。
天井は頭ぎりぎりだ。外へ出なければ。謎の霧が床から噴出している。手枷が崩れて朽ちた。なんだこれ。どうなっているんだ? 壁をできるだけ強く叩く。
「おい、開けろよ!」
何度も叩く。
「開けろ!」
何度も。
いくら騒いでも音沙汰無しだ。
部屋には小さなタブレットがあった。画面上にボタンが表示されている。気は進まないが、押す以外はできそうにない。
押した。ディスプレイに入力項目が列挙された。その一つに「あなた自身の能力について」と書いてある。
今更ながら、これは誘拐の類いなのだろう。そして能力についてだ。アルサ君の調べていた事件に繋がるはずだ。巻き込まれたことは悔やまれる。しかし、情報を得る絶好のチャンスだ。
相手を惑わせつつ、こちらが有利になるものはある。今思い付くのは一つだけ。「回復能力」だ。
たまにどうでもいい能力を考えてしまいます
血液型が分かる能力とか
献血に役立ちそう