002 事件の最中
「その、能力クラブについて話したくて」
それはさっきから聞いてるけども。なんだ、見た目が小学生だ。大したことないかもしれない。
「そうですね。ところで、あなたは何学年ですか?」
まあどうせ、5か6ぐらいでしょうね。
「12です」
は? 冗談だろ。まさかそんなのいるはずないし。これはしっかり教えないといけない。
「嘘はよくないよ」
「そんなに僕が悪人に見えるの?」
ぐふっ、心に刺さるな。多分、嘘じゃあないと感じられる。
「周りに比べたらそれなりに頭がいいので、賢いとよく言われるけれど、僕自身はそうとは思いません」
でも頭はいいんだね。ぼくより進級ペースが早いじゃないか。
雑談をし続ける訳にはいかない。始めに戻ろう。
「ぼんやりと分かったよ。それで、クラブのことがどうしたのかな」
「あ、先に謝ります。ごめんなさい。実は盗み聞きをしていました」
やっぱり悪人かな。でも至って純粋な子だ。理由があるはず。
「その、クラブでは能力について調べるんですよね?」
頷く。
「そこで僕が活躍したいなと思いました。そこなら丁度いい気がした」
活躍か。少し考えよう。
とっても進級しているから脳味噌を貸そうとしているのか。同じ年ならぼくは引けを取ったかもしれない。でも今のぼくにはさすがに勝らない。恐らく彼もわかっている。ならなんだろうか。名前聞いて無かったや。
「君って何て名前なんだ?」
「アルサです」
うん、いい響きだ。そんな気がする。お行儀よく待ってくれているからか。
アルサ君は手伝いしますと言った。でも頭脳ではない。雑用をこなすといった感じは受けられない。小さいので、ボディーガードもしないだろう。分からない。答えを聞いてしまっては負けた気がする。アルサ君、能力クラブ、活躍。あ、そうか。
「能力で活躍しようというのか!」
自信満々に言い放ってやった。だが、頬を膨らませている。つまらない顔をしている。ぼく何かしたっけ。
「遅いなあ、分かるの」
かちんときた。確かにそうかもしれない。けど、その口調は喧嘩を売っているね? 案外悪い口もあるじゃないか。ただ、大人の対応は違うことを見せてやろう。
「まあ、そんなことは言わずに。分かったからいいじゃないか」
「じゃあ続けるよ」
対応の早さで負けた。
「僕は能力が見える。それだけです」
「は?」
思わず声が出た。意味不明過ぎないか。
難しくはないが、噛み砕いて説明するとこうだ。
アルサ君は例の事件が起きた直後から、道行く人に何かが見えることが分かった。不思議な感覚だが、まるでそれぞれの魂を眺めているイメージだという。それからお得意の頭脳を使った分析で、そのイメージが能力を表しているとわかったそうな。得意なのは存じ得ませんけど。再び分析をして、鏡を見ると予測通り、自分の能力もばっちり理解したということです。そして、その能力というのが、能力を知る能力だ。こういうことらしい。本当か?
「それは事実なんだね?」
「当然です」
「ならぼくの能力はなんだね?」
顔が曇った。まさか嘘がばれちゃったってのかい。全く可愛らしいなあ。あっはは。けれど、すぐに返答された。
「何で聞くの? 知らないの?」
はは、反撃だ。知らないのは確かだ。こちらも負けてられまい。
「実は嘘で能力が見えないかい?」
「もしかして使ってない?」
おっと、危ない。ついばらすところだった。顔が変形しかけた。でも何故そんなことを聞くのだろう。
「ああ、実はこの能力、使ってない人は全く見えないんです」
終わったな。完敗だ。
正直に話すか。
「はい、そうです。いまだ使っていません。ご迷惑をおかけしました」
負けを認めることは大事だ。でもアルサ君は困惑しちゃったか。顔に出ているよ。
「やっぱりね!」
意外とそうでもないっぽい。
「それで、僕を受け入れてくれますか?」
「一応聞いてみるよ」
そういうと喜んだ。無邪気で子供らしい。ずっとこのままが楽だけど、不可能か。もうひとつ伝えておこう。
「明日も来れるかい?」
「もちろんです! お任せあれ」
やる気に満ちている。どっかの押し付け女が思い出され、いかん。これ以上は命に危険が迫る気がする。第六感か。
「よし。なら、絶対来いよ?」
そして頭を撫でてやった。若干髪質が硬い。もっと硬いとこれは針だな。
日は傾いてきた。もう帰ると思っていたのにずっといる。シータ君に邪魔されて読み途中の本を、お前も阻害するのか。どうしようもない葛藤を知らずして、口は開かれる。
「あのお姉さんはいい人です。なんてお名前?」
お姉さん? ああ、あいつのことか。
「アマネっていうぞ」
知識を手に入れたかのような顔をしている。そう重要でないだろう。
「わざわざ部屋から出てってくれた」
そうだったか。そんな素振り見てないぞ。アルサ君が見つめてくる。何か顔に付いてる? 溜め息の後その理由を教えてくれた。
「僕がクラブの話に入ろうとしたがってるのを勘づいて、出てったの。二人の間に入れないとわかってね。レイは気付いてないけど」
何で名前まで知っているんだ。それに呼び捨てしている。屈辱。
「そんなこと分かるのか? 名前もさ」
「出ていく時に手で教えてくれたんだ。アマネと話したほうが良かったけど、レイは部長だからしょうがないですよね」
がっかりそうにする。ぼくが話し相手で悪かったな。あ、もしかするとまた押し付けていたのか。許すべからず。
「名前は話を聞いていればわかります。やっぱりバカ?」
酷いなこの子。罵倒の嵐になっておらぬか。それにしても頭が宜しくて。脳味噌貸すと言われていても疑わないぞ。
それから沈黙が続いた。何か言いたげだが、こちらから話し出すつもりはない。ぼくはスマートフォンで、例の事件についての記事を読んでいた。事件についての概要は以下の通りである。
二日前の朝方、タンダ王が行幸のため建物を出て、目的地へ向かおうとしたとき、どこからか射撃され意識不明になった。ただし急所は外れているため休養での回復が可能である。現在、警察や陸軍を総動員して犯人を捜索、事件を捜査している。軍事強化をしており各地で兵士が見つかるがそれに関する連絡は不要。各国にも協力を要請している。
ということ。タンダ王はこの国を統治しているが、独裁ではない。それに、判断はどれも優秀で何の問題もなかった。国民に王様に対する不満は全く無く、皆慕っている。だからこそ余計に主犯の動機が分からないらしい。
ネットではかなりの騒ぎとなっている。例を挙げよう。
「ついに終焉だな」
「あっけな」
「俺様の出番が来たか……」
「ウソ! この国はどうなっちゃうノオ」
「警察にも難しい事件らしいですね」
「あいつ能力者だろ? 自分の身ぐらい守れ」
「みんなあほ。はんにんぐらいみえるだろ」
「能力バトルが見れちゃうかも 検索←」
「何? 新作の映画なの?」
等々。反応は千差万別だが、能力について言及しているものがいくつかあった。いままでにそのような報道は全くなかった。
しかし、そうだと断言出来るニュースがひとつある。こちらの方が重要だ。
これは一昨日のアナウンスが録音されたものの一部だ。
「能力制御システムが停止しました。只今より10分間、対能力用特殊スプレーを霧散します。人体に害はありません。決して騒ぎを起こさないでください。繰り返します。・・・・・・」
これも話題に上ったが詳細は割愛しよう。
この二つの出来事に関わりがないはずがない。同時に起こったようなものだから。ネットでもありとあらゆる考察が見受けられたが、どれも矛盾点があったり、受け入れ難かったりする。
有力なのは、国王の管理していた機械が能力を制御していて、王のいなくなった今誰も触れられず、停止したとする説。これは情報が漏れたため狙われたと結論付けることができるため、多くの人に支持されている。だが目的ははっきりしない。停止させたところで何があるのかまでは、さすがにわからないからだ。賭けに出たとも考えにくい。
それからつい昨日の話。この学園に専門家がきた。専門医なのかもしれないが、能力研究のエキスパートだという。まず、あなた達には能力がある。細かい事は話せないが、突然使えるようになった。昨日のスプレーはあなた達の能力を抑えるもの。それらを、意識することで使えるように変化させた。そんなことを伝えに来ていた。詳しくは一人一つ無料の冊子を渡すので参考にしてくれ、と言って帰ってしまった。基礎しか書いて無かったのですぐにゴミ箱へ入れたが。
これらのことがあったので、世間は少し乱れていた。それでも能力を使用しようとしない限り、発動することはないので安心して、すぐにいつもの穏やかな町に戻った。能力を利用して、商売や仕事を行う人さえすでにいる。もはや好調じゃないか、犯罪なんて二の次。景気も良くなりつつあるから、起こるべくして起こったことではないのかとも思う。事件というより革命だ。
一つ疑問が出てきた。アルサ君の能力についてだ。聞くのが一番だし、聞いてみよう。
「ねえ、アルサ君?」
呼び掛けると、ゆっくりとこちらを向いた。さっきまで蝋人形だったのか。
「今考え事してたんだけど」
気を悪くしちゃったかな? いや、気にしてはいけない。
「すぐに能力が発動したんだよね? スプレーが効かないとかあるの?」
「知らない。それよりちゃんと能力使ってみてください。明日また調べるから」
愛想がないな。会話がほぼ一方通行だしさ。
アルサ君はいきなり窓の方を向いた。太陽光が射し込んでいる。太陽を見ている? そうか!
「太陽から時間を数えようというのか!」
「時計があるから見ただけ。帰る」
そうしたら、さっと出ていった。気まぐれな奴だ。さらっと馬鹿にされたんだけど。もう会いたくない。
することもないので、帰ることにした。今日は一日負けっぱなしだ。シータ君には反則したもの。ぼくは寮に住んでいる。学園の附属だ。他のマンションに比べ安いからね。少し学園から離れているがそう遠くない。久しぶりに徒歩で帰路を辿る。もう外は暗くなった。能力試せって言われたな。やってみるか。
鏡の前に立った。どんな能力が考えられるだろうか。基本的なものから試そう。テレパシー、相手がいないから分からないや。サイコキネシス、何だかそれらしいものを感じられない。透視、自分の姿しか見えない。パイロキネシス、熱が上がらない。
そんなメジャーなものではないのか? 見たものを石化するとか。鏡を凝視。自分の顔だ。これも違うか。第一、メデューサじゃない。浮遊するとか、そんなこともないね。体重計に乗っても変化無し。駄目だああ、分からねええ。
数十分が経過した。色々試した。諦めた。もう試したし良いよな? これでもう分かるよな? まさか無能力じゃあるまいし。多分良いよな。そうさ、ぼくはもう頑張ったんだ。疲れた。
ここはどこだ。「あなたが自ら来たでしょう?」そうだった。調べてもらうために来たんだ。でも何をだったか。「私が思うに多分それのことじゃないかしら?」そうだね、そうだったね。分からないものは何処かで調べないといけない。だから来たんだ。あなたは分かりますか?「いいえ。けれど、この水晶に触れたならわかりますよ」ならそうするしかない。こうすればいいですか?「はい。とっても優しい手つきですね。段々見えてきました」確かに、水晶が少し濁って見える。けれど、よくわかりません。あなたには分かりますか?「ええ。危険なものを纏っている。人を傷つけてしまう」そんな。でも、だけど、使わなければいい。それだけのことでしょう?「そうかもしれませんね。けれど、大切な人はそれを使うことを願っているはず」どうして?危険なんでしょ?傷つけるんでしょ?何でなんだ。「運命がそうさせているのかもね。あなたは逆らえない」ふざけるな。そんなこと望んでない。ぼくはそんなこと望んでない!!「でも、今のあなたに頼れる人はいない。そうでしょ?」いや、家族がいる。友達もいる!「本当に?両親はどこに?親友は誰?」今は一人だけど、それでも、ちゃんと生きてる。どこかにいるさ。そうなんだ。「そう?あらら、はっきりしてる」何が?何がだ?「あなたの能力、それは周りの人を殺してしまう。例えばこんな風に!!」ぐぢゃっ。
「ああああああああああ、あ?」なんだ、夢だったか。久しぶりに悪夢を見たな。
いつの間にか布団の上で朝を迎えていた。結局、その日には自分の能力は判明しなかった。あの悪夢が本当のことを言ってるとは思えない。今日も気楽に、家を出るか。あ、朝食食べてない。
レイの能力はいつ現れるのやら